忍者ブログ

離婚を突き付けられた30代男が生きる意味を徹底して考えるブログ。

   
カテゴリー「異性関係について」の記事一覧
  • « PREV
  •  | HOME | 
  • NEXT »
今日の一言「連載記事とか難しいね」「何らかの結論が出るといいんだけど……」

現実への試み

 ここに二つの道がある。一つは、その「求めるもの」に対して、現実の変容を決意し、努力を重ねて、目標に到達する道である。もう一つは、その「求めるもの」について、再度解釈を試みること道である。
 一つ目の、まずは、現実へのアプローチについて検討しよう。

 まず、先日の記事において提起された問題を確認する。
 羨ましいなぁ。 という感情であったと、まず仮定しよう。その羨ましいとは、若さへであったり、一途さであったり、充実さであったり、彼女だったり、特異な能力などが挙げられるであろう。 そして、それとの、自分との距離感による、「喪失感」であったと推定しよう。
 時間と空間を除いて考えることは不可能である。故に、現時点性において、達成できうるものだけを抽出する必要がある。

 上の問題においては、「一途さ」「充実さ」「彼女」「特異な能力」がピックアップできる。
 次に、カテゴライズ(分類)を試みる。「一途さ」「充実さ」については、内面の達成すべき目標である。「彼女」と「特異な能力」は、外面(現実)において具現化させるべき目標である。

 「一途さ」と「充実さ」については、非常に曖昧であり、それらは、ある物事・事象に対しての情動(感覚)であるが故、これ自体での達成は困難なことから、いったん除外(わきにおいておく)ことにする。

 では、「彼女」と「特異な能力」はどうか。

特異な能力

 先日の記事でこうやって表現したから、そのまま使ってきたが、まず、これは、「専門性」と換言してもよいだろう。
「これだけは誰にも負けない!」
 といったものや、
「この分野は最前線で戦える!」
 とかそういったものだ。

 これは、もうこの時点で、非常に困難な目標であるといっていい。70億人もいて、インターネットで繋がっている世の中においては、ローカルなコミュニティを維持するのは難しいから、その中でトップや最前線である、なんて大変なことだ。
(オンラインゲームの中だってそうだろうし、お金がかかる分野であればなおさらである)

 しかし、だからといって、「自分はダメだ」と諦めてしまうのは、あまりにも短絡的であり、堕落的である。
 一日、二日、ばかいってんじゃない。1か月? 一年? アホか。10年20年続けて、ようやっとスタートラインに立てるぐらいの、そんな気構えを持てずして、何が専門性だ。笑わせてくれる。

 そういった思いをもってあたることができれば、専門性は、決して、得られないようなものではない。

専門性の絞りこみ

 故に、専門性(特異な能力)を得られないという、諦念は抱いてはならないということが分かった。そりゃあ確かに、エンタメの主人公のように、先天的な、あるいは啓示的な力の付与によって覚醒するという方がカッコいいけれども、そんな魔法少女に憧れる童じゃああるまいし、そんなものを求めるわけがない。

 ただし、ここで立ちふさがるのが、「じゃあ、自分は、何を求めればいいのだろうか?」という思いである。


 ここで、この問題は、これ以上進められない。未だ解決への道筋が見えないからである。

彼女について

 専門性の獲得についての方策が頓挫してしまった。では次に、「彼女」をつくることについて検討してみよう。

 そして、いきなり頓挫する。出会いがねぇ!!(笑) というのは、まぁ大した問題ではない。
 もう少し主体的に動けば、例えば出会い系のサイトや、街コンやパーティーや、友人知人の紹介やら、ジムやらサークルへの参加へやら、方法はある。

 それへの動機の希薄さは否定できないが、しかしながら、それよりも先に解決すべきは、「そもそも目的と結果が逆転してないか?」ということである。

 それは、より自然なことであるのだけれども、そもそも、「好きな人」がいるから、彼女にしたいと思うし、結婚して、子供を授かりたいと思うんじゃあなかろうか。上のような問題提起の仕方では、結局、「ステータスとしての彼女」を求めているに過ぎないのではなかろうか。

