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30代男が生きる意味を徹底して考えるブログ。

   
「リア充って簡単に言うな!」というのが良かった
今日の一言「ビールを飲みながら書くとどうなるのか」


近況

 ルーチンが早速とん挫したようなグラフになっているが、他の連載中の作品を書き進めているので、ゼロではない。
 どうも、気が散りやすいのか、一つの作品だけ集中して手掛けるというのは、あまり効率的ではない気がする(精神的に)。でも、「書くなら、締め切りをもうけなければ絶対ダメ」とかいう先人たちのお言葉も見聞きする。そりゃそうなんだけど、気分が乗らないときにWORD開いても、何分立っても真っ白、ってこともあるのだから、それよりかは、複数作品をもぐらたたき的に少しずつ進めていくのも悪くない気がする……とか言えるのは、ある程度完成品を量産させてからだな。
 全部中途半端で投げ出してしまえば、いっくら、1時間向き合って0文字! ってことが続いても、その向き合う空白の時間がいずれ芽吹いて、一気に完成に到達するかもしれないのだ。

 とかって話は、まぁ、気持ちの慰みにはなるかもしれないが、早い話、そんなグダグダいってないでイイから書けよ、と。以上それだけの話である、哀しいかな。

暴力は減ってきているのか

 暴力の人類史、上巻を読み始める。ううむ、面白い。
 サピエンス全史も実は下巻の後半を読み切っていないが、これはセットで読むとより理解が深まって、頭の中が混線スパークして素晴らしいカオスになるかもしれない。

 ギリシャ神話、ヘブライ聖書、騎士道物語、そして現代のアメコミ・CM的なところまで、どんな「物語」が求められてきたのか、という整理された表現は非常に興味深かった。
 とにかく分厚い本である。それでいて、文字が大きくスペースが多いかというとそうではない。図表はあったりするけれどずっしりしている。それを作者も分かっていて、「この本は、分厚いんだけど、人類の歴史の中で暴力は徐々に減ってきているのだよと、誰もが「この作者くるってるのか?」と思うようなことを誰にでも納得してもらえるよう説明をこらしたら、こんなに長くなった。だが反省はしていない」とか言っちゃっている。そこにしびれる惹かれる。

 例えば、キリスト教の聖書では、やけに残酷なシーン、拷問とか、そもそも神様やけに怒りっぽかったりするし、なんででしょうと。それは、罪を背負った人類が、聖者と呼ばれるひとが数時間の苦しみを得ることで、死後永遠に救われるのだから、それが逆に救済なのだと。だから、できるだけ苦しく、惨たらしい残虐な刑罰とかシーンが描かれる必要があったのだと。

 これは単に一例に過ぎないけれども、丁寧に、過去に、どういった物語が登場し、求められて、人々を熱狂させていたのかということが触れられている。

 まだ第一章を読み終えたばかりで、途方もなく高い山の麓にもたどり着いていない状態だが、徐々に読み進めていきたい。

死んだ方がよい人間はいるのか

 そして別の本の話。これも、結構前から読み始めている、ある精神科医の話だけれども、「役に立たない人間は死んだ方がいい」というのは、成り立つのか? というお話。

 これに対して、3つの否定が可能であるという。

1.役に立たないという定義が不可能である。例えば不治の病に侵された人でも、新しい病気の発見や治療に役立つ可能性がある。

2.不治の病であっても、それが絶対に治らないというわけではない。

3.価値のない人間、例えば重度の精神病患者であっても、家族から愛されている場合がある。例えば、皆様のお祖母さんが、縁側でうつらうつらしていて、それは何ら生産性がないかもしれないが、皆さんのお祖母さんであるという価値がある。代替不可能で、愛されているのである。


 うーーーん、なんか、たぶん、僕の読解力不足のせいだろうが、実感レベルで納得できなかった。

 そりゃ、そうかもしれない。愛されている人は、「役に立つ」ことがなくても、それだけで唯一性一回性、生きる意味があるのだろうと思う。

 逆に、「愛されていない人」というのは、少ないのかもしれない。基本、親は子を愛するものだ。子は親を大切に思うものだ。――だがそれは所詮は、「基本」に過ぎない。基本すら成り立っているか、僕は、残念ながら微妙に思う。

 いや、分かるのだ。確かに、「愛されている」ならば、生きる意味はあるのだ。死んではならないのだ。

 では、「愛されていない人」は、死んでもいいということだろうか?

