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30代男が生きる意味を徹底して考えるブログ。

   
カテゴリー「創作について」の記事一覧
今日の一言「創作に力を入れる」

創作進捗グラフ

 日単位のグラフが一部とびぬけたので、頑張った感があるけれども、月平均グラフをみてみると、月300字程度ということで、さぼり気味だったことが分かる(他の作品を書いていたのだといっても言い訳だなぁ。しかし、確かにこのツール、複数作品の進捗を表現できない。改良したい気もするが、アイディアが浮かばない。単純に作品ごとにツールをコピーして使っているが、全部アップロードするのは面倒だ……)。
 グラフって、その意味合いが分かっていると、一目で状況がわかるから面白いね。けれども、そのグラフの見方がはっきりしていないと、何を示しているのかさっぱり分からないものになりがち。なんでもグラフや図を使えばわかりやすいと思ったら大間違いである。
(某方は、毎日1000字以上書いているので、やっぱりすごいなぁと思う)

累計・月平均


日単位文字数

雑感

 それほど久しぶりの感じがあったわけではないが、約5日ぶりに書きます。
 あの、その、久しぶり過ぎて、どんな口調で書いていたのか、忘れてしまったので、取り敢えず丁寧語で書いてみます。

 三連休でしたが、基本的にお買い物以外にお出かけはしませんでした。
 主にやったことは、読書、作曲、プログラミング、小説の創作、筋トレでした。買い物は愛機で行ったのでドライブといってもよいのかもしれません。

 あんまり、ネットサーフィンして動画とかサイトをぼけっと見て時間を無駄にしたなぁとかはなかった気がします、が、よく寝ていたなぁとは思いました。普段、5~6時間ぐらいの睡眠時間のはずですが、それだと全然足りませんでした。8時間以上は寝て、お昼寝、夕方寝も必要となりました。インプットとアウトプット、どちらの方が大変なのでしょう? 感覚的には、インプットを必要としないアウトプット(自動出力)が一番楽ちんです。仕事などは、軌道にのっていると、適度なアウトプットで済む場合がありますので、あまり疲れなくても済む場合もあります。逆に遊びでも、短期間にインプットを必要とするようなものだとよく疲れます。

 久しぶりに書くので、何やら気乗りがしません。
 映画を何本か見ました。なんだっけ、クレヨンしんちゃんの……温泉の話。まぁまぁ面白かったです。父ちゃんのひろしがかっこいい場面がほとんどない話でしたが、ロボットとか戦車とかかっこよかったです。
 ところで、最近、しばらくPCを使っていると重くなってくるのは何故なのでしょう。メモリのお掃除ソフトなど導入してクリーンしてみますが、あまり効果がありません。タスクマネージャーで使用メモリとかCPU使用率とか見ても、さほど使われているようではなく、原因がよく分かりません。再起動するとよくはなりますが、仕方がないものなのでしょうか。

 そういえば、最近あまりチェックできていませんでしたが、株ですが、調子が悪くなってきました。先週ミサイルなんなりで、海外情勢が悪くなったからでしょうか。一時期、投資額の4%超えの含み益がありましたが、今や1%を切り込む勢いです。損切の基準をマイナス20%とおいていますが、しかし、配当を一度ももらわずに売ってしまうのは、しかもマイナス確定でというのは、中々勇気がいるものですね。これも勉強なのでしょう。来週の相場で持ち直してくれることを期待したいです。

 本って、いいものですね。
 しかしこう、僕の疑問に明確に、単純に、簡潔に答えてくれるものは、中々存在しない。
 きっと、これは、世の中が複雑だというよりも、「簡単に納得したくない」という思いがあるのかもしれませんね。

 つまり、「幸せになることが大切だ」ということが「答え」だとしても、僕は納得しないわけなのです。いや、「論理的」に、「その通りだ」とは思っていますが、「何か変だ違う」というのがどっかにあるのです。

 だから、探して、探し続けなきゃいけなくなってしまうのですね。
 本は、そういった答えを探す旅に連れて行ってくれるわけですが、しかし、ここで問題のその2。

 その旅が、途中で飽きちゃうようなものもあったりする。

 最初は面白いなこの旅行! ――と思っていても、しばらくすると、「なんだか、これ、結局意味あるの?」とか思っちゃったりしちゃったりする。

 本って、絶対最後まで読まなきゃダメ、という感覚が付きまとうけど、そんなことはないのです。「面白い!」って思っているとき、その時が一番大事なのです。その場面をしっかりインプットするほうが、イヤイヤ、だらだら最後まで読むよりはよっぽどましですよ。


