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離婚を突き付けられた30代男が生きる意味を徹底して考えるブログ。

   
カテゴリー「創作について」の記事一覧
今日の一言「正解するカドについてがっかりした、という人たちの気持ちも分かる」「まだ未完だけどねー」

今日は短い記事になると思う

 正解するカドを、現在アマゾンプライムで配信されている話まで視聴す。
 いやー、スカイ? ツカイ? さんかわいいなぁ。――と、そうではなくて、なるほど、序盤の展開と後半とで作品の雰囲気が変わってきたのは間違いないだろう。

 前半の、僕に感じさせた壮大なテーマ(勝手に抱いていただけかもしれないが)は徐々に薄れていって、ラブコメの要素も盛り込まれ始めたから驚きである。

 とはいえ、僕は別に、ツカイさんが実は「〇〇でした」というところまでは、全然気にもならなかった。
 いいじゃないか、異方存在の力を否定する根拠として、人の自然な進化を望むというのはいいじゃないか、美しい、ありだ。
 さらに、ツカイさんのおやっさんも、よいこといってる。
「人はなー、簡単に壊れちまうんだ。だから与えられた命(人生)を精一杯やんなきゃなんねーんだよ。はは、おめえはまだ(幼いから)わかんねーか」

 必死に生きて、そして死ぬ。そして少しずつ進化(生物学的なものではなく、社会発展的な意味で)してきた人類の尊さ、美しさ。いいじゃないか。



 手放しでその、ツカイさん側の考えを肯定するわけではない。
 ただ、ザシュニナさん(シンドーさん)側との対立軸としては、十分な根拠のように僕は思えた。
 その二者間の思いがどう交錯するか、調整されるのか。そして、ワム(無限のエネルギー)やサンサ(異次元の自分をコントロールし、結果的に眠らなくても済むようになる)を手にした人類はどう発展していくのか。
 ワクワクするストーリーじゃあなかろうか。

サンサが登場したあたりから

 正直な思いとしては、サンサが提供されたあたりから、ちょっとハテナマークが浮かび始めた。もう少し、「ワム」ネタで引っ張ってもいいんじゃないかと思ったのだ。
 それが、眠らなくても済むようになるサンサが提供されることで、能力のインフレーションみたいな状態になった。現に、サンサによってもたらされる影響が十分に描かれないまま、次の「ナノミスハイム」(時間も重力も全部コントロールできる)が提供されることで、人はもはや神に近しい力を手にしたのだった。

 それによって人はどうなる? 社会はどうなる? 人の思考や思想は変わるのか? 経済はどうなる? 政治は、国境は?


 そういった疑問に触れる前に、ザシュニナさんの真の目的(?)が明らかになってしまい、ツカイさん側との武力衝突(?)になってしまう。

 これは確かに、多くの視聴者の期待を裏切ったことであろう。かわいいツカイさんとシンドーさんがラブラブになっていく様に嫉妬したわけではあるまい。きっと違うだろう。シンドーさんはかっこいいから仕方がない、うん……(血涙)。

 と、それはともかく。
 だからといって、「がっかりだ」「つまらない」「過度の期待だった」「不正解なカドだった」とか、そういってしまうのは如何なものか。
 

批判するのはよいが

 僕もどっちかというと、なんか違ってきたな、と思ったほうではあるが、でも、ふつーに面白いと思う。
 序盤のあの、圧倒的な期待感というか、ストーリーやエピソードは、簡単にはうみだせないと思う。
 それに映像の素晴らしさ。毎年アニメをチェック、なんてやってこなかったからよく分からないが、最近の作品はみんなあんなレベルなのか。最近、「老人Z」(1990年ぐらいの作品)を見返したせいか、感覚がおかしくなっているのかもしれないが。


 まぁいいんだ。正直な感想ってのは大事である。つまらないと感じたものを、無理に面白いと思う必要はない。

 だけれど、単に面白い、つまらないと、それだけで終わってしまったら、僕はそっちのほうがつまらない。

 面白かったら、その面白かった理由や原因を考えて、再現性(次に見ようと思う作品の傾向の選別、といったレベルでもいい)を高めるのもよいだろう。(まぁしかし、面白い作品は、それだけで価値があるので、無理にその理由を求めようとするのは野暮であったりする。)


 もっと大事なのは、つまらなかったら、その理由や原因を考えることだ。
 そうじゃなきゃ、せっかく見たのに、もったいないじゃないか。知り合いやブログで愚痴や批判を書くのに使ってもいいが、「つまんねー」「だよねー」で終わっては、まったくつまらない。

 そこをぜひ頭を切り替えて、じゃあ自分だったらどんな物語を創造できるか、という風にしたら如何だろうか。


 これは決して、つまらない作品の肯定をしたいのではない。
 それは違う。つまらないものはつまらない。このことを否定したいのではない。

 しかし、「つまらない」という思いがあったとき、それは貴重な体験でもあるのだ。「つまらない」というのは、そこに、何かの「期待」があったのだ。

 これは、何もアニメの作品に限ることではない。人と話す時だってそうだ。
「あいつの話、おもしろくねーんだよな」
 というのもあるだろう。それは何故か? 同じ話を繰り返しするからなのか? 過去の武勇伝ばっかりだからなのか? お説教臭いからなのか? 愚痴ばっかだからなのか?
 たいていは上のそれらが原因であるが、だが、もっと突き詰めてその理由を探ってみるのもよいだろう。そうすると、こっち側(きき手)として、会話を面白くもっていくような方法(頷き、コーチング)ができるかもしれない。

 言うまでもないが、この、他者との会話についても、つまらない話を面白いと思えとか、そういうことではない。つまんねーもんはつまんねーんだ。ヨイショしたりする必要などはない。
 ただ、それを、単に「つまんねーんだよハゲ!」とか言うんじゃあ、それこそ面白くないだろう、ということである。つまらないなら、その理由をやんわりとでも、はっきりとでもいいが、ちゃんと伝えてあげたほうが、WIN-WINにならないだろうか。そうなるためには、お互い、「聞く耳」をもっていなければならない。そして、それをつなぐのが、シンドーさんとか、交渉する人の役目なのだ。そういう意味で、正解するカドのテーマというか、登場人物の役割というか立ち位置というかは面白いと今でも思う。そういう人たちをメインキャラクターとしてスポットしたのは、それだけでこの作品に価値があるといえないだろうか。
(他にそういう作品があるとか、そういう問題ではない。この作品として創み出されたこと自体の価値を言っている)