 いやいや、それは単なる童貞的思考だよ、と。そもそも、出会いがあるような場に身を置くことで、誰かを好きになる、みたいなことが起こるのだよと。待っていては何も起こらないよ、と。

 あー、まー、そうなんだろう。火のない所に煙は立たぬからな! 女の子がいない場にいても、女の子を好きになるなんてことはないわな! 男の子を好きになっちゃうわな!(かっこわらい)


 では、問題を次に進めよう。彼女がいて、どんな生活をしたいの?

求める生活について

 生活、も、そうだけど、まず、「愛」って何かをしっかり分かっているか、ということだ。

 いやいや、いきなり何いっちゃってんの? というのはそうだが、大事なことである。もっといえば、これがはっきりしていないと、そもそも、「どんな彼女」が欲しいか分からない。

 可愛い彼女。

 と言ってしまえば簡単だが、じゃあ、それって何よ。性的魅力があることが重要なの? 外見至上主義? 化粧はあり? 整形は?

 いやいや、外見じゃないよ、やっぱり中身が大事だよ。

 おーおー、よくある話の流れだ。中身、ね。その通り、中身が大事だよ。そんなこと分かってんだよ、じゃあ、お前の言う中身って何だよ?


 ……な、なんでしょうね。

 ということになるのだ、「愛」って何かが分かっていないと。


 こんな問題は、リア充には起こらない。ここでいうリア充とは、いわゆる、自然環境において、女性関係が発生する人たちのことである。イケメンでも、雰囲気イケメンでも、優しそうな人でも、塩顔でも何でもいいが(全部外見のことを挙げたが、もちろん、人は顔だけじゃない、そんなことが問題なのではない)、普段の生活において、「好き」あるいは「好かれた」が発生する状況がある人たちである。

 自然環境において、いわゆる「恋」が発生するのであれば、それは、その相手について、その相手の人格(または顔や身体かもしれないが)について、好ましく思う感情が生じているのである。

 ところが、恋活とか、婚活とか言われる作業(※)では、その「自然さ」がない。

「うっせーよ童貞根暗野郎。そんな自然とか、ガキっぽいこといってんじゃねーよ。お前いくつだよ? ああん? もっとビジネスライクに考えろよ。相手が求めることと、自分が求めることのすり合わせができればいいんだよ。それが婚活なんだよ、結婚なんだよ、ロマンなんてねーんだよ」

 というのは簡単だが、本当に、そこまで言っちゃっていいんだろうな?


※「作業」とは甚だ否定的な意味を含んでいるが、他によい表現が浮かばなかった。お金もかかるし、時間もかかるし、完全に作業じゃね?

モチベーションの低下

 うだうだ言ってるんじゃない。まずは行動だ!

 という方策に、僕は懐疑的である。
 まずもって、僕は多分、この思考を手放すことができない気がしてならない。
 もしも、それができるとしたら、只管打座、坐禅をして仏道に向かわねばなるまい。

 逆に。
 であるがしたら、そもそも、「彼女を作ろう!」という目標が、迷子である。


 話がズレてしまったが、「愛」なき婚活は、結局、失敗を想起させるということである。

 まずもって、婚活婚活簡単に書いているが、そんな簡単なもんじゃないことは分かっている。
 婚活とは、営業活動である。自分という商品を、どれだけ価値あるものだと説明し、納得させ、消費者(女の子)に売り込むのである。

 そのためには、もちろん、自分自身の長所短所も知っていなきゃならないし、自分が求める生活を思い描けなければならない。


 生きている意味が分かりません

 なーんて、頼りない男なんて、どんなイケメンでもノーサンキューである(※)。


 というわけで、第一の道、「専門性を獲得する」「彼女をGETする」という目標については、現時点で保留(却下)とする。

 次に、第二の道「求めるものの解釈・再構築」について検討する。


(この連載テーマ、ドッと疲れる……。ダラダラ仕事してた方がよほど楽な気がするほどだ。まぁ、しかし、このテーマを進めるために、ここ数か月書き続けてきたといっていい。これに着手するのが、2月の目標達成と、二つの映画によるショック(ダメージ)という契機というのは、何とも恥ずかしいが……)