 そういう意味で、最初から最後までべらぼうに面白い、って本は、なかなか見つからないよね。これは、小説でも学問書でもどちらでも。

このブログの元

 このブログも、そしてこの記事も、最初から最後までむっちゃくちゃおもしれーなんて、そんなはずはない。けれども、その、面白くない場面もあるから、面白い場面も引き立つのかもしれないね。
 物語でも、やっぱり、「敵役」というか、困難、課題がなければ、盛り上がらない。
 ほのぼの女の子がいちゃいちゃしているのだけを目指すなら、残念ながら、小説という媒体は不適切だと思ってしまう。漫画とかアニメの方が向いているよね。
(ニコニコ動画でJOJOとけもフレのMAD見てたら、けもフレやっぱり続きを見てみたくなった。AMAZONプライムさんかツタヤさんとかで借りれないかなぁ)

 じゃあ、ひっきりなしに戦っていればいいのか、というとそうではない気もする。こう、戦いに赴く動機とか、そのかけひきとか、そういうのが欲しいところ。ど派手なエフェクトはやっぱりゲームとかが強いと思う。

 では、文字でしか表現できないものとは何だろうか。

 ……なんなんだろ?

 とりあえず、このブログは、「生きる意味を徹底して考える」というタイトルであるから、そういう方向で書かなきゃいけないだろう。
 テーマだ。プロット(物語の骨格)を立てるときも、テーマがしっかりしていないから、悩んだりブレたりするのである。書きたいことをはっきりするのが大事だ。

 書きたいこと?

 ――書きたいから書くんだよ、それの何が悪いってんだ!

 いや、まぁ、それはそれで悪くないと思う。けれども、まがいなりにも、いくら辺境奥地の辺鄙な場所で、訪問者などほとんどいないような所でも、公開しているという以上は、ある程度の、「主張」がなくてはならないのではなかろうか?

 仮に、だ。検索かリンクか何かで、このブログに到達した稀有な方がいたとして、「そうだ、俺も、生きる意味を求めて旅をしてきたのだ。この村(ブログ)に、何らか手掛かりがあればいいが……」とかいう人がいたとして、てんでわけのわからないことばかりを書き連ねていたら、その人をがっかりさせてしまうのではなかろうか。

 このブログを書く意味……とかいう記事でも、「誰かの役に立ちたいのだ」と書いていたではないか。

役に立つ

 うーむ、しかし、その役に立つというその言葉も、「意味とは何か」という問いと同じように曖昧模糊でござる。
 役に立つってのも、「あーこんな駄文書いている人もいるんだなぷぎゃー」的な、優越感をその読む人に与えられるのであれば、別に、内容がボロボロでも役に立つかもしれないというものだろう。詭弁か? そうかもしれない、でも、役に立つという定義もしっかりおいておかねばなるまい。

 しかし、そういう意味では、別に、どう役に立ってもらおうが構わない。たまに、「あーそういうこともあるんだ」「そういう考えもあるんだ」的な何かを与えられでもしたら万歳でございます。

 そして、それがなくても、とりあえず、未来の自分にとって、この三連休が、何やらやっていたのだな、ということが分かれば、まぁまぁ、それだけでも役に立つ……のじゃあ、なかろうか。

(買い物に行って買ったものを整理したり、ご飯作ったり、食べたり片づけたり、掃除したりという時間が、地味に大きな時間……いや時間というよりも、精神時間を費やすことになっている気がする)

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今日の一言「信じたいものを信じ、見たいものを見る」「独善が悪いことであって現実と虚構の問題ではない」


創作進捗グラフ作成ツール(お知らせ)

月またぎの際に、文字数(日ごと)が引き継がれないため、一部関数を修正。ver1.1として修正しましたが、データ移行するほどの修正ではないため、気になる方、直したい方は、「C10」セルに以下の数式を入力すると、前月の文字数(日ごと)が引き継がれます。原本シートを直しておくと、今後「シート追加」した際にも反映されます。

=IF( ISERROR(INDIRECT(B5&TEXT(D5-1,"00")&"!D8") ),0,HLOOKUP(C7, INDIRECT(B5&TEXT(D5-1,"00")&"!C7:AI10"),4,FALSE) )