 まぁ、そうかもしれん。誰からも嫌われて、人に迷惑ばかりかけて、生産性のあることなど一つもしないような人がいたら、その人は「いらない人」ということになるだろう。

 しかし、その、「いる・いらない」というのを、一体、だれが、どのように判断できるというのか?
 僕は、そっちの方向で何とか反論の糸口を模索したい。

 結論は、僕は何度も書いているが、世界平和を求めている。ので、「誰も、死んでいい人なんていないんだ!」と叫びたい。でも、僕の理性くんは、殺したいほど憎い人って存在はあるよね? と問いかけても来る。難しい、非常に難しい問題だ。

 こういう問題は、結論を出さずに、「なぁなぁ」としておくのが一番賢いやり方だったりする。
 声高らかに、「犯罪者にも五分の魂!」的なことを言うと、轟々と非難されるのだ。怖い。

絶対間違いのない完璧な生き方

 そんなこんなで、大人さんたちは、人生の大切な問題を考えることを辞めるようになっていく。いやそれが正しいので当たり前なのだ。
 何せ、人生で大切なことは、「よりよく生きる」ことなのだから。

 楽しく、充実して、幸せに人生をまっとうすること、それが人間に課せられた使命なのだから。


 ――ほんとにそう?

 と僕は思っている。残念ながら。
 多分、大人な人たちは、とっくの昔に、自分の生きる意味ってのを見つけて(それは無自覚にだったかもしれないが)、人生という長い道のりを走っているのだろう。

 僕もとりあえず、人生という道のりを歩いてはいるけれども、頭の中では違うことを考えている。

 まぁ、ほんと、いつまでこんなこと続けるつもりなのか、というのを、自分自身に問うたびに、戦慄する。いやーまじやべっすなぁ~って。(全然真剣じゃなさそうだ!)

 なんか、ふと思うのは、「あーよく生きてきたなぁ」という感覚。お風呂場でシャワー浴びてたりすると、「あー生きててよかったなぁ」とかも思ったりする。
 なんか、物語のエピローグ的な感覚である。

 仕事で「ありがとうございます」と感謝されたり、後輩さんから頼られたり、友達とワイワイ遊んだり、愛機で旅に出たり、独りお酒を飲んだりと、楽しく充実している、と書くと、リア充乙といわれるのだろうか?
 そういう意味で、先日、「ゲーマーズ」という作品で、中学時代はがり勉オタクと呼ばれてた男の子が高校デビューを果たしてかわいい彼女もGETしてイケメン化するんだけど、その子に対してパッとしない主人公が、「君みたいなリア充に分かるわけないだろ!」みたいなことを言って、「ふざけんな! リア充なんて言葉で片づけるんじゃねぇ! 俺が今の生活を得たのは俺の努力の結果だ!」って怒るシーンが面白かった。それ以外はあんまり面白くなかった――けど、物語のけつまつ的には気になるから、ダイジェストで最後まで見たいきもする。
 取りあえず、いっつも簡単だから「リア充」という言葉使っててさーせん、と思った(かっこわらい)。

 まぁ昨今、学校とか電車の中とか、会社の中でまで、ゲームとか漫画とかの話題が出ても、別にふつーになった時代において、リア充とオタクという境界はもはや関係ないのかもしれないと思っている。
 外国籍をもっていようが、バイセクシャルであろうが、そこら辺の偏見ってのは、あんまりもうなくなってきてんじゃないのかな。俺は昔からそういうのに疎いというか、興味がなかったけれども、そういう感性の人は少しずつは増えている気がする。というのは、都市部に住んでいるからそう思うだけかもしれない。この都市と地方という区分も、意外と根強かったりするから、無視して書いているとしっぺ返しを食らう。だから、人文系の論文って面白みがないそっけないものになっちゃうのかもね。書きたいことを書くと反論の種になっちゃうから。

長いな

 やっぱり長くなったな。
 俺は一体、この文章群をだれに向けて書いているのだろう。

 最近、よく分からなくなってきた。

 いやー、そう、よくわからなくなってくるのは昔からで、その都度、「ブログに書く理由」みたいな記事を書いて、自己肯定してきたわけだけど、ほんと、「誰かの役に立っている」ということがないと、正直……。

