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シロガネ⇔ストラグル
2019/07/24 19:40 | Comments(0) | 創作について
今日の一言「レビューのための下書きだ」

前書き

 みなさん、『シロガネ⇔ストラグル』という作品をご存じだろうか。
 オークやらエルフやらの異世界に、これまた全く異なる時空間で存在する異世界の英雄が、なんと3人も召喚される。そして、それぞれの世界における英雄たる力をメタ的に駆使し、エルフの王国を救うためにドッタンギッタンする作品だ。
 ご存じない方は、面白いから、すぐに読んだほうが良い。

 ここから読める


 しかし、手放しでお勧めできるかといったときに、もう少々、改善の余地があるのではないかと思うがゆえにこの記事を書き起こす。
 大作長編なことと、遅読過ぎて、いまだに最後まで読めていないため、ここで書くことが的を射ているかどうか分からない。そもそも、批評などというものに正解などないと思うが、そういう次元に至ることすらできていない(自分の感覚が定まっていない)ので、あくまでも下書きということにしたい。

前提として掴みはバッチリ

 上に書いた、なんともざっくりな説明のとおりであるが、何となく興味がそそられるだろう。
 しかし同時に思うはずだ。
「メタ、というが、複数の世界観を同時に一つの作品で取り扱って、整合性はとれるのか(世界観は崩壊しないか)」
 と。
 それは全く心配ない。
 5話ぐらいまで読めば、その作者の技量がすぐに分かると思う。その圧倒的筆力、表現力によって、これから始まるであろう壮大な物語を感じずにはいられないはずだ。

一話の構成が気になる

 しかし、気になった点がある。
 これは、作品自体というよりも、投稿するという媒体にゆえんする気がするため、書くべきか悩んでいた。

 しかし、悩んでも仕方がないし、そもそも、「激辛批評」という、もうそれは率直な、忌憚ない意見が必要である作品であれば、書くべきだろうと思った。

 前置きが長いが、要は、「一話」の構成についてである。


 そもそも、紙媒体の小説において、「1話」というのはあまり認識されないかもしれない。
 ただ、小説であっても「目次」はあるし、それにサブタイトル(小見出し)がついているケースは多いだろう。

 大体、ネットで投稿されている作品の1話は、諸説あるんだろうが、だいたい3000字ぐらいがちょうどよいとされる(要出典)

 だが、僕はそれほど文字数に拘る必要はないと思う。
 思うが、「1話」は、読者に「クリックさせる」ものであることを意識する必要がある。これは紙媒体と異なる点だと思う。(だから書くべきか悩んだ。悩んだけど、紙でも、「第1章終わり……」ってなったら、じゃあ明日また読もうかな、って思ったりしたりするから、無関係でもない気がする)


 回りくどい。
 要は言いたいのは、1話で、起承転結が完結してあるべきだ、ということだ。

 言うは易し。いや、ここで起承転結という表現が正しいか分からないので、少し説得力をもたせるために書籍(『工学的ストーリー創作入門』)を引用すれば、

 P.266にて、「カット・アンド・スラスト・テクニック」なるものが提示されている。
 ネーミングは正直、読み返すまで忘れていたが、「シーンか章の最終段落か、最後の一行で何か新しいこと、意外で魅力的な何かを提示して驚かせる。それがシーンの結論になるかどうかは場合によるが「どういう意味で、何が起きるか」に的が絞られると読者は続きを読まずにいられない」」とのことである。

 僕が書いている「1話」と、上の話がリンクするかどうかはもう一度よく考えてみる必要があるが、十分に「次に何が起きるか」を呼び起こさせられていない話があると思われる。

 通信装置か。間もなくここに敵Aがやってくる。
 だが、狙いは何だ? 玉座だと? そこに行ってどうするつもりだ?
 まぁ、いずれにせよ。
「……こちらの勝ち、であるな。」
「なに?」(敵B)
「時間をかけすぎである。本当に警戒すべきは小生ではないのだよ。」
 口角を釣り上げ、優美な笑みを見せる主人公C。
《なに……馬鹿な!》
 竜の細工より、敵Aの狼狽が伝わってきた。
「色は一つ。混じるものなし」話の、最後のシーンである。
 このシーンの前に、敵Bなる存在が、これまで優勢であった主人公Cに対して対抗策を講じ、主人公Cは、それに対して有効な手段を見いだせずにいる。要するにピンチに陥ったわけだ。
 それに対して、敵Bへの「こちらの勝ち、であるな」のセリフであって、さらに敵Aの狼狽でシーンが終わる。

 何が起きたのか、読者として気にならないわけはない。

 一方で、物語が進んでいるのか、何か変化があるのか、どういう意味なのかが、よく伝わってこない話もあるため、そのあたりを、他の話にまとめたり、カットしたり、別の個所に移動したり、工夫ができるのではないか、ということである。といったところで時間切れ。

後書き

(かっこ書きである。「もっと面白くなる気がする」と思う。だから、ちゃんと書きたいと思った。しかし、「時間をかければ満足のいくものができる」という思考は、人生という有限をもつ僕らにとって、有害でしかないのではないか。まぁそれはともかく、早く最後まで読めっちゅー話である。――補足、「絢爛道化芝居」まで読む。面白い)

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