希望の声があればver1.1を公開します。

日々の日課

 創作のルーチンを組み入れると、平日が本当に、よく言えば有意義になるな。悪く言えば、忙しくてつらい。
 まぁ問題はそこじゃあない、何をやるかは別として、「自分で決めて始めた」という点が重要である。明確にいつまで続けるというのが無いから、気を抜くと簡単にやめてしまうような状態。早めの目標設定が必要だ。もちろん、大きな目標としては、一つ作品を完成させられたらいいのだが、それは目標とは言わない。もっと具体的、数値的にあらわせるものが目標だ。
 100万円稼ぐというのは、目標とは言わない。節約して実施するのか、投資をするのか、何か月でためるのか、何年でためるのか。いつまでに何をどうする、というのが目標には必要だ。

現実と虚構

 先日の、ペルソナ4の感想の続き。
 もう少しだけ書いておこう。今、眠くて……仕方がないが。
 ええと、「現実から目を背けるな!」「人との関わりを諦めるな」「自分の殻に閉じこもってるんじゃない」というのが、どんな物語でも、よく主人公陣営として語られることである。

 それ自体悪くないと思うんだけど、でもさ、「現実史上最強最高!」という人が、創作(エンタメ)に触れようとするだろうか?

 本当に、大切なのが「現実」だけであるという人は、まさしく、テレビもアニメもゲームも映画も小説も何も触れずに、ただ「現実」のことだけを行っていることだろう。

 じゃあその、現実って何? といったとき、想像すれば、お金を稼ぐこと(資本主義)だったり、日々の労働だったり、子供を育てたり、彼女とデートしたり、美味しいご飯を食べたり、スポーツで汗を流したり……と、そういったものだろう。

 しかしだ、よく考えてみれば、今上にあげた中で、本当に純粋に「現実」といえるものがあるだろうか?

「お金を稼ぐ」という手段はいろいろあるが、いわゆる、エンタメ産業(アニメーターや小説家、映画やドラマの俳優さんとか)って、それは「現実」なのかもしれないが、同時に創作(虚構)も取り扱っているということである。

 なるほど、子育てはまさしく「現実」かもしれない。しかし、エンタメに触れずに育ってきた人なんているだろうか? 日曜朝の戦隊ものとか、魔女っ子系のアニメとか全くみたことない子がいるだろうか? 人形遊びや、ブロック遊びをしたことがない子はいるだろうか? ましてや、昨今はゲームが広く普及している。


 そういったレベルのこともそうだけれども、僕はさらに、じゃあ「社会」というのは、本当に「現実」といえるのか? とも思う。
 資本主義というルールや、法律でさえ、ある意味決まりきったルールの上になりたつ、僕らの「解釈」の総体である。
 学校という場では、先生と子供という、ロールモデル(役割)が存在する。先生は先生らしく権威があるようにふるまい、子供は子供として従順となる。

 そんなことを昔から何となく思っていたから、サピエンス全史で、いやいやそもそも、「言語という発明は、現実にないものを創造することができるようになるのに寄与した」といった表現に、僕は非常に感銘を受けたりしたのだった――はなしをもどそう。

ペルソナ4で現実は大切というけれど

 ある方が、「リア充とか非リア充とか、そんな見方はしてなかったなぁ」と書かれていた。そのあたりも、いずれ書いておきたいと思っていたが、それは今回は置いておいて。

 まず、書いておきたいのは、「現実と向き合えよ」というテーマは、それはとても重要なのだが、それをそもそも「二次元」でやるってのは、結構難しい問題をはらんでいると思うわけである。

 これは、エンタメに対しての立ち位置というか、とらえ方というか、「活用方法」的な、全般的な問題に対して、僕は書きたいのかもしれない。

 ここで、便利だから、某方から頂いたコメントとして、「政治のことも、しっかり書くのが、大人としての役割だと思います」的なものを引き合いに考える。
 政治は確かに、「現実」ちっくなものである。だが、政治こそ、非常に「虚構」が必要であると思うわけである。
 政治というのは、ある意味「理想」を語らなければならない。本音と建て前という個人レベルのことも大きな問題ではあるが、そもそも、私たちの生活や、国のあるべき姿というのは、非常に抽象的な概念である。

 そりゃ、ごみの出し方について、これからは有料にしますとか、図書館のシステムを更改しますとか、その生活に密着するレベルであれば、さほど抽象化は不要だろう。しかし、多くの人、国民などに理解をさせて、大筋、「それが正しいんじゃないか」「そうするしかないんじゃないか」と思わせるためには、抽象――虚構の言語表現が必要になるのである。