 ま、どっかで、結論を出す必要はある。

 結論を出さないまま、ズルズルやっていって、突如、こと切れる、というのもあるかもしれない。それはそれで、俺は正直だめだとは思っていない。大半の人の人生がそんな感じかもなと思ったりもする傲慢にも。

 うーん、……昨今の悩みを、ごく端的に書くと、「物語」ということになる。
 短すぎてわからないな。

 例えば、すげー人生を送ってきた人がいたとして、まぁそれが事実だとすれば、素直に「すごいなぁ」と思うわけである。
 そこで、「俺もこの人みたいになりたい!」と思うのか、「ほへーすごいなぁ」と思って終わりなのかにもよるけれども、「それはそれ」みたいに思ってしまうのがよくないところ。

 いやぁ、だって、すごい人といったら、ゴウタマさんとか、キリストさんとかすごいじゃないですか。でも、自分がそんな聖人君子になれるとは思えないじゃないですか。
 そしたときに、「自分なりに精いっぱいの」人生、ってやつを目指そうと思うわけじゃないですか。
 そういう意味だと、ある意味、僕は過去に比すると、相当に完成された人生(生活)に到達したわけですよ、はい。


 いや、すごいう傲岸不遜無知蒙昧なことを書いているのは分かる。
「はいはい、そう自分で思わなけりゃやってられないほど惨めってことだね。プギャー」
 と言われるだろう。まぁそれはそうだろう。
 しかしっだ、自分の能力値(ルックス・家柄・財力・身長・筋力・頭の良さ・EQ・その他もろもろすべて総合)を考えたら、よくやってる方だと思うよ。


 でもだ。だからそれが何だ? って感じもある。

「いやいや、おめーさぁ、もっと大変な人だっているんだから、そんな調子のったこといってんじゃねーよ」
 というのも分かる。悪いことが重なって、いまの生活が続けられない状況……例えば内紛が起こったりとか天変地異とか起こったら、そりゃあ、こんなのほほんとしたことは言ってられないだろう。

 でもだ。そういう他者とか他環境とかと比較して発奮させるやり方は、モチベーターとして駄作である。
 色々苦しくて自殺しようとしている人に対して、「もっと大変な人がいるんだから、自殺なんて考えちゃダメ! もっと頑張ろうよ!」って言う? 普通?

 いやいや、おめー、そんな極端な状態じゃあないんだから、やっぱりもっと頑張れよ……となって、ここら辺の話も、これまたきりがない。
 この「きりのなさ」「他者との分かり合えなさ」というのを表現した作品が、18世紀のゲーテさんという方の「若きウェルテルの悩み」という小説である。ウェルテルくんと、彼が愛するロッテしゃんの恋人のアルベルトさんとのやり取りでそんな場面がある(いや例えは全然違うんだけど)。

 そうすってーと、俺が思ってる、感じている問題・悩みってのも、もはや18世紀に表現されたようなもので、古臭くてカビが生えてるようなものかもしれない。そもそも、「青春小説」とか言われるらしい。30代で青春の悩みって(かっこ嘲笑)。

作品を完結させること

 まぁ、なんというか、創作ルーチンは中々手ごわいのである。

 しかし、こんなに大変だなぁと思ったことは、今までなかった気がする。それってのは、「何か表現したいこと」「自己のクライシスへの対応」という直結した問題があったからかもしれない。
 いやー、本当は、そういった自己の切り売り的な作品は、そうとう人格ができて人とか、面白い特殊な人生を送ってきた人じゃあないと、面白い作品にはなりえないのである。凡人が面白い作品を描くとしたら、「エンターテイメント性」というのを追求しなければならない。それはそれで大変だが、努力・研究すればある程度身に着けられるものではある。

 けれども、やっぱり、こう、「面白い物語を創りたい」という思いだけだと、足りない気がする(その、足りないというのは、誰でもあてはまるということではなく、自分にとって)。
 その、面白い物語を創りたいというのは、嘘偽りではないけれども、その「面白い」という意味が、自己に対して明らかにすべき問題に関わること、直結するようなことである必要がある気がする。

 続く……かもしれない。


(話題があっちゃらこっちゃら飛びすぎる。もう少し、同じテーマやら話題やらで、複数回記事を重ねるってのもやってみてもいいかもしれない。ただ、そのテーマが、その書ける実際の時間帯において、それほど重要かどうか、というのがその時々で変わってくるから困るんだよな。あー、来週の土日で空いた時間帯に、この記事のまとめ&続きを書くことにしようか)

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