昔の作品を読んで

 先日。
 話は変わるが、高校とか、それぐらいの、自分の作品が見つかった。
 ある友人と、メッセンジャーとかのアプリケーションを用いて、お互いの作品を読んでもらったりしていた。
 その作品が、なんというか、つまらないのである。(逆に、友人の作品は、設定としてちょっと面白そうに思った)
 文章作法自体もよく分かっていなかった時代である。キャラクターも、邪気眼を発揮しそうな感じだ。まぁ、今の方が、同じストーリーにしたとしても、もっと面白く書けるだろう。そういう意味では、少しばかりかは成長を感じられてよかった。
(話が少し脱線するが、某サイトで、新たに経験(習熟度)を選択できるオプションが追加されたが、ある方が「中級者」と選んでいたのである。驚いた。いや、貴方は明らかに上級者でしょう? と思った)

 しかし、なんだ、その、過去の自分についてだが、アイディア的には、よく頑張っているなぁと思ったのである。
 いろいろと、鬱屈した思いをもっていそうである。ネタというか、プロットについても、いくつも見つかった(といっても、10に満たないが)

 その、書きたいという情熱は、彼にはあった。そして、その情熱、思いに、今の僕は、果たして、勝っているといえるだろうか。



 過去の自分の作品に、友人は的確に、しかし全否定することはなく指摘をしてくれていた。
 今の僕も、過去の自分の作品を、こてんぱんにすることはできるだろう。しかし、それが果たして、よいことだろうか。俺は全然そうは思わない。
(先に書いておこう。正解するカドはプロの作品であり、一人がつくっているわけでもない。アマチュアの作品に対する批評等と同じ次元で語ることの誤謬は理解しているつもりである)

 惜しむらくは、残念だと思うのは、過去の自分の作品が、ちゃんと完結していないことである。
 陳腐だっていい。面白くなくたっていい。ネガティブだっていい。それでも、ちゃんと、最後まで形にして欲しかった。ダメだしするとしたら、その点である(その点は、一緒に作品を書いていた友人にも当てはまる。せっかく面白そうな話だったのに、残念だ)。


 正解するカドは、プロの作品だから、きっと完結はするだろう。それがひとまず、すごいことだと、まずは認めようではなかろうか。その次に、では、どうしたら、どんな作品だったら、最高に面白いのか。パラダイムシフトを引き起こすような重大なものになりえるのかと、考えてみようではなかろうか。

 そんな大層な作品など、どこにあるのだろう。アラビアの夜の種族に出てくる、「災禍の書」だろうか。

 そうしたら、僕らは、まだまだ、思考をやめてはならないと、そう思わなかろうか。

 確かに、世の中には素晴らしい作品であふれている。

 だからといって、単なる消費者になってそれでよいのだろうか。

 物語を、自分で創るということを諦めてしまってよいのだろうか。

 僕はつくる(作る・創る)人を尊敬する。そして、僕は創る人になりたい。

 そして、ここでいう創るというのは、もちろん、「作品」だけではなく、自分自身、人生ってやつも含むのである。



(……ってなんだこれ。すっげー中二病的な記事だな。恥ずかしい。しかし、こんなんレベルじゃあないほど恥ずかしい文章がぎょうさん見つかった!(かっこわら) いわゆる黒歴史である。でもちょっと待ってほしい。黒歴史をなかったことにするのって、ちょっと勿体ないのではなかろうか。そして、本当に、今の自分だったら、黒歴史よりも良いもの(作品であったり、思考であったり、感情であったり)ができるのか。根っこでどこか、変わってないものもあるのではなかろうか。もしくは。それどころか、そこでしっかりと具現化できなかったことで、何か失ったまま、見つけられなかったまま今の今まできてしまったことがあるのではなかろうか。
 今年の目標はなんだっけ?
 整理をすることだ。部屋もそうだし、費用面もそうだし、思考もそうだ。感情だってそうだ。過去に執着することも、囚われることもよいことではない。けれども、忘れてよいことばかりではないはずだ、と思う)



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今日の一言「疲れた……」「同じ疲れたでも何かつくっての疲れたなら大丈夫」

サイト改修工事完了

 ひとまず完了した!!
 あぁ、疲れた……。他のことも何もせず、ひたすらプログラムコードを書いていた。
 いやーこれは、好きじゃなきゃやってられないなぁ。どうにも、昔書いたコードは効率化できるところが多々見受けられ、そいつを直していたら、「あ、ここも」「ここもこうしようか」とかやっていって、雪だるま式に時間が過ぎていった。
 この集中力を、卒業論文とか会社の仕事とかに使えたらいい。たまに発動することもある。けれども、ゼミとか同僚とかと一緒にやるような仕事だと、パフォーマンスをあげられない。いや、これは、あくまで一人の方が作業がはかどるという意味で、その作業自体が、実は不要だったり、もっと効率の良い方法を見出せるかどうか、という点では、やはりみんなで一緒にやった方が効率よい場合の方が多いだろう。
 ただ、自分の現状もてる力で成せることとしては、やっぱり一人の方が効率が良い。自分の成長にとっても、単純な能力・スキル的な面では一番よいのではなかろうか。

 モンハンで例えると、パーティで狩った方が楽に倒せるが、何だか自分の攻撃がどの程度効果的だったのかよく分からないから、倒してもあんまり達成感がなかったりする。
 一方、ソロ狩りだと、PS(プレーヤースキル)の上昇とかを感じられたり、頑張って作った武器の効果とかがわかったりして、強い敵を斃せたときの達成感は大きかったりする。

 僕は、学生時代チームプレーの運動部に所属していたが、性格的には、陸上部とかバドミントンとかの方がよかったのかもしれない。

 正解するカドに出演してる人たちは、みんな仕事めっちゃ好きそうやねん。
 仕事ってのも、うまい具合に使えば、所属欲求とか承認欲求とかを満たしてくれる良い具合の装置として活用できる。