 話がそれるな。ペルソナ4の話だ。
 つまり、先日挙げた、真犯人氏(人間としての)は、何故糾弾されねばならなかったのか、ということである。

 それは、「現実なんてつまんないものだろ」という点ではなく、単に人を殺した(これも疑問なのだが)からであるのだ。
 彼の主張は、「現実なんてつまんないし、人はいずれ死ぬから、好きなように生きて、自分の心に正直になることが必要だ」というものである(たぶん)。
 これだけ聞くと、非常に自己中心的な、子供がダダこねてるようにも思えるだろう。

 しかしだ、「人はいずれ死ぬのだから、好きなことや楽しいことをとことん突き詰めて、自分に嘘をつかずに正直に生きていくことが大事なんだよ」と、微妙に言い換えれば、これはこれで、「あり」なんじゃないかなぁとも思わなかろうか?

 今あげた例との違いは何か?

「現実はつまらない」

 という前置きだけである。――しかし、ここで疑問は、「現実がつまらない」からこそ、その真犯人氏は、おのずから、退屈な田舎町での生活を楽しくするため、行動したといえなかろうか?

 そうすると、糾弾されるべきは、「他者に迷惑をかけてしまった」(自己中心的な思いで女性を虐げた)ことに尽きる。
 しかし、この「迷惑」という概念も、非常に難しい問題をはらんでいる。「いやだと感じたら迷惑」……しかし、「いやだと感じられることがそもそも迷惑だ」という繰り返しの応酬になる可能性もある。そういったことを防ぐため、「法律」(民法)という第三者が判断するルールがあったりする。

中々言いたいことに到達しない

 眠気、マックスファイアーである。もうダメだ、寝よう。

 あーその、なんだろ、上手く考えていること、思っていることが表現できない。

 そもそも、「性格がよい人」って何なんだよ、って僕は、帰りの電車でずっと考えていた。
 人格者とは、いったい何なのか、と。

 どんな感情や、思考体系があれば、その人は優れている人ということになるのだろうか?

 横断歩道で重い荷物を持っている老人がいたら、助けてあげようと思う心があること?
 嘘をつかないこと?
 自分の心に正直なこと?


 そんな聖人レベルの人格を持っている人なんて、神様か、仏陀か、キリストか、マザーテレサかガンジーか、そんな感じかもしれない。
 でも、やられたらやり返す、10倍返しだ、的な、こう、仲間のためなら敵に対して徹底的に残虐になれるような、そんな人もかっこいいような気がする。(風龍のザザさんとか)

 あー、ねm


(短時間・短文で、自分の考えや感情を明確に正確に瞬時に伝えられるようになりたい。なんというか、敵意は、だれに対してもないのだけれども、それを伝えるのが難しい。しかし、その、誰も憎まないというのは、誰も愛していないというようなことかもしれないとかなんとかかんとかもう寝よう)


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今日の一言「ペルソナ4見終わる」「ほぼ100点、しかしまだ望む」

(創作グラフの「0」文字は、免除規定! まだ続けられている……しかしきつい。気を抜くと倒れそうだ)

現実に目を向けたって……

 あー、おー、見終わる。
 犯人が、二段階、三段階と、真実に近づいていくとは、ストーリーとしてもすごいなぁと思った。
 以上。

 ……身体が、重い。肉体的にダメージが。(作品を見たからではなく、ここ数日、予定があって頭と身体を使ったため)

 こんな状態で見るような作品ではなかった。もっと万全の態勢でエンディングまで見たかった。しかし、寝る前に1話だけ……とかそんな軽い気持ちで見始めたのがいけなかった。
 以前から、エンディングに近づくと、小説でもアニメでも何でも、自分が置かれている環境を一切無視し、プライオリティマックスファイアーで最後まで読んだり見てしまう、そんな癖を分かっていたのに、やってしまった――後悔。

 何がいけないか、というと、体力が残っていないときに素晴らしい作品を見てしまうと、それを振り返るだけの頭の余裕がなくなるからだ。――面白かった、以上(しょうなみかん)てきな感じになってしまっては、なんとももったいない。

 ので、体力が尽きるまで、取り敢えずメモを行う。

話としては分かりやすかった

 真犯人(人としての)については、具体的にどこかは忘れたが、かなり序盤から推測していた。根拠はなかった。けれども、この人、真犯人っぽいなぁと思っていた。その意味では、意外性はなかった。
 むしろ……なんか、動機が、経緯が「こじつけ」に思ってしまった。まぁ、「真犯人」にするのだから、具体的な描写などにおわすことはできないのだから、ある程度仕方がないのだろうけれども、その点はいまいちに思った。

 二人目の容疑者について、「僕だって、……殺してやりたいぐらいですよ」というセリフと描写、あれが逆に、すげー違和感になって、僕に「この人を犯人にしたいんだろうなぁ」という感覚を強く与えた。なんでそう感じたかはわからないけれども、決定的に真犯人感が高まった。

 まぁ、そういったストーリー的な、構成的な、描写的なのはいいんだ。

 とにかく、「面白かった」。

 面白かった理由を挙げるのも事欠かない気がするが、それより、今一番メモしたいことを次の章へ。

現実なんて基本は退屈でつらいだけだろ?