※いや、きっと、イケメンなら、「守ってあげたい!」「そんなギャップが素敵!」みたいになりそうだ!(ルサンチマンである。かっこ笑い)


拍手[1回]

PR

ニュースくらいは見なければと思って毎日トピックスを眺めるものの、面白いのは滅多になくなってきた。

交通事故とか、首都の選挙、ミサイル発射や領海侵犯、どれもこれも重大な問題なのだが、これらに真剣になれないのは、やはり、自分の問題が大きいからだ。

そのなかでも、ある国の大統領選挙において、かなり過激な発言をする人が、候補に選ばれたという。その理由が、決められる親父だから、ということだ。

現在の大統領は、繊細で気配りができて、スマートで。ただ、物事の複雑さを、そのまま有権者に語る、それは世界の真実なのだが、その複雑さが面倒なのだ。

新しい候補は、敵か味方か、はっきりさせて、解決法も一本道で示す。

不安を抱えている民衆にとっては、救世主のように思うのだ。

まさに、第二次世界大戦のころの、ヨーロッパのある国のようだが。

最近平和なのだろうが、人間の本質がそうそう進化したとは思えない。日本の軍部が暴走したとか語られることだが、それは昔の人がしこたまアホだったわけではない、そういった方向に向かう環境があったのだ。

その、環境の話と、責任とは別。
例えば、幼い頃いじめられたり、性的虐待をうけたりとひどい環境で育った人がいても、現時点、何らか犯罪をおかせば、情状の余地はない。

いまさら、なにいってんの? いい大人でしょ?

で終わる。


やっぱり美人が得


努力を否定するわけではないが、今日急遽飲み会になり、いまから帰るが、やっぱり、ルックスがいい人は幸せな人生を送れるのである。

この、ルックスというのは、いわゆる努力でいかんともしがたいため、思考のタブーとされる。

だって、考えたって意味ないんだもん。

でも、この、ルサンチマンというものは、まずもって、表現の根本とすべきだ。

で、ないと、自分に必要な言説について、抜け落ちてしまうことになりかねない。


こんなこと書いて、なんになるのか、であるものの、結局……

次の日


長い記事がよいわけではない、先日の、虫瞰のブログは、週刊で短くまとめられていて非常に読みやすい。
しかし、僕は、あんまり短いと、投稿する気になれない。それは、ちゃんとまとめられてないからなのだけど、結局、自分で過去記事を開いたとき、え、これだけ? と、損した気分になることを防ぐためだ。



文章にも、ノリ、というのがあって、勢いある部分とそうでない部分とで、面白さも変わってくる。そのノリが、自分の記事だと、昔のものでもなんとなく分かるから、長くてもそれほど気にならない。逆にその強弱が自分でも分からないものは、無理して表面的な言葉を連ねただけだったのだろう、面白くない。


さて、急遽の飲み会で、どんな子がタイプか、みたいな話になった。

すごく、困った。

一緒に考えてくれる子?

いつも笑顔でいてくれる子?

自分の意見をしっかりもってる子?

論理的な考え方ができる子?