 今回の改修工事は、見た感じそんなに変化はない。ただ、データベースの構造をかなり変更した。今後のデータ増大に対しての対策も併せて行ったところ。(おっと、MySQLを覚えたほうが早いんじゃね? というのは今後の課題だ、今は黙っておいてもらおうか)
 というか、データベース間を繋げる「アタッチ(attach)」という機能をもっと初期から知っていれば、さほど悩む必要もなかった気がするが。

 オブジェクト指向って、使いこなせておらずよく分かってはいないが、概念として大事なのはすごく分かる。
 ワードプレスって、何で流行るのかもよく分かる。やっぱり、パッケージ化されたものを組み合わせて作る方が、効率が断然良いし、安定感もある。パンを作るのに、小麦から小麦粉をつくって、酵母をつくってとかやるよりも、有機栽培の品質の良い小麦粉や酵母を買って作った方がよい。

 という、効率とは別に、やっぱり一から作るっという楽しみというのもあると思う。それは趣味だから許されるのであって、仕事では許されない。
 んで、仕事はどんどん高度化・効率化していくので、人の工夫ってのが中々入りこめなくなってきている。ソリューションできたときの達成感ってのは、どんな分野にもあると思うけれども、あまり見いだせない。むしろ、見出すための時間すら「無駄だ」とコストカットされる。そういう意味で、「ゆとり」というのは非常に大事だと思う。
 仕事は遊びだ、というと多くの人に批判されるが、何か創造的なことをするのであれば、真剣に遊んでいるときの方がよいものができあがることがある。


 しっかし、土日で16時間以上費やした気がする。
 正直、こんなにかかるとは思わなかった。

何に時間を使うか

 しかし、プログラミングはまぁ良い趣味だと思う。
 あんまり人にいえないのが残念である。テニスとか野球観戦とかそういった趣味の方が飲み会とかでも盛り上がる気がする。いや別に、趣味を多くの人と共有する必要はないのだけれども、初対面の人と話すときには、結局無難にドライブとか映画鑑賞とかそういった話になる。

 まぁそれらも好きっちゃあ好きだが、恐らく、今まで何に時間を費やしてきたかという観点でいけば、ゲームとプログラミングが一番時間消費をしている気がする。

 趣味って、やっぱり、お金と時間を費やしたのが多いのがメインの趣味なんだと思う。

 じゃあ、逆にお金を稼ぐ趣味はどうなんだ? となると、お金を稼いじゃえば、それって仕事じゃね? と思う。まぁもちろん、仕事が趣味って人もいるから、その観点では何ら問題はないのだけれども、僕の感覚ではそれは趣味ではない。

 アルバイトだって、お金をもらっている以上はプロである。アマチュアとプロの違いは、お金をもらっているかどうかである、ということも聞いたことがある。アルバイトは雇用形態が違えど、れっきとしたプロなのである。

 だから、ある分野では、アマチュアの方がプロよりも優れている、ってこともあると思う。ただ実際、時間という面で、プロの方が当然多く時間をかけられるのだから、たいていはプロの方が優れている場面が多いだろう。



 さて、もう少し、早く完成させて、他のことをしたかったけれども、もうこんな時間か。
 時間がかかった割には、まだ着手したいことは残っている。しかし、こんなまとまった時間は中々取れないから、できるだけこまめに、分割して作業を着手していきたいものだ。

パソコンの調子が徐々によくなってきた



 結果的に、内臓のカードリーダの接続不良が原因だった可能性が高い。

 BIOS起動の前でフリーズすることを繰り返していたが、メモリはずしたりグラボはずしたりUSB機器はずしたりCMOS電池はずしたりと、いろいろ試して、時折期限が良いとOSまで起動するということが繰り返していた。

 そのOS起動したときに、ピコピコ、何やら外部接続の機器がつながったりはずれたりの音が、しばらくするとなりだすことが頻発した。
 コントロールパネルのデバイスマネージャーから見ると、どうやら、内臓のカードリーダの接続が、つながったり外れたりを繰り返しているようだ。

 BIOS起動して、該当のUSB機器だけを無効にしようと、ASUSのマザーボードの説明書(英語!)を読みながら、やってみたが、USBポートを無効にする方法を学んだだけで、結局該当の機器の設定は見つからなかった。

 じゃあ、もう物理行使だ、ということで、上の画像の通り、5インチベイの蓋をはずして、カードリーダがつながっているところを調べる。(そもそも、蓋の外し方がわからなかったが、無理やりバキッとあけた。意外と、大丈夫だった、けど、ただしい開け方ってどうだったんだ? 端末の説明書にはとくに書いてなさそうだったが……)

 見つけた。……たぶん? これ?
 いろいろ基盤の接続を外したりつけたりしたので、電源ケーブルらしいのが上の画像の白いコネクタだろうということは分かった。むにむにと、無理やりはずす。



 結果。カードリーダは使えなくなったが、USBポートは使える。
 そして、ASUSのロゴでフリーズして使えなくなるという事象については、……いまのところ起きなくなった。ピコピコ、接続がついたりはずれたりすることもなくなった(やはり、カードリーダのみの接続不良だったのだ)。

 グラボ、メモリも×2で繋げてみる。問題なく稼働。

 ふむふむ、これでしばらく使っても大丈夫であれば、まだしばらくこのPCを使えそうである。
 もうかなり、見積もりで15万~30万ぐらいで検討していたが、どうしても必要なら外付けのカードリーダ(3000円ぐらいか?)でもつければ、何ら問題はなかろう。

 費やした時間は、電気屋にいってCMOS電池を購入したり、不具合の調査をしたりとか、「つながらねえええ!」とか叫んでいた時間とかいろいろ含めて、6~8時間ぐらいだろうか。

 15万円を浮かせたと考えれば、時給約2万である。おぉ。そう考えると、よく頑張った。


【遠藤の得た経験値(スキル)】
◎メモリの外し方・付け方
◎グラフィックボードの外し方・付け方
◎CMOS電池交換の仕方
◎USBポートのBIOSからの無効化
◎内臓HDDの交換
◎内臓HDD外付けケースの接続
◎5インチベイの蓋の外し方

 ふむふむ、結構頑張ったんちゃうか。

格安SIMへの移行

 何かのときに役立つかもしれないから、手順をメモしておこう。

1.自分のキャリア(AUとかドコモとかソフトバンクとか)を把握する
2.自分のキャリアを使っている格安SIM事業者(MVNO)を調べる
3.事業者を決めたら、自分の端末(スマホ)が対応しているかを調べる
4.対応していたら、SIMのみを申し込む。その際、MNPするか(電話番号を引き継ぐか)を決める。
5.引き継ぐ場合は、キャリアに電話して、MNP予約番号をもらう。
6.予約番号をもとに、格安SIM事業者のサイトからSIMのみを購入する
7.クレジットカード登録とか、運転免許証とか必要な書類をアップロード。←いまここ
7.配送手配が行われ、SIMが到着する
8.古いSIMを外して、新しいSIMをつける。
9.なんかセッティングする(セッティングされるとキャリアは解約される)(この間はふつーに今までどおり使える)
10.移行完了!