「うまくやれるやつは最初から決まっているのさ。才能というチケットを持ってる――(奴だけ)。そこに気づいちゃったら絶望だけ」

 真犯人が誰かとか、実はそういう点をあまり気にしない(そういう意味で、推理ものとかサスペンスとか、嫌いではないのだけれども、あまり読んだり見たりしない)。むしろ、その「敵」が魅力的かどうかを気にする。

 そういう意味で、100点! を挙げたい。
 某ミツオくんも良かった。――ミツオくんというか、彼のペルソナ(シャドウ)が良かった。シャドウの精神攻撃も実によかった、えぐられた。
(あの、地獄少女? だっけ? あれらに出てくる「敵」は非常に退屈だった。単に人間の嫉妬とか、見栄とか、怒りとか。そんな単純な感情にほだされて他者を貶めようとする程度の敵は、非常につまらない。それこそ、現実にたくさんいるだろう。で、そんなやつを倒したところで、一時のカタルシスにもなりゃしない。愚痴吐いて「あーわかるわかる~」的なレベルのポジティブさなど、僕は「認めない」。(認めないという表現が一番しっくりきたから、とりあえずそのまま書いといたけど、他者のその気持ちを認めないわけでは決してないことは書き残しておこう))

 そういう意味でだ、真犯人(人として)は、非常に多くの名台詞を頂けた。

 ……いま思ったが、僕が真犯人に「いきなり感」を思ってしまったのは、「名台詞」ゆえに、そこに行きつくまでの、そのお方の来歴が不十分に思ったからかもしれない。
 その点、某ミツオくんの方が僕はしっくりきた。なんか、リアリティがあった気がした。


 そうは言ってもだ、やっぱり真犯人さんも悪くない。

「どんなやつでも、80年もしたら終わるんだからさぁ。だったら、シャドウ(影。自我を失い精神世界を彷徨い続ける)になったほうがましだろう?」


 だがそこじゃない。ここで、そのお方の良いセリフを挙げていくのも悪くない。僕が、いま残り少ない時間で書いておくべきは、……。

お前の理屈なんて子供以下の単なる我がままだ

「社会と折り合うことを投げたら、生きづらいに決まってる!」
「生きるのもいや、死ぬのもいや、人であるのも放棄しようとしている! そんなの、ダダこねてるだけじゃない!」
「お前は選ばれたんでも何でもない! ただの犯罪者だ!」

 まぁ、いろいろ言われて、力を取り戻した主人公陣営に、そのお方、涙目になって負けちゃいますよ。
 まぁ、人類的にはその方がいいと思いますよ。

 でも、僕は思った。

 ――いや、なんか、話し合いとしてはお互い全然なりたってなくね?

 と。
 なんというか、だ。ぐだぐだ言ってないで、現実をしっかり生きなきゃだめだ、という「大人」な主人公陣営の考えも意見も分かる。
 分かるんだけど、この戦闘シーンにおいての会話(議論?)においては、どっちが勝って、どっちが負けてとか無いと思った。

 結局、主人公たちが、暴力で敵をねじ伏せただけなようであった。
(これは、ペルソナ4中盤あたりから、「自分と向き合ってシャドウを倒し新たなアルカナ・ペルソナを手に入れる」というのが、なんか単純に暴力的にシャドウを倒しているように感じ始めたのと似ている)


 何を言いたいかというと、別に、世界をシャドウの世界(自我が失われて魑魅魍魎と化した世界)になった方がいいというわけじゃない。
 そうじゃなくて、「現実なんて……」とか言ってしまったり、思ってしまう人に対して、「それは絶対に間違っている」と言えるような、そんな表現・論理が、欲しかったというところだ。

