忍者ブログ

30代男が生きる意味を徹底して考えるブログ。

   
今日の一言「語彙力があるのは良いことだが」「知識人ぽく振舞うのは何かいや」


横文字について

 パスティーシュ:作風を真似ること
 エピゴーネン:模倣作品。原作に比して劣っている場合が多い。
 オマージュ:発展作品。原作に比して優れている場合が多い。
 パロディ:二次創作的なみたいな。

 正確に、言葉の違いを理解したうえで、専門用語(テクニカルターム)や横文字を使うのは、まったく構わないと思う。
 しかし、なんかかっこいいとか、偉そうだとか、頭よさそうに見えるという感覚で、そういった文章を書くというのは、後々読んだときに頭を抱える可能性がある。俗にいう黒歴史だ。

 いやあえて、字義は同じもしくは似ていても、その「字面」がかっこいいから使う、というのは、表現の世界においてはアリだと思う。
 こう、頭に浮かぶイメージってのは、厳密な辞書的な意味とは異なる場合だってあるだろう。
 ただ、自分を大きく見せたいとか、何やら「すごいこと書いてる風」に見せたいだけで、「この作品はパスティーシュにもなっていない駄作ですね」とか書いてるのは、如何かと思った。いやその、そういった言葉をさも当たり前に使うようなコミュニティ内だったらいいけど、アマゾンレビュー的な場所で……ねぇ……。

 まぁ、単に僕が「パスティーシュ」という言葉を知らなかったので調べてみましたと、そういう話である。そんなの、常識だろうと思う方もいるだろうし、「へーそうだったんだ」という方もいると思う。僕がここで書きたかったのは、その事例が云々ではなく、その「適度な言葉遣い」の選び方とは、難しいものだなという感想である。

 例えば、僕はブログではいつも、中学生でも分かるレベルを基本にして(時に無視をして)いる。ただ、僕がそう思っても、やっぱり理解ができないような表現や、下地、概念、考え方、感情、知識、積み上げ、まぁいろいろあるんだろうなぁと思うわけである。

創作ルーチン

 はっきり言おう、これ、大変である。
 いやぁ、そもそも、音楽でもなんでも、創作というのは体力も精神力も必要となる重労働である。
 確かに、スポーツは明確に、見た目的に、体力的に息が切れるから、分かりやすく重労働だ。
 しかしそれとは違った意味で、創作は重労働だなぁと、今更ながら感じている。
 メインは、精神的に、ということになるが、それをルーチンとするとなると、時間確保とか種々調整だとか、体力要素も必要になってくるのである。

 それで、そこに費やす時間が9割がた楽しければよいのだが、いやぁ思ったよりつらいのである。

いつまで続けるか

 そういや、ルーチンをするのに明確な目標を決めていなかった。
 まぁ、習慣化すれば、明確な目標などなくても、言い方は悪いが、惰性で続けられるようになったりする。しかし、特に最初のうちは、いくつかのチェックポイントをもうけていた方がいい。

 今日とか、免除規定に該当しない、21時前に家に帰りつき、23時前までは特にフリーだったというのに、気づいたらぼーっと時間を過ごしてしまった。危ない危ない。そして、眠気も襲ってきたから、危うく早速ルーチン失敗になるところだった。

 面倒だし、面白くもないけれども、ほぼ習慣と化しているこのブログを用いて、その創作ルーチンに関しての話題を繰り返し持ち上げることで、初期の失敗を避けるようにしていきたい。

灰と青春

 いや、そもそも、ぼーっとしていたわけじゃあなかった。ペルソナ4を2話ぐらい見進めた。
 そして、下のこれが、時間が消えた理由だった。



 隣り合わせの灰と青春。ウィザードリィというゲームのノベライズ。このウィザードリィって、確か、ある精神科医さんのブログで取り上げられてたやつじゃあないかなぁ確か。

 で、まぁ、これを、今週ぐらいから少しずつ読んでいたのだけれども、一気に読み終わったしまった。kindle、これは良いものかもしれない。どこでもなんか手軽に読める。

 面白かったな~。なんだろ、ライトノベルってジャンルなんだろうか? キンドル版に挿絵は一つもなかったけど、なんだか、ゲームとかアニメとか、そんな雰囲気が文字媒体から伝わってきた。

 良いんだけど、もうちょっと、ヒロインのかわいさを表現できていたらよかったかなぁ。なんか、エピローグの余韻があんまりなかった。
 結局黒幕的なのもそのまま放置的な感じだし、なんだか大円談、って感じはしなかった。
(でも、とりあえずラシャが生き返ってくれてよかった!)