となるはずである。

ちなみに試算結果。



 約1年後、このまま何もしなかった場合と、違約金が発生しない12月にやめた場合での違い。

 累計費用として、
何もしなかった場合:66780円
12月にやめた場合:42168円
今すぐやめた場合:37088円

 ということで、年間約3万円ぐらい消費を抑えられる計算である。
 ちまちま、昼食代を節約するよりかはよっぽど効果は高そうである。

 あとはネットか。ケーブルテレビのJ-COMだが、テレビみないし固定電話もいらないし、スマホとセット割引のスマートバリューもなくなるし、もっと安い通信業者を探してもよいかもしれない。NTTのフレッツぐらいしか知らないが、もっといいところがあるかもしれない。


 まぁ、MNPの予約の際に、AUに電話かけんきゃならず、引き止められたり、なかなかつながらなかったりするといううわさも聞いたり、実際大手のサポートってホントなかなかつながらなかったりイライラさせられることが多いが、AUさんのサポートは、今回たまたまかもしれないが、非常によかった。
 まず、自動音声の指示に従って、オペレータを呼び出してから2コールぐらいでつながった。んで、
・どこに乗り換える予定なのか
・理由は何か
 ということを聞かれたが、素直に、UQ-mobile、費用削減のためと答える。

 もう少し費用を抑えられるキャンペーンなどもありますと進められるも、公開されている情報は確認して、これ以上安くならないことはわかっているのでけっこうです、と答えると、わかりました、となって、あとはスムーズに手続きが進んだ。

 まー、回線事業者として、回線のインフラ自体で利益が出ているから、個人の消費者がはなれていっても、あんまり困らないのかもしれないが。


(生活メモみたいになってしまった。思考とは関係ないからあんま面白くないな。まぁ、思考と生活は密接にかかわる。人脈も、モノも、コトも、全部、自分が記憶、管理できる範囲にしたいものである。部屋を片付けていて、「あ、こんなもんもあったんだっけ」とかなるのは、ぜひとも避けたい事態である)

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今日の一言「どぅいとゆあせるふ」「正解するカド面白き」

自サイト改修工事

 パソコンの調子もあいかわらずよくないため、USBデバイスが激しくピコピコ接続したり認識外になったり繰り返し始めたりして、BIOS:Basic Input Output Systemをいじったり、WINDOWSのデバイスマネージャーでドライバを削除したりと色々試している。

 そいで、土曜日は野暮な用事で殆ど着手できなかったが、今日は6時間ぐらいガリガリとプログラムを書いていた。要件まとめたり超簡易的な自分にだけ分かるような設計書を作ったり作業含む。

 日曜大工もそうだけど、専門外の人がなんか作ることをDIY:Do It Yourselfというようだ。
 何かつくるのって楽しいよね。
 しかし、プログラムのDIYは、棚とか椅子とか家の修繕工事とは違って、あんまり形に見えにくいから、すごーいとか女の子にもてたりはしなさそうだ(残念)。


 単純なミスでつまってしまって、時間をロスしてしまったが、SQLも何となく感覚で使えるようになってきた。まぁ仕事に役に立つかと言ったらまったく関係ない。関係ないから趣味なのである。

 趣味とは何か。趣味とは、余暇に主体的に行うことである。余暇とは、24時間から、睡眠や勉強や仕事など必要時間を差し引いた、可用時間のことである。

 仕事が趣味な人は、一日の過ごし方が、睡眠or仕事となる。本来効率が良いような感じもするが、しかし、消費活動がなければ経済は発展しない。では、消費活動が発展するには何が必要か。人口が多くなることである。しかし、日本では人口が減ってきている、そうすると、経済発展が望めない。しかし、世界規模では人口が増えている。海外市場はまだ望みがある。

株のこと

 先週株を始めた。初めて始めたときの感覚をメモしておきたかったけれども、あっという間に時間が過ぎてしまった。
 結果、4000円ぐらい利益が出た。
 何もしなくても、お金が生まれたということ。この感覚は、とても不思議である。

 お金がお金を生むということ。これは不思議な感覚である。

 考えてみれば、銀行にお金を預けていても、利子がつくのである。お金を預かってもらっているのに、プラスアルファでお金をもらえるなんて、素晴らしい! と思う人もいるかもしれない。しかしこれは考え方の誤りであり、銀行に、自分のお金を「貸している」のである。銀行に、貸しているのだ。国債を買う人は、国にお金を貸しているのだ。株をやっている人は、どっかの企業にお金を貸しているのだ。

 貸す、というのはリスクである。戻ってこないかもしれない。ので、大事なのは、「信用」である。国という制度が必要なのは、その「信用」の担保である。年配の人だと、電子マネーを不思議に思う人がいるかもしれない。お金と言ったら、給料袋に入った現ナマなのだと。しかし、そんな紙切れを何故ありがたいと思うのか。その紙切れを使えば、美味しいものを食べられたり、女の子からちやほやされたりできるという「信用」(安心)があるからである。
 であれば、「信用」を担保できるなら、むしろ現物である必要はない。……という発想から、ビットコインとか仮想通貨という概念も生まれたのだろう。
 で、現実と、お金の価値(信用)との乖離が大きくなることをなんというか?
 バブルである。
 基本は、生産と消費の関係がある。

