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30代男が生きる意味を徹底して考えるブログ。

   
眠れない夜に書く今後のこと
今日の一言「台風」

 いろいろと、書きたいことはあったのだけれども、気づいたらあっという間に過ぎる。
 もう10月に入るのだ。
 今年も、もう3か月で終わる。いつも、例年を考えると、来年の目標を考えないとなぁと焦り始めて、結局年内に決まらずに、翌年の三月ぐらいまでに方向付けする感じである。

 そもそも、今年の目標って何だったのか。
 2017年の目標は覚えている。「整理」であった。2018年は、創作にもっと力を入れようと思っていたのだけれども、実生活に大きく変化があって(それはもちろん自分の選択であるのだけれど)、まったく想像と異なることになった。
 それは、悪い意味では、まったくなかったと思う。これまで経験したことがなかったこと経験できたし、感情的な面でも、安定的でいられたと思う。

 もちろん、それは良いことなのだけれども、僕は、これからも、やっぱり、この時間は大切にしたいと思う。
 それは、「書く」ということだ。

先日の目標:カクヨム更新

 振り返る。一つは、カクヨムに連載中の作品の更新である。といっても、このブログのリテイク? リメイク? リブート? 言葉はよく分からないが、編集作業であるといえる。あまり新たに書き足すことはない。が、逆に、とても大変であった。

 僕が、どれだけこのブログの場に甘えているのかが分かった。
 コメントなどくださる方々には改めて感謝を思った。

 誤字も、表現も非常に分かりづらい面が多々ある。
 ただ、なんかその、勢いというか、リアルタイム性というか、熱量は読み返してみると、ブログの方は感じた。編集してしまうと、その泥臭さというか臭気というか気持ちの強さとかそのあたりがなくなってしまう気がしたけれども、あっちの方は分かりやすさを追求しようと思う。といっても、元がこんなんだから、脈絡のなさを如何ともしがたい面はある。
 とはいえ、なんとか、複数記事の関連ポイントを探したりと、できる限りはしたつもりである。この、「やったつもり」という、言い訳がましい表現が嫌いである。はっきり言おう。時間ないなか、自分の最大限のパフォーマンスを発揮した、と。

 こう言い切ることが、僕は昔からできなかった。それが許されなかった環境だった気もする。
「頑張ること」「努力すること」というのは、子どもたちには、無限の可能性(かっこわらい)を開く大切なツールなのだから。

 でもそれって、精神衛生上よくないことだと今は思う。
 ただ、「自分」って境界線をよく分からない人が、勝手に線引きして、「俺はこんなもんだ」と思うのとは全く違うってのは書いておかなければならない。
 そうじゃなくて、「環境」「時間」「意志」など、全要素を含めて、これが今の限界だという感覚になるまで、力を発揮することが大事であるということだ。

先日の目標:サイト更新

 サイトの不具合更新は行った。自分でも使ってみて、しばらくたったけれども上手く機能していると思う。これは完了。
 サイトURL更新は、一応形上はやった。ただ、これだけでは完成ではない。
 リンク周りして、その報告をしたり、検索サーチの更新したりと、やることは多い。
 これは、リンク整理と並行して実施したいと思う。リンク切れのサイトさんや、何か交流がなくなってしまった(更新がもうされなそうな)サイトさんとかは、これを機に外さしてもらおうかと思う。
 リンク集ってもう時代じゃないのかもしれない。
 でも、僕は何か、サイト開設した当時の、お互いのホームページがあって、それぞれのリンクページに紹介など書きあって更新していった、あの時の感覚がなんか忘れられない。
 今は、個人の小説サイトとかあんまし流行ってないだろう。昔から投稿サイトはあったけど、今よりもっと個人のサイトも活発だったのだ。
 第一、「ホームページ」って言葉がもう使われないのが象徴していると思う。みんなWEBサイトっていうでしょ。
 今はもう、ベタ打ちでHTMLなんて打ったりする人は一般人ではいないんだろうなあ。

今後の思い

 それで、まぁ、ツイッターにでも呟くレベルなのかもしれないが、ここにメモしておこうと思う。

・サイトの読んだよボタンが自分自身もカウントされてしまう件

 これは、自分で投稿した作品と、ボタンを押した人が同じ人だと特定して、その場合はカウントから除外するという機能で実装しようと思う。どういった情報で特定可能かを調べるところから着手する(調べるって大仰だが、自分で作ったPGやDBでも少し経つと他人である)。

・感想別の作品ソート

 要するに、感想のついた順に作品を検索できる機能。その際に、感想希望のレベルも選択できるようにしたい。ふつーの作品検索の部分で、感想がゼロ件の作品を検索……とかはあるけれど、ちょっと使いづらいし見た目も分かりづらいため、これを機に改良したい。

・感想や批評の書き方についての随筆(エッセイ)

 前から頭の中では思っていたのだけれども、これを機にアウトプット。
 内容としてはこんな感じで連載しようかと思う。

・感想と批評・レビューの違い
・感想を書くのは難しくない
・作品を全部読んでからでないと書けないのか
・文章作法・誤字脱字の指摘はするべきか
・主観と客観について
・定型文を考える
・感謝の気持ちは忘れない
・良いところを見つけようとする
・良かった点から書くか、悪かった点から書くか
・評価の8つの軸
・絶対評価と相対評価
・作者の受け取り方は千差万別、ならば読者も然り
・5W1Hは普通に使える
・印象に残った場面を絞る
・感想が書かれやすい作品とは
・感想や批評は人のためならず