 現に、真犯人氏は、暴力で負けた後、「つまんねぇ……。まぁいいや……どうせもうすぐあっち世界はなくなる……」とか言っちゃう。

 いやまぁ、ここで、真犯人氏が、暴力でも、論理でも負けたただの敗者であることを決定づけられるわけだけれども、僕はここで「すっきり」とか「すかっと」とかしなかった。
「ああ、また一人、救えなかった人が増えたのだなと」


 いやまぁ確かに、そりゃあそうさ、間接的とはいえ、人を二人も、それも身勝手な理由で殺した奴に、同情など必要なかろう。実際問題、その「犯罪行為」自体は何ら認められるべきものではないし、その点においてはただのおぞましき犯罪者である。

 その点と、切り離してなど考えてはならないだろうから、本来このシーンは、主人公たちがついに犯人を追い詰め、これまで培ってきたペルソナ・絆の力で敵を粉砕するという、清々しいシーンなのだろう。

 だが、足りなかった。

長くなったから強制まとめ

 だからさ、「犯罪行為」の「言い訳」としか捉えられなかった点が残念だと思ったわけ。

 だから、真犯人氏までで、この物語が終わっていたら、僕は「残念だった」という感想を抱いたことだろう。それが、ほぼ100点と思えたのは、超犯人氏が最後に登場したからである。

 超犯人氏もまた、名台詞の数々を残してくれたわけであるが、今回の記事の目的とは少しずれるので、ここでは書かない。
 しかも、超犯人氏は、字義通り人知を超えてらっしゃるので、思考対象とするのはいささか難しい点もあり……


(体力の限界のため強制終了)

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今日の一言「語彙力があるのは良いことだが」「知識人ぽく振舞うのは何かいや」


横文字について

 パスティーシュ:作風を真似ること
 エピゴーネン:模倣作品。原作に比して劣っている場合が多い。
 オマージュ:発展作品。原作に比して優れている場合が多い。
 パロディ:二次創作的なみたいな。

 正確に、言葉の違いを理解したうえで、専門用語(テクニカルターム)や横文字を使うのは、まったく構わないと思う。
 しかし、なんかかっこいいとか、偉そうだとか、頭よさそうに見えるという感覚で、そういった文章を書くというのは、後々読んだときに頭を抱える可能性がある。俗にいう黒歴史だ。

 いやあえて、字義は同じもしくは似ていても、その「字面」がかっこいいから使う、というのは、表現の世界においてはアリだと思う。
 こう、頭に浮かぶイメージってのは、厳密な辞書的な意味とは異なる場合だってあるだろう。
 ただ、自分を大きく見せたいとか、何やら「すごいこと書いてる風」に見せたいだけで、「この作品はパスティーシュにもなっていない駄作ですね」とか書いてるのは、如何かと思った。いやその、そういった言葉をさも当たり前に使うようなコミュニティ内だったらいいけど、アマゾンレビュー的な場所で……ねぇ……。

 まぁ、単に僕が「パスティーシュ」という言葉を知らなかったので調べてみましたと、そういう話である。そんなの、常識だろうと思う方もいるだろうし、「へーそうだったんだ」という方もいると思う。僕がここで書きたかったのは、その事例が云々ではなく、その「適度な言葉遣い」の選び方とは、難しいものだなという感想である。

 例えば、僕はブログではいつも、中学生でも分かるレベルを基本にして(時に無視をして)いる。ただ、僕がそう思っても、やっぱり理解ができないような表現や、下地、概念、考え方、感情、知識、積み上げ、まぁいろいろあるんだろうなぁと思うわけである。

創作ルーチン

 はっきり言おう、これ、大変である。
 いやぁ、そもそも、音楽でもなんでも、創作というのは体力も精神力も必要となる重労働である。
 確かに、スポーツは明確に、見た目的に、体力的に息が切れるから、分かりやすく重労働だ。
 しかしそれとは違った意味で、創作は重労働だなぁと、今更ながら感じている。
 メインは、精神的に、ということになるが、それをルーチンとするとなると、時間確保とか種々調整だとか、体力要素も必要になってくるのである。

 それで、そこに費やす時間が9割がた楽しければよいのだが、いやぁ思ったよりつらいのである。

いつまで続けるか

 そういや、ルーチンをするのに明確な目標を決めていなかった。
 まぁ、習慣化すれば、明確な目標などなくても、言い方は悪いが、惰性で続けられるようになったりする。しかし、特に最初のうちは、いくつかのチェックポイントをもうけていた方がいい。

 今日とか、免除規定に該当しない、21時前に家に帰りつき、23時前までは特にフリーだったというのに、気づいたらぼーっと時間を過ごしてしまった。危ない危ない。そして、眠気も襲ってきたから、危うく早速ルーチン失敗になるところだった。