ペルソナ4

 そいで、ペルソナ4なんだけど、これ、小学生の女の子の過去が明らかになるパートと、文化祭でミスコンとかやっちゃうパートなんだけど、いやぁこれも面白かった。

 女の子のパートの話は、なんか、泣けた。なんかその、――家族っていいよね(?)。

 文化祭のパートの話は、なんか、笑った。なんかその、――青春っていいよね(?)。

 あー、これが俗にいう、小並感(こなみかん・しょうなみかん):小学生並みの感想、ってやつなんだな。

 なんか、掘り下げて書こうと思うとなんかかける気もするけれども、吊革広告で見た「徒然チルドレン」的な奴が、ニコニコ動画チャンネルで最新話無料で見れたのでちょっと見てみたら、ややー、これもなんかくすりと笑えた。――青春っていいよね(2回目)。


(そして時間切れと睡魔により唐突に終わる)

拍手[1回]

PR

今日の一言「なんかつらい」「物語に入り込めていない」
※某ツールをDLして使ってくださった方へ。移行ツールの動作確認のご報告ありがとうございます。ちゃんと動くか心配だったので、よかったです。

書く



 今日の進捗。
 いやー、きついな。何だろう、こう、とってもこっても、書くのがつらい。

 2016年の9月ぐらいに書いた作品は、あれは何だか構想が浮かんで、一週間ぐらいで書きあがった。ま、見れば、文字数は1万字に到達していないから、一日1500字程度でよいということか。

 しかし、なんか、中編から長編にしようと思うと、この、途方のなさが気持ちを揺さぶる。――これ、ほんと書ききれるのか?

 非常に荒いプロットは作った。A3の白紙の紙に、マインドマップみたいにして、登場人物・敵・集団・組織の関係性を、実線や点線の矢印で結んでいく。そして、それぞれの場面、物語で明らかになっていく順番などを整理する。――うんうん、これなら、じぶんでもちょっと面白いと思える物語になるだろう、と。

 しかしだ、それぞれの話の軸となるエピソードが全然決まっていない。
 登場人物の設定もあまい。敵……一般モンスター的な奴には、鋼鉄城カバネリに出てくる屍(カバネ)みたいなのをイメージしているが、その能力や外見のイメージがかたまっていない。

 地理は?
 時代設定は?
 武器や道具は?
 社会思想は?
 風俗は?
 テクノロジー・技術は?

 足りない。全然足りない。

古い雑記が出土する

 高校ぐらいかな、友人と作品のプロット(設定)などのやりとりしたメモ帳みたいなのが見つかる。
 読んでみる……うーん、なるほど、これよかは、今のほうがいいものを作れそうだ。だが、じゃあ、すぐさまそれと同じ文量を書けるか、というと、つらい。

 逆に、いい表現だったり、面白い展開じゃないと、書いていて楽しくなさ過ぎて、つらい。面白くない。

 でも、だ。一発で面白い描写ができるなんて、思わない方がいい。これまでも、僕は一度書いてから、時間をおいて読み直して、「あー、ここはこうしようか」「この場面はもう少しこっちに配置するか」「表現を足さないとわからないな」とか推敲を重ねていくのである。

 確かに、音楽のアーティストは、ライブなんかやって、その一体感によって観客を魅了する。
 でも、一発のレコーディングで上手いのがとれるか、というと、そうではない場合だってあるだろう。何回か音合わせして、繰り返し練習して、よい作品ができあがることだってあるのではないか。


 で、まぁ、その、「設定」に尽力しているのが伺える。
 しかし、「設定」をつくれるのと、小説を書けるのとは違うと思う。――と、思ってきたが、やっぱり、「設定」も大事だと思った。特にファンタジーをつくるなら。
 というわけで、『空想世界構築教典』を読み出す……うーん、おもしろいな、これで半日ぐらいつぶせるだろう……ってそうじゃない!