すぐに答えられない自分に気づき、あれ、やっぱり、他者の存在を僕は望んでいないんじゃ、って思った。

認めたくないが、自分大好き人間で、他者の存在を認められず、嫌い、果ては憎んでいるのではないか。


むしろ、嫌いとか、憎んでいるのですらなく、他者に興味がないのかもしれない。
ネタバレになるが、アイアムアヒーローで、主人公のその、他者に対する距離感みたいなものが、物語のキーポイントになっていることが、最近の巻で明かされた。

でも、僕は、他人に興味ないんでしょ、といわれたら、違うと否定したくて、むしろ、自分含めた人間に興味ないんでしょ、と言われた方が嬉しい。

ただ、それはきっとよくないきがするから、それをなんとか、求めようとしているわけだけど。



話がずれた、好きなタイプ、である。

恋愛として、男女問わず、自分を好きになってくれる人が好き、というのは、よくないのだそうだ。

相手のなにか、尊敬するとこでも、好きな身体の部位でも、求めるところがないと、関係は成り立たないという。


僕はこれって、いわゆる恋愛が商品化した状況における、裕福な考え、例えれば贅沢品のようだと思う。

13歳で家のため結婚し、14歳で出産し跡継ぎをつくり、という社会もあるそうだ。

ただ、家族というか、結婚という目的を考えれば、子供をつくって育てる環境を整えるため、であって、そこに、好きとか嫌いとか、パートナーそれ自身の好み、それは別の話と思うのだ。



だから、僕は、きっと、好きなタイプを聞かれて悩んでしまった。
次元が違うのだ。

子供に優しく愛情を注いで大切に育ててくれるような人がタイプです。

となら、そう思う。

じゃあそれって、どんな理想の家庭を考えているのかとか、優しく愛情ってなんなのか、ってのが、まだまだ自分の考えの足りない部分である。



身体と思考


イケメンが何も考えていないかとか、そんなことはない。仕事ができる人が遊びを知らないかというとそんなことはない、むしろ逆だったりする。


そして、問題になるのは、思考と身体の関係である。
これまで、このことは、何度も触れつつも、真剣に考えようとせず、自慰のように書いていただけだったろう。つまり、思考というものと、身体、自分自身の、もう顔から手足から体毛からニキビから声、息、すべてとの関係。


人間とは総合、総体である。と最初にかきはじめるのがキルケゴールさんだけど、僕は最初高校生に読んだとき、なんかよくわかんねーな、って思った。いまは、少しわかる。

まず、エンターテイメントの主人公なんかじゃなく、自分を知れってことなんだ。
孫子じゃないけど、こうやって書くと、ありふれた表現になって面白くないけど、自分自身の分析がまず必要。

この、自分を知る作業、ここが、いわゆる思春期によくやる作業であって、これが結構苦痛で、いやになっちゃう人も多い部分。

イケメンや美人だったらいいんだけど、男女問わず、不細工でモテなかったりすると、こんなの自分じゃない! となる。不細工がさらにましてカッコ悪くて気持ち悪い状況だ(笑)

不細工よりも、不細工を認められない勘違い不細工の方がたちが悪いのは、誰しも認めるところだろう、それはそれで、ここの問題は、その不細工を、いままさに、その、自分自身として認められるかどうかだ。

よく、あいつなになにだから、自分はできるって勘違いしてるよな、とか、最近の表現だと、意識高い系とかそういった言説があるが、僕はそういうことほとんど言わない。怖いのだ、そのことが事実だろうが、自分がそうかもしれないという不安があるのだ。

ここら辺の、不細工は不細工なりに、という、これは一見ネガティブなんだけど、全然そんなことなくて、むしろポジティブに大切なことなんだけど、これは口でいっても相手にわからせることができるものでもないし、ましてや、現実コミュニケーションで、そんなこと伝える必要がないのだ。