 面倒だし、面白くもないけれども、ほぼ習慣と化しているこのブログを用いて、その創作ルーチンに関しての話題を繰り返し持ち上げることで、初期の失敗を避けるようにしていきたい。

灰と青春

 いや、そもそも、ぼーっとしていたわけじゃあなかった。ペルソナ4を2話ぐらい見進めた。
 そして、下のこれが、時間が消えた理由だった。



 隣り合わせの灰と青春。ウィザードリィというゲームのノベライズ。このウィザードリィって、確か、ある精神科医さんのブログで取り上げられてたやつじゃあないかなぁ確か。

 で、まぁ、これを、今週ぐらいから少しずつ読んでいたのだけれども、一気に読み終わったしまった。kindle、これは良いものかもしれない。どこでもなんか手軽に読める。

 面白かったな~。なんだろ、ライトノベルってジャンルなんだろうか? キンドル版に挿絵は一つもなかったけど、なんだか、ゲームとかアニメとか、そんな雰囲気が文字媒体から伝わってきた。

 良いんだけど、もうちょっと、ヒロインのかわいさを表現できていたらよかったかなぁ。なんか、エピローグの余韻があんまりなかった。
 結局黒幕的なのもそのまま放置的な感じだし、なんだか大円談、って感じはしなかった。
(でも、とりあえずラシャが生き返ってくれてよかった!)

ペルソナ4

 そいで、ペルソナ4なんだけど、これ、小学生の女の子の過去が明らかになるパートと、文化祭でミスコンとかやっちゃうパートなんだけど、いやぁこれも面白かった。

 女の子のパートの話は、なんか、泣けた。なんかその、――家族っていいよね(?)。

 文化祭のパートの話は、なんか、笑った。なんかその、――青春っていいよね(?)。

 あー、これが俗にいう、小並感(こなみかん・しょうなみかん):小学生並みの感想、ってやつなんだな。

 なんか、掘り下げて書こうと思うとなんかかける気もするけれども、吊革広告で見た「徒然チルドレン」的な奴が、ニコニコ動画チャンネルで最新話無料で見れたのでちょっと見てみたら、ややー、これもなんかくすりと笑えた。――青春っていいよね(2回目)。


(そして時間切れと睡魔により唐突に終わる)

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今日の一言「なんかつらい」「物語に入り込めていない」
※某ツールをDLして使ってくださった方へ。移行ツールの動作確認のご報告ありがとうございます。ちゃんと動くか心配だったので、よかったです。

書く



 今日の進捗。
 いやー、きついな。何だろう、こう、とってもこっても、書くのがつらい。

 2016年の9月ぐらいに書いた作品は、あれは何だか構想が浮かんで、一週間ぐらいで書きあがった。ま、見れば、文字数は1万字に到達していないから、一日1500字程度でよいということか。

 しかし、なんか、中編から長編にしようと思うと、この、途方のなさが気持ちを揺さぶる。――これ、ほんと書ききれるのか?

 非常に荒いプロットは作った。A3の白紙の紙に、マインドマップみたいにして、登場人物・敵・集団・組織の関係性を、実線や点線の矢印で結んでいく。そして、それぞれの場面、物語で明らかになっていく順番などを整理する。――うんうん、これなら、じぶんでもちょっと面白いと思える物語になるだろう、と。

 しかしだ、それぞれの話の軸となるエピソードが全然決まっていない。
 登場人物の設定もあまい。敵……一般モンスター的な奴には、鋼鉄城カバネリに出てくる屍(カバネ)みたいなのをイメージしているが、その能力や外見のイメージがかたまっていない。

 地理は?
 時代設定は?
 武器や道具は?
 社会思想は?
 風俗は?
 テクノロジー・技術は?

 足りない。全然足りない。

古い雑記が出土する

 高校ぐらいかな、友人と作品のプロット(設定)などのやりとりしたメモ帳みたいなのが見つかる。
 読んでみる……うーん、なるほど、これよかは、今のほうがいいものを作れそうだ。だが、じゃあ、すぐさまそれと同じ文量を書けるか、というと、つらい。

 逆に、いい表現だったり、面白い展開じゃないと、書いていて楽しくなさ過ぎて、つらい。面白くない。

 でも、だ。一発で面白い描写ができるなんて、思わない方がいい。これまでも、僕は一度書いてから、時間をおいて読み直して、「あー、ここはこうしようか」「この場面はもう少しこっちに配置するか」「表現を足さないとわからないな」とか推敲を重ねていくのである。

