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30代男が生きる意味を徹底して考えるブログ。

   
にほんブログ村とパソコン復活と喪失感

パソコンの修理完了

突然クラッシュして動かなくなったパソコンが、戻ってきた。
原因は、windowsOSの破損とのことで、再インストールしたら直ったとのこと。
SSDのストレージ破損ではないか、と思ったが、そちらの交換は行われなかったようだ。が、データはすべて初期化されていた。当然、バックアップはとっていたものの、それでも、お気に入りとか、ホームページを作成するためにインストールしたソフトウェアとか、音楽再生ソフトとか、バックアップとるほどではないが取りためたメモとか、もろもろ、全部消えてしまった。

SSDは、半導体素子を用いたストレージ機器であり、従来のHDDと違い、ディスクの検索時間(シーク時間)がなく高速であることや、静穏性に優れていることがメリットとしてある。
が、書き込みのたびに素子が劣化していく、とのこと。大丈夫かな……。今まで以上に、バックアップは念入りにしたほうがいい気がする。怖いなぁ。最初は、WINDOWSの起動の速さ(スマートホンの電源のように一瞬で立ち上がる。もちろん、その後のウイルスソフトの起動とかは仕方がないにせよ、アプリケーションを立ち上げるまでは1分かからない)に感動したものの、やっぱり安定性が一番と思う。こんなことなら、黙ってHDDにしておけばよかったような気もしないでもない、と後悔しても仕方がない。

にほんブログ村への登録

http://philosophy.blogmura.com/thought/ranking.html
ひっそりと、整理を続けていく、と書いてすぐさま、「にほんブログ村」という検索サイト(ランキングサイト)へ登録した。というのは、

禅者の世界観
http://zensha.exblog.jp/

こちらのブログが面白いと思ったからだ。
この方が、にほんブログ村に参加されていて、コミュニティとか繋がれたり、トラックバック記事を書けたりするのか、と期待したのだ。

先日取り上げた、

週刊コラムニスト
http://blog.syu-kora.jp/
(僕は、虫瞰のブログさんと呼んでいる)

も、にほんブログ村に参加されているから、いいな、と前から思っていたのもある。行動は一瞬だが、思い付きでやったわけでもないのだ。


ところが、確かに、お気に入り登録とかはできたけれども、それが相手に通知はされないみたいだし、トラックバックも、決まったテーマでしか行えないようだ。ちょっとコミュニティ機能としては残念だった。

ただ、面白いサイト・ブログを探すのに良さそうだとは思う。

これからの方針

お盆休み、夏休みもおしまいだ。昨日感じた、黄昏のセンチメンタル、今はあまりない。

思ったより、体調は悪くなかった。


で、まぁ、なんか、「よいこと書こう」と思うと、やっぱり、よくない、いつも通りにいく。そう、あれだ、検索サイトとか登録すると、「よいこと書こう症候群」が発症するから、危険だと自制していたのだった。こう、何か、誰かを喜ばせようとしようとする感覚が先行する。これは、僕の性格上のことだと思う、物理環境(現実世界)においても、同様に思ってしまう。

ただ、先行研究だーっと、ほかの楽しそうなブログとか探していると、やっぱりすぐに見つかるのは、「ガチ宗教」とか、スピリチュアルとか、チャクラとか波動とかセッションとか開運だとか宇宙真理だとか、そういう系統のものだ。

「思想」というカテゴリになると、やっぱり、そういうものになるんだなぁ、とある意味、感動的な体験ができた、とか、そんな俯瞰してんで悦にはいってる場合じゃない。



スピリチュアル系を否定する気はないし、宗教もまた然り。が、問題は、そこからも「こぼれおちた」場合にどうしたらいいんだ、ってことだ。

オウム真理教と取り上げるまでもなく、ある組織化された集団に参画する(コミットする)ことによる所属欲求、承認欲求というのは、かけがえもなく大切である。

バモイドオキ神に傾倒したサカキバラセイトを挙げるまでもなく、個人神を信奉できることもまた、幸せなことである(ああ、もちろん、犯罪を助長するとか、犯罪者を肯定するとか、そんな意味では全くありえないのだけれども、きっと、こういうことを書いておかないと、危険人物と判断理解されるのだろう……し、こうやって書いたところで結局、分からない人には分からないのだ。この「わからなさ」とは、バカの壁と、養老さんが言ったりしているが、じゃあ僕がえらいのか頭がいいのかという問題もまた全く次元が違うのであって、ここら辺の前提の厳密性がいかに大変かということ、このことが、物理環境(現実世界)における対人関係に、ある程度の「諦め」が必要であるということの証左である。)。