まったく飲み会では役に立たない内容だけど、このあたりの説明は、僕は繰り返し書いてきて、探せばたくさん出てくるだろう。

今日は、残り十分位だが、もう一歩考えたい。

現実と自分の距離感


いやそもそも、こういった表現、自己分析みたいなことが、ものすごくくだらなくて、即刻やめるべきだ、って、言われたこともあるし、自分でもそう思っていた時期があった。

でも、僕はもう、この辺は、ぶれないと思う。

誰に言われようが、考えなきゃ、この先人生に対応できない、ってことだ。

これは、他の人にはきっとあてはまらないだろう。馬鹿げたことに思われるだろう。きっとこの先も、こんなこと表現してると、気持ち悪いとか言われるのだ。


他者に合わせて生きてきた。

そのときどきの環境、コミュニティにあった考え方や振る舞いをしてきた。

それは、これからもそうするかもしれない。


でも、この、考えること、表現することはやめない。

僕にとってこれは、僧が、無為に思われるかもしれないが、坐禅を何時間もすることと同じ。ある経営者が、朝起きてからマジックワードを唱えるのと同じ。

喫煙者が身体に悪いと知りながら一服するのと同じ。

酒を飲んでリセットするのと同じ。

友人たちに愚痴を語るのと同じ。




僕は、考え、表現することで、自分自身として、存在するのだ。


ところで最後に、先にあげたブログのなかで、やっぱり、尊厳死とかあっていいんじゃないか、という記事もある。家族が介護を続けるという矛盾の指摘もある。

上の、考え表現することで前向きに人生送ろう、みたいな結論を書いたわけではないと、未来の自分にいっておく。自死も、有意義な選択肢であり続けている。

だから、この考えることは、人生の現実直面する困難に劣らず、命がけ真剣に取り組むべきことであり、決して、これまで時おりあったような、自虐的でいてそれを認めて欲しいと望むような、自慰行為であってはならないことを、今この時点でも自覚している、ということだ。

どうか、この記事を読んだ未来の方は、その点を十分に考慮した上で、新しい価値、考え、表現をして欲しい。



















拍手[0回]


人のことを、好きって言えて、お金がやっぱり大事っていえて、40歳まで生きられたらいいって割りきれて、結婚もしたいし子どもも欲しいって言える。

家族はいなくて、色んな経験ののち、自分を変えるのではなく、自分を貫き、自分のことは自分で守ると断言する。


そんな20代後半の女の子と会話した。 

共感点と差異


考えることが好きな女の子もいるということだ、そして、共感したところは、考えても、同じことを考えても仕方がなく、何か行動や、成し遂げるために考えることが必要だということだ。

考えるための、それが自己目的化した思考は無意味であるという。


その点は、非常に重要だ、確かに、考えることそれ自体が楽しいというのはある、ただ、気を付けなければいけないところだろう。


最後にその人がいうのは、自分には、何か成し遂げるために、生まれた、使命があるということだ。


うーん、考えた上で、その、他者を好きだといえて、生まれた意味があると強く実感できること、これは、素直に羨ましいと思った。

そのうえで自分は


自己開示したところで、やっぱり、自分ってのは分からないな、理解してくれる人がいるとか、そういう期待とかも、いまはあまりない、


どんな、人間を求めているのだろう。


 何か、



何を、

探しているのか


何が、必要なのか。


思い付くことは、すべて、試している。


ここが、問題だ。

なにもせず、引き込もって、社会にうらみつらみをいうのではない。

そこが、逆に、考える生き方の著者のように、リア充のくせに贅沢いいやがって、のようになるのだろうが、でも、それでも、何をしていいかが、分からない。


努力が大事、そうだろう。

だが、何が、何を、何に向けて?

得るものが増えると、体験や経験が増えるごとに、人の優しさや、笑顔や、交流が増えるごとに、自分の世界が色褪せていくようだ、この感覚、たぶん、表現できていない。


からだの表現、顔、表情、身長、体毛、挙動、言動、それら含めた総合を、他者がどうとらえているか、まだまだ分からない。
































拍手[1回]


  
プロフィール
HN:
遠藤
性別:
男性
自己紹介:
カウントダウン
カウントダウンタイマー
カレンダー
02 2017/03 04
S M T W T F S
4
6 7 8 9 10
12 13 15 16 17 18
20 21 22 25
26 27 28 29 30 31
忍者カウンター
フリーエリア
逆ラン
フリーエリア
Copyright ©  -- 生きる意味を徹底して考える --  All Rights Reserved

Design by CriCri / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]

アクセスランキング