正解するカドが面白い

 話は華麗に変わる。ある方が、「正解するカド」という作品が面白いと書かれていて、見てみることにしたナニコレ面白い。

 まず面白いのは、おっさんおばさんがメインキャラクターであることだ。レクリエイターもおっさんが出てくるが、メインは中学生? 高校生である。別に中高生が主人公でも悪くはないのだが、やっぱりちょっと考えるネタになりそうな、攻殻機動隊とかサイコパスとかもいいものである。正解するカドも面白いランキングインしそうだ。
 いや別に、ちょっと小難しい作品を面白いと思える俺ってカッコいいとか、そんな高二病? 大二病的なわけではないが、善人が悪人を斃す、というストーリーにちょっとばかり飽きているというのはあるだろう。(とはいえ、自分では、剣と魔法と竜と神と、王道コテコテの作品を書きたいと思っているのだが)

 面白いポイントその1。ネゴシエーター(哄笑人……もとい交渉人)という特殊な職業にスポットして、それをストーリーの軸にしていること。いや別に単なる官僚さんなのだが、数々の難しい折衝をこなしてきた敏腕が主人公であり、次なる交渉相手は、なんと宇宙外生命体であったと。これは冒頭かなり惹きつけられる。

 面白いポイントその2。「俺たちは神じゃあない。だから、何が正解かを、ずっと考え続けていくしかないんだ」という台詞。シンドーさん……、俺はちょっと感動したよ。いや分かってる、分かってた。俺もそう思ってた。答えなんて分からない。その都度、最善最良と思われるものを、考え続けていくしかないんだと。しかし最近、考えることに疲れてしまっていた。いやまぁ、生きる意味を徹底して考える、ってのは、もはやライフワークというか、逃げることも許されない前提みたいなもんだから、それはやらざるえないんだけど、特に仕事の上で疲れていた。あっちを立てればこっちが立たない、よかれと思ったことが叩かれるということが続いて、もうどっちでもいーんじゃねーか、俺はもう知らねーよ。って気にもなってきた。
 いや、駄目だな。win-winにならんでも、せめて、自分が判断した根拠ってのは、しっかりもっていきたい。失敗だろうが成功だろうが、どちらにせよ自分で決めていかねばならんだろう。

 面白いポイントその3。政府関係者とか前向き。マスコミも足を引っ張らない。何か、会議とか、政府とかって、事なかれ主義的に、足を引っ張り合うとか(見てないけど、シンゴジラってそんな感じだったと噂ぎく)、時間だけを浪費していくとかが多いんだけど、みんな協力して、宇宙外生命体への対応を前向きに検討し、答えを出そうとしてる。決断スピードを上げるために能力をある人を抜擢したり、現場で判断を任せたり、官民協力したりとか、何かいいね。アメリカとかの大統領が陣頭指揮とるような映画っぽい(それって褒めてるのか?)。

 面白いポイントその4。人は進歩できるのか? って問いがよい。皆がそう思っているかは分からないんだけど、……というか、最近公私他者と話をしていると、どうにも、僕の感じているもやもやしていることが、殆ど伝わりさえしないということが、哀しく感じている。
 それを、実存的空虚感とか、生きがいの喪失とか、閉塞感とか、まぁいろんな表現はあるのだろうけれども、世界が、ますます良くなっていくとか素晴らしくなっていくとか、そんな感覚を抱けない状態。
 もちろん、部分的幸福とか、豊かさってのはある。けれども、相も変わらず戦争やテロは起こって、医療介護の問題が山積みで、学校ではイジメがあって、会社では出世競争で、金融市場では貧者や格差が生まれと、あんまし希望がないイメージがある。
 そういった暗いイメージってのは、もう何十年も続いていて、例えばその解決方法として提唱されたのが、エヴァンゲリオンだと、人類補完計画である。ATフィールドという個々人の境界(絶対領域)があるから争いや疎外が生まれるんだから、そんなの全部とっぱらって、みんな一つになればいいんだよ! と。ハルマゲドン的解決、と僕は読んでいる(今決めた)。GUN×SWORDとか、フルメタルパニックとか、その辺が同様。
 それでもって、EDENもそうなんだけど、EDENの場合は、もういっそのこと●●しちゃおう(ネタバレをいまさら気にして伏せた)というものであり、僕はちょっとばかり、新しい希望をみた気がした。
 サイコパスは、集合的統合意識によるシステムの徹底によって、社会システムを構築しようとするもの。ふむふむ、面白かった。
 なんかそういった、世界に対して何らか言及するような作品が好き、というか必要としている。レクリエイターは、うーむ、確かに、アニメやゲームから出現したキャラクターが、世界の変質を望む、ということで、面白いことは面白いのだけれど、既存価値観(※)へのテーゼにもアンチテーゼにもなっていない点が惜しいところ。

 そいで、今回の正解するカドは、なんと、宇宙外生命体様が、無限エネルギーを提供してくれるってもんだからどうしたもんか! なるほどすべての戦争は、経済的貧困から起こるものであるといっても過言ではない。宗教戦争などなかった。掲げるべき大義は別として、幸せになりたいという人の欲望によって争いは起こる。
 何故欠乏が起こるのか。それは、世界の物資が、有限であるからだ。
 では、果たして、「無限」という概念があったときに、国家は、世界は、人は、人類は、どういった世界を創ることができるのか?

 ……といった問いかけする部分まで見た。その先どうなるか分からない。というか、そういったテーマなのかもわからない。けれども、先がみたい、知りたいと、強く思わせてくれる作品であった。


※既存価値観なんていう抽象表現で逃げようとしているのが、まったくせこい奴である。なんというか、まず「僕フィルター」がかかるのは、「空虚感」「閉塞感」を前提にしているか、という点である。その辺の共有性、共感性がないと、僕は本気で手放しで面白い! 感動した! ってのはならない気がする(※※)。
※※いやしかし、それはちょっと別次元だな。クレヨンしんちゃんの映画とか、ふつーに感動するが、それって「既存価値観云々」とは全く別次元な気がする。進撃の巨人も、別にそんな方面で面白いとか思っているわけじゃなさそうである。アラビアの夜の種族も普通に面白いのである。まぁなんというか、「面白い」にも「感動」にもいろいろ種類があるのであって、一概にそのどの感情が優位だとか低位だとか、嘘だとかホントだとか、そんなことはあんまし関係ないのである。
 ただ、しかしながら、アイアムアヒーローにがっかりしたのは、前者の「価値観」部分での期待が大きすぎたってのはある気がする。