僕が、今後、というよりも、今までも問題視し、書いてきたことは、集団への参画も、個人における信念(個人神やその他悟りなど、個人的なコミット)への参画も失敗した場合における、実存的な対応のことである。

自分の問題は比較によって明らかになる

昨日、「喪失感」が、僕が求めているもので、課題化しなければいけなかったり、表現しなければいけないと思っているものである、と表現した。
この感覚、これの表現が、他の人の書物や、ブログなんかを読んでいると、その「差異」に気づくのである。

こういうわけで、やっぱり、インプットの重要性は、変わらないということは、信じていいと思われる。
体調が悪くて、頭が痛かったり、やる気が起きなかったり、疲れていたり、肩こりしていたり、虫刺されがかゆくて集中できなかったり、その他身体の不調がある時以外に、思考が止まってしまっているのであれば、それは、インプット不足である。

または、アウトプット不足である。

インプットとアウトプットは、表裏一体ではないだろうか。優れた作品に触れると、それに自己を同化させて、気持ちよくなれる。
この気持ちよさはとても重要なのだけれども、ただ、その気持ちよさは時限的であり、すぐにその快感はなくなるのだ。
としたときに、そこで、その気持ちよさをちょっと待ったをかけて、インプットとして、もしくは、アウトプットとして表現してみる。その時に零れ落ちたもの、それを掬い取って、再表現する必要があるのではないか。


今日、眠い目をこすりながら無造作に手に取った、遠藤浩輝さんのEDENという漫画の6巻か7巻、の中身ではなくて、カバーの折り目に書かれたコラムだ。コラム、というか、ほんと、殴り書きのようなものなんだけど、これが結構面白い。漫画はともかく、これだけでも読んで欲しいと思ったりするぐらい。

と、思ったら、11巻にはそのあとがきがない、ということに触れられているブログを発見。

遠藤浩輝『EDEN』

http://ashinagakujira.blog.fc2.com/blog-entry-286.html

とかやっていたら、また普通に読み始めてしまった。やってしまったなぁ……。


ああ、ただ、そこで書かれていたことの一つで、「感情の切り売り」みたいなこと。

引用の功罪

ところで、誰かの記事を引用するということは、危険もある。
ある人の本で~みたいな表現をすることは、中途半端であるけれども、そもそも書くのが楽という理由が大半だけれども、それだけではなくて、「フィルタ」「先入観」がなくていいと思う。

例えば、社会学者の宮台さんの書籍からの引用をすることはあるけれども、宮台さんを心底嫌っている人からすると、それだけで僕の書くことすべてが批判の対象になるだろう。

こういった、先入観的な行為、感情が、僕はとっても嫌いなのだけれども、僕がどう思うかはともかく、その傾向は誰にでもあるものだから、よく言われるように、政治・宗教・野球(もしくはお金とか)の話は初対面の人とはするべきではない、ということになる。

損だからだ。
どうせ、という表現をするとマイナス表現風だが、ともかく、どうせ他者との理解は完全には成りえない(ネタバレになるし何度も使い古した表現だが、エヴァンゲリオンの人類補完計画とか、アイアムアヒーローのZQNとか、先ほど挙げたEDENのディスクロージャーウィルスとか、攻殻機動隊の電脳(外部記憶)とかは、人々のスタンドアローン(孤独)を一体化・統一化しようとするテーマである)。
今思い出したけれども、上のカッコ書き内のテーマを言えば、GUN×SWORDの、かぎづめの男の目指した世界もまた、そうだったかもしれない。


エンターテイメントの世界においても、僕が表現できることについては、もはや表現されてしまっている……という点においてもまた、僕のなんとなくの哀しい虚しさ、昔オンラインゲーム症候群と表現したような、そんな感覚を呼び起こすのだけれども……。

ただ、EDENの作者の遠藤さんが言うように、良いものはたくさんあっても良いのだ(原文ママ、では全然ない、きっとそんな意味のようなことを書かれていた気がするだけ)と、思うことにしよう。