 逆に言えば、僕はこんな感じで感想などを書いているのだという、自己さらしでもある。ので、恥ずかしい面も多い。それに、そんなの当たり前だと思われるようなことが大半にも思う。
 ただ、そうはいっても、自分の言葉で体系的に書いておくというのは悪いことではないと思うし、本記事冒頭のとおり、「今の自分の最大限を発揮せよ」「敵は外ではない内にある」ということである(冒頭に書いてないことも書いてしまった)。

・自作品の進捗

 これが、先月中旬くらいのなかで、一番進捗がよくないだろう。
 だが、「くっそつまんねええ」と思っても、何らか書いておかないと、ゼロ、である。ゼロからは何も生まれない。だから、何かアクションはすべきだ。
 ……というのが、まぁ、このブログの、ゼロ秒思考、ゼロ秒アウトプット的なうんたらであるが、先日、カクヨム向けにまとめていたら、その文の多さに眩暈がした。よくまぁ、書いているものである。
 あんまり多すぎるのも困りものかとも思った。
 ただ……こればかりは、少ない文量では、「感情」がぜんっぜん伝わってこない、ってのはある。
 言いたいことは「疲れた」って一言だけなんだろうなぁって記事もある。けれども、ツイッターで「今日は疲れた」ってだけ呟いても、面白くないわけである。それが、現象学のエポケーについて触れられたりしていると、「あれ?」と、少しきっかけになるのである。

人は目的的に生きている

 変な時間に書いているので、変なことが頭に浮かぶのは仕方がなかろう。
 だが、僕は一つ、また今回も同じことであるけれど、最近同じようなことばかりいっているけれど、「書く」ということ、「書く」ことができる時間ってのが、ほんとに大切で、大事だなぁと思うのである。

 ああ、それで、ふと思ったのは、僕は、中学校ぐらいに、「人は楽しむために生きている」と思った。
 最近でも、その「楽しむ」という内実に変化はあれ、その方向性はあっているのかな、と思ったりもした。
 ただ、それは、「快楽を得るために人は存在する」というのとは、違うのではないかと。
 快楽はあくまでも結果であって、何かを為すということが目指されてこそ発生する付加価値的なものではないかと。

 そうすると、人は何のために生きているのだろうか。
 何か、目的のためではなかろうか。

 僕らは、「神」から、「自分」という制約を与えられた。その制約の中で何を為すのか、何を目指すのか。「意志」が不在であっても構わない。それでも、人は、何からの役割を為している。物語の冒頭に無残に殺されるサラリーマンであっても、物語にとって重要な意味があるように……まぁ殺されるのはまっぴらである。ただ、その殺されるってのも、若きウェルテルのように、愛に殺されるというのは、社会現象にまでなることもあるのである。

 我々は何者か。我々はどこからきたのか。我々はどこへ行くのか。
 いやそんな、「我々」のことはもうどうでもいい。私や貴方や僕や彼や彼女が、どうするのか。何を目指すのか、何を為すのか。

 モブキャラにはモブキャラの矜持をもって生きていかねばなるまい。


(かっこ書きである。なんか、後半、変になった。いやいつもか。ある、たまにこのブログに遊びに来てくれる友人が、「あんまリアルの人には知られない方がいいぞ」と言ってくれた。僕もまさにそう思う。やっぱり、僕は、変なんだろう。いや、それとも、物語を嗜む人はみんな変なのだろうか。ここで、「変ってなんぞ」議論はしても仕方がない気がする。人って、自分と異質なものを「変」って認識しがちだし。でも、なんかなぁ、こう、人と接しているときの、ふと生じる「生きづらさ感」ってのが、垣間見えることが昔からある。あー、そう、今思い出したが、最近だと、樹木希林さんがお亡くなりになった。で、その方の「不思議な」とか「変な」とか「偉大な」とか「すごい」エピソードがまぁ語られたり、記事になったりしたのを読んだりするのだけれど、そんなに「変」とか全然思わないのである。……というようなことを書くと、お前何傲慢チキかましてんだ表出ろコラ、と言われる怖い。けれども、ある程度クローズ的なこの偏狭な辺境なブログの、さらにテキトーなかっこ書きの中だ、許して頂きたい。そう、最近どうしてそんな「生きづらさ」的な奴をまた感じたのかなと思ったけれど、多分それだろう(他もありそうだが)。いやもちろん、すごいなぁとは思うのだけれど、そんな、他にはそんな大人があんまりいないのかもしれないということに、少し愕然するのである。僕の大人に対するイメージって、そんなもんだった。けど、そうじゃない人もたくさんいるってのが、まぁその、何十年も生きていると分かってくるのであって、まぁ逆にそのことが、「変」な僕にとっては、変な安心になったことは確かであるが。……何を書きたいのだろう、俺は、あまり、眠くないが、そろそろキリがないし終わるか。まぁその、変とか、普通とか書いたけれども、何の気なしに、先日の自分のブログを読み返していたら、やっぱり似たようなことは書いてあった。「そもそも普通の人はブログを書かない」「さらに創作しようという奴は輪をかけて変態」(過去改変。そこまでは書いていなかった)と、脈絡なくいつも通り終わる)

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