ロボットが創る社会

 そいで、株のところで書いた、生産と消費の関係についてなんだけど、宇宙外生命体とか、神様の啓示やらが示される可能性はちょっと低い気がするけれども、実現するかもしれないってのは、生産のオートメーション化だよね。
 キノの旅という小説があるけれども、あれのどっかの巻に、労働がなくなった国の話がのっていた。衣食住の生産その他すべて、ロボット・機械がやってくれている国。すばらしいユートピアじゃないか! と思いきや、退屈した人々は危険な娯楽に興じて……とかだっけ、オチは完全に忘れてしまった。
 ただ、昨今の労働ってのは、見直されるべき段階であるようには思う。効率化する、成果をあげる。しかしだ、本当は、効率化したんだったら、ゆとりや休みが増えるのではなかろうか。違うのだ、拡大再生産である。効率化した業務によって生じた時間を、さらなる成果に結びつく業務にあてる。そしてさらにそれを効率化して……と繰り返す。
 いや違うのだ。仕事というのは、実は、僕らの脳神経細胞の本能である、知りたい・仲間になりたいという欲求によって、会社という組織が必要とされ、拡大していったものなのだ。人はもともと、誰かと協力して何かを成し遂げたいと思う生き物なのである。いやいや俺はデイトレードで金をもうけられたらいいんだ、会社なんて組織に加わるもんか! って人も、ひろーく、資本主義という組織(システム)に参加して、成果を出そうとしているのである。
 株なんて、あぶくぜにだ。やっぱり人は、労働によって金銭を得て生きるべきだ、という人も同様。地域ボランティアに参加する壮年期老年期の方々も同様。みんな何かに属して、何かを成し遂げたいのである。

 という、欲求が皆にあるという前提で。すべての活動に必要な生産が、ロボットによってなされるようになったとしたら、どんな世界になるだろう、というのを考えるのも面白いと思う。なるほど、ロボットをメンテナンスしたり、その部品をつくる仕事は残るじゃないか? というのはあるかもしれない。けれども、もっと推し進めれば、それらも、ロボット自身でできるようにもなるだろう。本当に完全に、生産の必要性がなくなった世界。
 人は、ただ消費をするだけの存在となる。
 退屈しだした人は、危険な遊びを考えるようになるかもしれない。ロボットが野菜も生産してくれるが、やっぱり自分で家庭菜園をやりたいと思う人が出てくるかもしれない。文芸・芸術は栄えるだろうか? それとも刺激がなくなったことで衰えるのだろうか。

 とかってことを考えていると、あっという間に休みがなくなってしまう。
 特に目新しくもなく、みんな考えているようなことだろうけれど、近況のメモということで走り書き。

(土日ともども、猛烈に眠くなって床で倒れるように寝てしまっていたのが数時間ある。非常にもったいない気はするが、あの獰猛な眠気はもはや如何ともし難い。そして、そんな寝方をすると、夢をみるのである。何かもう忘れてしまったが、仕事している夢とか、過去のうんたらの夢とかで、何とも気分が優れないものである南無)

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今日の一言「やっぱり楽しいこと探さなきゃ」「PCの不具合は契機か」

生きていくのに必要な能力

 ある精神科医さんの記事は、僕にとってタイムリーであった。
 こういう記事を書ける人は、やっぱり、非常にとっても貴重に思う。僕がこの方を知ったのは、この頃だったか。ちょうど一年前で、わんさかプライベートで揉めていた頃である。いやー早いもんですなー。

 僕はかなり頑固である。自分では柔軟性がある人間だ、とか思っているが、他者からの評価はよく言えば信念をもっているといわれ、悪く言えば頑固である、といわれる。
 しかし、僕にしてみれば、心外ではある。頑固なのではなく、僕をちゃんと納得させられるだけの価値観(や論理)を示してほしいだけである。
 もっぱら、ターニングポイントという言葉や「結節点」という言葉を主に使っていたが、最近、ある方からパラダイムシフトという言葉を教えて頂いた。直観的にインプットされた。素直に自分の瑕疵が認められた。心底、そういった提示ができる方を尊敬した。

 そんな尊敬できる方の一人が、上の精神科医さんのブログである。
 全部が全部の記事を万歳三唱して心服する信者ではないが(ワイン好きの方のようだが、僕はあまり好きではない)、それでも、その多くには共感を覚える。

 僕は、あんまり、心底尊敬できる人というのに、出会ってこなかった。いやもちろん、ある分野で優れる人や、先達先人には敬意をもっているし、エポケー状態でSUGEEEと思うことは数多い。けれども、前にこれも書いた気がするが、「価値観レベル」ですごい、と思うことがあんまりなかった。

 そういった、尊敬できる人を、いっぱいもてることは幸せなのだろうか? 尊敬できる人が少ないというのは、不幸なことなのだろうか?

どうでもいい疑問

 なのだろうか?(キリッ)
 とかやってしまったが、あんまり、興味のある疑問ではなかった。なんというか、「僕は、イケメンとして生まれて来た方が良かったのだろうか?」とか、そんな低次元の疑問に過ぎない気がする。

 そう。僕は、結構強固にもっている価値観として、「他者と比べても意味ないっしょや」というのがある。(そうなんだけど、ついつい比べてしまう、という現実問題は別として)
 だから、尊敬できる人が多かろうが少なかろうと、そもそも、多い少ないを何に比して考えるのかってこったである。

 なので、考えるべきは、「心底たのっしいぃぃぃ!(白目)」になるようなことである。


 ここ数週間、ずっと考えていたことではある。ただ、直近でよくないことが重なってきているため、余計、その必要性を強く思っているところである。

余談:PCがやはり起動しない。メモリの抜き差しを繰り返すも、今日は駄目だった。舌打ちをしながら、今度は、グラボを外して、オンボード接続にしたら起動した。なんだそりゃ。原因が余計不明である。いっちばん初めに試したときは駄目やったやーん。

そうだ物語を創ろう

 そして思った。
 やっぱり、一度、たった一度きりの人生なんだから、一つでもいい。誰にも評価されなくてもいい。短くてもいい……いや、ある程度の長さは欲しいが、とにかく、心の深淵から、可能であればパラダイムシフトやターニングポイントとなるような、心底面白いって思えるような作品を創ろうではないか、と、思った。

 プロ作家は、商業的に成功する必要がある。
 が、そんな必要はない。とにかく、妥協もせずに、本気でおもしれーって、すげえって、感動できるような、そんな作品を創ろう。

 それって、でも、自分でできるんだろうか。

 取り敢えず、自画自賛という言葉があるけれども、むちゃくちゃ面白いと自分で思える作品って、自分自身でつくることは論理的に可能なのだろうか?