で、まぁ、良いものなのか、というのはとてもまた疑問だけれども。話がそれているな。

なんだっけ? となって、そのとき、小見出しをつけておくと、そこを読めばだいたい記憶が戻るから、この書き方をするようにしたのは、よかったな。

そう、引用の功罪だ。確かに、批判される可能性も高まるが、逆に、その作品なり書籍なりを好きな人は、理解可能性が高まるし深まる可能性がある意味で、有効といえる。


ただし、あんまり、一般的でなかったりする作品等を持ち出しすぎると、それはそれで、読み手を混乱させる。……ということを書いている意味は、僕のブログにおいて、引用の多寡を調整しようというのではなく、単に、ほかの人の文章などを読んでいて思ったことのメモである。

確かに、研究論文は、これまでの研究の積み重ねをもとに、新しい価値を生み出すのだから、先行研究はとても大切。だが、「思考」においては、どこから引用したかどうか、というのは、あまり重要ではない。もちろん、その「きっかけ」「結節点」がはっきりしていたほうが、記憶の呼び起こしや整理に有効であることは間違いないだろうが、その点に力を注ぐ必要はないと思う。

こういった、思考の経緯、プロセス、流れを表現すること、これが一つ重要に思えるのだ。

答えがあるものは必要ではない

スピリチュアルを否定するわけではない。が、何か、「教え」を求めているわけではないということだ。
牧師的な救いを求めているわけではないというわけだ。

なので、「○○の光を知ることで、心身が浄化されポジティブな人生を送れるようになるのです」とか、そういった表現が、とてもイライラする原因となるのである。

霊的なものがあるとかないとか、宇宙人がいるとかいないとか、そういうことではない。
今まさに自分が思考という状態にあるときに、無遠慮な無作法な踏み込みである。今日の夕食を何にしようか考えているときに、量子力学の話をするようなものだ。いや、今その話をする気がない、ということだ。

……うーん、なんだか、つまらないたとえというか、幼稚なたとえというか。
ちょっと書いていて失敗したなぁと思う。なんだろう、しかし、こうした失敗した感が発生するときに、「新しい発見」があったりする。

おそらく、この、上に書いた「イライラ」というのは、僕の書いていることは、それらとは違うのだという、「優越感」か、もしくは「差別意識」か、何かではなかろうか。



なぁに、心配しなくても、そうしたスピリチュアル的なものの集団の中で幸せを見つけることができる人は多いだろうし、逆に、お前(自分)がそこに入り込めないだろうという孤独感によっての排斥であるという表現だって可能なのだから、ほんとに、この部分(つまるところ、何か否定することによって自己を保とうとするような方策)は、失敗に向かうだけであろうということだ。

とはいいつつも、このあたりもまた、一度は、書いておかなければ、どこか穴ができた思考にしかならないだろう。

「比較思考」とか、何度も表現していることもあるが、それらも、違う表現になりえるのであれば、それはもう、何度でも表現するべきであるのだ。
テクニカルターム(専門用語)にしてしまうと、次のステップに進めるだろうが、やっぱり、すべての事柄において、基礎は大事だ。実存における思考においても同様だ。

安易に、比較思考だとか、理想自己だとか、表現をやめてしまわずに、できる限りその都度、そのときの感覚を大事にして書いていくべきだと思う。
まぁそんなことをいつもしているから、なかなか前に進まないのだ。けれども、徹底するなら、それは重要なことだと思う。

喪失感

で、そう、喪失感。何か、僕は、求めているものがあるのだろうか、ということ。
あと、15分ぐらいしか時間がない。

よし、仮に、その「足りないもの」を喪失感と表現したとき、さて、僕は何を埋めるべきなのか。欲求。自己実現欲求? 承認欲求? 所属欲求? 安全欲求? 生理的欲求?やっぱり、社会的価値があることを成し遂げたいと思っているんだろうか。そうだとしたとき、これは、かなり困難が待ち受けるため、半端な覚悟では崩壊する。それとも、承認欲求で満足なのか? これはこれで、何をもって成し遂げるのか、というのが一つ重大な問題でもある。仕事、とりあえず頑張ろうとか、そんな次元で満足しようとしているが、僕の本心、理想的自己が、もっと大きなことを成し遂げたいと思っている……?

先日の記事。
これにつなげる言葉、表現を考えてみる。

おぉ……何も浮かばない。どうしよう。やっぱり、喪失感という表現は、何かズレているのだろうか。

いやはや、こういうときは、甘えている。思考の、深刻性が足りない。
ある意味、安定的な状態であるということだ。

もっとこう、焦燥感というような、心配性というような、苦しみとか、悩みとか、恐怖とか、そういうものが足りていない。あれ、それって、とてもよいことなんじゃないだろうか。


うん、だめだ、かなり混乱した状態になっている。こういうときは、お風呂だ……。


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