 確かに、音楽のアーティストは、ライブなんかやって、その一体感によって観客を魅了する。
 でも、一発のレコーディングで上手いのがとれるか、というと、そうではない場合だってあるだろう。何回か音合わせして、繰り返し練習して、よい作品ができあがることだってあるのではないか。


 で、まぁ、その、「設定」に尽力しているのが伺える。
 しかし、「設定」をつくれるのと、小説を書けるのとは違うと思う。――と、思ってきたが、やっぱり、「設定」も大事だと思った。特にファンタジーをつくるなら。
 というわけで、『空想世界構築教典』を読み出す……うーん、おもしろいな、これで半日ぐらいつぶせるだろう……ってそうじゃない!

漫然と本を読むのは如何か

 男は本なんて読まないんだぜ。本なんて読む奴なんてオタクじゃん?

 みたいに言う人もいるらしい。なんかニュースでやってた。嘘だろう、とそういう記事は話半分にしか読んでいないのだが、まぁそういう人もいるのかもしれない。
 どっかの経営者・社長は、「本なんて、所詮他人の経験でしょう? それより、自分の経験を語れる人のほうが、信頼感あるよね」みたいなことを言っていた。

 僕は本を読むのは全然苦じゃあないが、しかし、ただ読むというのが果たしてよいことか。

 この、「本の読み方」的なのも、探せばいーっぱい出てくる。
 多読がよいとか、問題意識をもって読まないとだめだとか、その逆だとか。

 まぁ、そんなん、言いたいように言わせておけばいい。どれが自分にしっくりくる言葉なのか、方法なのか、なんて、そんなのやってみて、感じてみて、自分で決めればいいことなのだ。

 他人のアドバイスはありがたいが、結局、決めるのは自分だ。


 という前提において、僕は、「創作する」という目的・目標においては、やっぱり、漫然とただ読んでも身につかないと思う。

 やっぱり、「表現したいこと」というのがあったうえで、それに向かっていくために必要な方法を、本や他者のアドバイスへ求めるのはいいと思う。けれども、最初から答えを求めようとしてもダメだと思う。

自己啓発的~ウケル~(嘲笑)

 あー、上の書いたことは、誰かへの啓発なんかじゃあない。ただ、自分が「そう思いたい」ってだけだ。

 そうでも書いておかないと、流されやすい自分は、ブレる。

 そうやってブレてぶれてここまでやってきて、それはホント失敗だったと思う。


 ――後悔は何も生まない。ただ反省のみをすべし。


 と思ってきたが、後悔するべきは、もっと、自分の「思い」というのを、他者とか、社会とかの「あるべき論」「不安を煽り立てるような奴」から、自由であるべきだったことだと思う。

 結局、着飾って生きても、何もならん。――いや、これだって、単に一時的な、その場限りの、条件付きの、たまたまの、気まぐれな回答の一つに過ぎない。「着飾って生きる」ことだって、何ら悪いことではないかもしれない。

 

ということを書くのをやめよう

 ってお前よう! ここまでで、だいたい2000字だぞ?
 今日のルーチンってかノルマってか、目標分を超えてるぞ?
 お前は、どうして、このノリで作品を書けないんだよ!

 もう少し、生産的でありたい……。


(作品を公開しようという思いが強いからいけないのかもしれない。もっと、書きたいように、好きなように書ければもしかして……。例えば、視点のブレとか、描写・表現の時代や設定との乖離問題――例えば、「獰猛なトラのように襲い掛かった」的な表現があったとして、その時代やその地域に、またはその世界に「トラ」というのは果たしてどれほど認知度がある存在なのか――とかを無意識に考えてしまうから、筆が止まってしまうのかもしれない。もっと単純に、重複した言葉を使うと読みづらいとかかっこ悪いとか……。そういうのは一切無視して、まずは物語の軸として、表現ではないんだけど、でもプロット以上のもの、的なのをつくるのは、……ありかな? 長編とか難なくかけてる現代ファンタジーとかロボットものとかを得意とする某からくりサーカスに出てくるヒロインと同じ名前の某お方や、奇抜なアイディアや登場人物を描かせたら右に出る者はいない旧約聖書に出てくるソロモン72柱の第一位の悪魔と同じ名前の某お方は、どうしたらそんなに書けるんだろう。なんかこう、楽しくいっぱいたくさん面白いのを書けるようなそんなアドバイス求むッ!(そんな魔法はない! 頑張れよ!))

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