 世の中の(僕にとっての)駄作たち(単に感性が合わないという意味でもある)。しかしそれは、それぞれの作者にとっては、最高傑作のそれなのだろうか?

 その作者の頭の中には、素晴らしい物語が流れているけれども、それを言語という媒体に落とし込む過程において、表現問題と他者との解釈問題によって、その珠玉の輝きが失われているだけなのだろうか?

 最近、非常に面白い作品を描ける方が、「自分で自分の作品が面白いか分からねえぇぇこれは笑えるのか? どうなんだ、ぁぁあああ」と仰っているのを見て、うーむ、確かに自分の作品の良し悪しってのは、自分で分かるのは難しいってのがある。なので、「面白いか分からないですが投稿してみました!」とかいう作者コメントは、「何? おめー作品なめてんのか?」と思う人もいるのだろうが、でも、気持ちは何となくわかる。

 問題はもう一つ。そもそも、作品に触れるタイミングの問題。やっぱり、現実環境ってのは重要だったりする。どんなに素晴らしい恋愛作品だったとしても、失恋直後だったら面白いと思えないこともあるかもしれない。
 あとは、作者自身の問題。作品自体は面白いけど、作者の人となりが好きじゃないと、何となく作品に入り込めなかったり。そういう意味では、クレヨンしんちゃんの臼井さんという作者さんは、「漫画家ってのは感動を売る仕事なので、顔出しはしない」というポリシーを貫いた方だったそうだ。ただ、WEB小説とかだと、読者からの感想への作者コメント自体が面白くて、何となく読者を手放さないとかいった場合もある。まぁ色々だ。

面白い物語とは

 漫画やアニメは、絵と、ストーリーが面白さを決める。
 小説は、表現と、ストーリーが面白さを決める。
(キャラクターとか、声優の演技とか、漢字の当て字とか、レトリックとか技法とかいろいろあるだろうが、やっぱりストーリーは大事だと思う)

 しかし、何だ、その心底面白い物語ってのは。


 ちょっと真面目に考えてみよう。恥ずかしいとかそんなの考えずに、正直に挙げてみよう。

 一発目で思いついたのは、Fateだった。(まぁ、面白さは順不同である。あと、連載中とか、完結していない作品は敢えて外そう)
 Fate/zeroも良かったけれど、stay night、こいつは本当に感動した。ヘタレな選択肢を選ぼうものなら挽肉にされるという鬼畜ストーリーというかゲーム性もさることながら、やっぱりシロウくんの「正義感」が心を打った。「正義」って言葉、あんまり好きじゃあないんだけどね、ああいう熱い在り方っていいなと思った。

 最近取り上げているEDEN~It's an endless world!~も面白かった。理由は省略。



 Gunslinger Girlもよかった。理由はこれも何となく書いた気がするから省略。


 映画で言えば、クレヨンしんちゃんの、戦国大合戦も面白かった。ストーリーの起伏、場面転換など、構成がほんとソツがないと思う。


 君が望む永遠。最終兵器彼女は何となくパラダイムシフト(?)のせいで面白く感じられなくなったけれども、君望の、主人公のヘタレっぷりというかウラヤマけしからんというか、あの鬱具合が何とも良い。メインキャラのエンディングは全部みたなぁ。


 小説だと、キャッチャーインザライ。村上春樹訳。これも、ある方から紹介してもらった作品。その方とは音信不通になってしまったが、そのころやってた僕のSNSの記事を読んで、なんか色々コメントくれたり、褒めてくれたりしてくださった。ほんといま思い出したけれども、その方にコメントもらったおかげで、まぁ、僕のこんな役に立たないとしか思えなかった記事も、ちょっとは書いてもいいんだなって、思わせてくれたような気がする。そのころ僕はまだ20代で、その方は30代ぐらいだったか。あぁ、今の僕は、あのときのあの方と同じぐらいの歳になったんだなぁ……。そんなこと思うと、なんかセンチメンタルである。って、面白い作品のことだったな。


 死に至る病とかも、物語として(とか書くと怒られるが)ふつーに面白いのだけれども、それは別か。

 あとは、そう、ヘルマンヘッセのシッダールタ。これは感想記事も書いた気がするけれども、読み終わってから、しばらく茫然自失するような作品って、あんまりないよね。


 無職転生。何を隠そう、小説系の自サイトを復興させようと思わせてくれたのはこの作品のおかげといって過言ではない(それだけではなかったけれど)。なんというか、こう、一人称の作品だが、主人公と一緒に旅しているような、成長していくような、そんな感覚を与えてくれる作品というのも出会えないものだろう。今でも思い出すけれど、本当の敵の正体にせまったときの、あの緊張感というか、まるでホラー映画でモンスターが突然現れるかのようなゾクッとする感覚とか、女の子の可愛さにデレデレするのとか、感情移入できるという点でとてもよかった(ので逆に主人公に共感できないと何が面白いか全然分からないだろう)。

WEBでも読める


 夜天を引き裂く。面白い小説ってのは、絶対感情移入できるものじゃないとだめだ、とかいう固定観念は完全崩壊、いやぁもうぶっ飛んだ主人公である。そしてその獰猛な主人公に平伏さない重厚なストーリーである。これも以前取り上げたことがあった気がするし、ストーリー等で書くべきことは書ききった気がするからもう書けないが、敢えてもう一つ書き足すとすれば、説明と表現(描写)は違うってことを実力を示されている作品にも思える。随所で、脳神経細胞に直接ぶちこんでくるような、鮮明な映像を浮かび上がらせてくれる。長いから、何分割かで読み切ろうと思っていたのは甘い考えで、よく覚えていないが、2分割か3分割ぐらいで一気に読んでしまったほどである。

 僕は勉強ができない。山田詠美の作品。ターニングポイントというほどではないが、それでも、「真面目に生きる」という生き方以外を知ったという意味では大きかったかもしれない。僕が、イケメンはイケメンとして価値がある、とか時折いってるのは、これも今思いついたが、この作品の影響が少なからずあるかもしれない。



 他にもなんかある気がするけれども、取り敢えずパッと思いつかないからここまでにしておこう。

色々調べてたら時間が過ぎる

 おぉ……もうこんな時間か。やっぱり、平日に何か活動的なことをしようというのは体力的精神的に厳しいのかもしれない、が、平日を上手く活用しないと、上手く時間を捻出できない。
 で、だーな、土日の予定もそこそこ入っていると、何だか気分も乗らないのかもしれない。

 あーしかし、そうだな、自分の中での傑作を創りたいという気持ちは強くなってきた。
 今書いている作品の完結も当然目指したいけれども、非公開前提でもいいから、本気の奴も書き始めたいな。「本気」というと、それ以外の奴が手抜きなのかというような表現になってしまうから修正すれば、本気で面白いと思える奴、ということなんだけど、……それって同じか。

 うーむしかし、面白いと言っても、種類もいろいろあるしなぁ。バトル的な熱い作品で面白いというのもあれば、郷愁的頽廃的な面白さというのもある。
 それら総合して面白いというのもあるだろう。
 王道的に快感的に面白いというのもあるだろう。

 非常にやっかいだ。そもそも、「こういう作品を描きたい」というのが先にあってから、通常はじゃあこんなエピソードかな、的に創っていくのが普通だろう。そもそも、スタートが、「面白い作品を創りたい」というのは、天地ひっくり返ってる考え方じゃあなかろうか。

 いやいややめろ、そうじゃあない。ブレーンストーミング大事。批判からはいっちゃいかん。
 取り敢えず、そんな創りたいという思いが生じたということを潰しちゃあいけない。それをどうやってふくらませるか、芽吹かせるか。


(眠くなってきた、強制終了。そして明日もPCの修理から必要になるのだろう)

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今日の一言「やりがいの搾取とかいうけれど」「たのしきゃいいよね」

バージョンアップ


>入力が終日なかった日は自動的に前日の文字数を転写する感じになったら便利じゃねえかな

 仰るとおりと思い、機能追加した。

創作進捗グラフ作成ツールVer.0.4(←DLはこちら)


 その程度指摘されなくても作れよ、的な感じでもある。
 ただ、「前日の文字数を転写」というのが、意外に悩んだ。前日転写っていっても、その前日が空白のこともある。結局マクロのループ処理でセルを一つずつ調べながら、入力日より前のセルにおいて、初めて空白が発生したセルの前日の文字数を順番に貼り付けていく仕様とした。

 あわせて、前月の末日を検索し、当月シートの前月の末日セル(C8)に転写する機能を追加した(これは関数により実装)。



 それにしても、度重なる仕様追加により、ご利用の方に、データ移行の負荷をおかけしている。申し訳ない限りです。この場でお詫びいたします。

 せめて、年次集計機能はデータ移行不要で実装できるよう検討しよう。

たのしい

 まぁしかし、こういったツール作ったり、現状のルーチン業務を効率化するプログラムを考えるのは好きである。
 そういった仕事ばかりであればいいんだけど、そうじゃないのも多いし、実際案を出しても文句ばっかり言われたりもするので辟易なところ。文句と要望の違いは難しいけれども、「こういうのがあったらいいなぁ」というのはいいのだけれども、「できて当然だろ」とかいわれると、何だか哀しくなる。まー仕事にそんな感情を持ち込むな、と言われそうだが、やりがいってのはあった方がいいと思う。

 しかし今度は、そのやりがいを搾取するような、労働基準法を無視するような働かせ方をするところがあったりと、そのバランスは非常に難しい。


 まーあれだよな、大工さんが趣味で日曜大工はやらないだろうし、プログラマーが趣味でプログラム書くことはないだろうし、小説家が趣味で小説書かないだろうし、ま、ほどほどやるのがよいってのもある。

 だから、本当に好きなことを仕事にするというのは、ある意味危険なことかもしれない。仕事になってしまうと、好きなことが、好きに思えなくなったりすると、その人の本当に好きなことが反転して無くなってしまうということだから。

 でもまー、そうだなぁ、「楽しいこと」してお金が得られて、衣食住が満たされて生活できるってのが、一般的に「幸せ」って奴なんだろうな。

 

趣味

 ある方が、「自分は、興味のあることを調べてまとめることに楽しいと感じる」と仰っていた。そういった自己分析ができるのはかっこいいなぁって思っていたが、そうだな、僕は、何か「つくる」ことが楽しいのかもしれない。

 そのつくるというのは、創るであったり、作るであったり。


 やっぱり、生きている以上は、何か「生産」したいよね。

 なんとなく、(そんな典型的な人など殆どいないだろうが)グルメだとか、ギャンブルだとか高級ブランド商品を購入するだとか、そういった消費がメインの生き方の人を、僕はどこかしら馬鹿にしている、軽蔑している気がする(そんなこと思ったこともなかったが)。

 コミュニケーションってのも、何らか生産的であるべきだなぁと思っていたこともあったけれども、これは、最近ある精神科医さんが、「空疎なコミュニケーションってのも非常に重要。それができない奴は上手く生きてけない」とか仰ってて、それもそうだなぁと思った。
 というか、この話になると、そもそも、「生産的」とは何か、というのがそもそも僕は疑問に思ってしまうが。生きる意味とか、そんな非生産的な代表のようなことをテーマにしたりしている僕が、生産的とか言葉を使うのは甚だお笑い草である。


 でもやっぱり、何だかつくりたいよね。


(ブログ書いているとイライラしてるのが落ち着く、とか書いたことが何度かあるけれども、それってつまり、有意味かどうか別として、記事を作り出しているという点が、僕の「欲動」を刺激しているからなのかもしれない。でもどうせつくるなら、やっぱり意味があるものがいいよなぁ)

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