漫然と本を読むのは如何か

 男は本なんて読まないんだぜ。本なんて読む奴なんてオタクじゃん?

 みたいに言う人もいるらしい。なんかニュースでやってた。嘘だろう、とそういう記事は話半分にしか読んでいないのだが、まぁそういう人もいるのかもしれない。
 どっかの経営者・社長は、「本なんて、所詮他人の経験でしょう? それより、自分の経験を語れる人のほうが、信頼感あるよね」みたいなことを言っていた。

 僕は本を読むのは全然苦じゃあないが、しかし、ただ読むというのが果たしてよいことか。

 この、「本の読み方」的なのも、探せばいーっぱい出てくる。
 多読がよいとか、問題意識をもって読まないとだめだとか、その逆だとか。

 まぁ、そんなん、言いたいように言わせておけばいい。どれが自分にしっくりくる言葉なのか、方法なのか、なんて、そんなのやってみて、感じてみて、自分で決めればいいことなのだ。

 他人のアドバイスはありがたいが、結局、決めるのは自分だ。


 という前提において、僕は、「創作する」という目的・目標においては、やっぱり、漫然とただ読んでも身につかないと思う。

 やっぱり、「表現したいこと」というのがあったうえで、それに向かっていくために必要な方法を、本や他者のアドバイスへ求めるのはいいと思う。けれども、最初から答えを求めようとしてもダメだと思う。

自己啓発的~ウケル~(嘲笑)

 あー、上の書いたことは、誰かへの啓発なんかじゃあない。ただ、自分が「そう思いたい」ってだけだ。

 そうでも書いておかないと、流されやすい自分は、ブレる。

 そうやってブレてぶれてここまでやってきて、それはホント失敗だったと思う。


 ――後悔は何も生まない。ただ反省のみをすべし。


 と思ってきたが、後悔するべきは、もっと、自分の「思い」というのを、他者とか、社会とかの「あるべき論」「不安を煽り立てるような奴」から、自由であるべきだったことだと思う。

 結局、着飾って生きても、何もならん。――いや、これだって、単に一時的な、その場限りの、条件付きの、たまたまの、気まぐれな回答の一つに過ぎない。「着飾って生きる」ことだって、何ら悪いことではないかもしれない。

 

ということを書くのをやめよう

 ってお前よう! ここまでで、だいたい2000字だぞ?
 今日のルーチンってかノルマってか、目標分を超えてるぞ?
 お前は、どうして、このノリで作品を書けないんだよ!

 もう少し、生産的でありたい……。


(作品を公開しようという思いが強いからいけないのかもしれない。もっと、書きたいように、好きなように書ければもしかして……。例えば、視点のブレとか、描写・表現の時代や設定との乖離問題――例えば、「獰猛なトラのように襲い掛かった」的な表現があったとして、その時代やその地域に、またはその世界に「トラ」というのは果たしてどれほど認知度がある存在なのか――とかを無意識に考えてしまうから、筆が止まってしまうのかもしれない。もっと単純に、重複した言葉を使うと読みづらいとかかっこ悪いとか……。そういうのは一切無視して、まずは物語の軸として、表現ではないんだけど、でもプロット以上のもの、的なのをつくるのは、……ありかな? 長編とか難なくかけてる現代ファンタジーとかロボットものとかを得意とする某からくりサーカスに出てくるヒロインと同じ名前の某お方や、奇抜なアイディアや登場人物を描かせたら右に出る者はいない旧約聖書に出てくるソロモン72柱の第一位の悪魔と同じ名前の某お方は、どうしたらそんなに書けるんだろう。なんかこう、楽しくいっぱいたくさん面白いのを書けるようなそんなアドバイス求むッ!(そんな魔法はない! 頑張れよ!))

拍手[1回]


今日の一言「データ移行ツールの方が時間かかった」

月間集計機能追加

 創作進捗グラフ作成ツールだけれど、今回、各月の累計文字数を集計して、月間グラフを作成できる機能を追加した。

DLはこちら→創作進捗グラフ作成ツールver.1.0




 メニューの赤いボタンを押すと、



 こんな感じの入力フォームが出てきて、集計したいシートの年月(YYYYMM)の開始と終了を入れると、上の画像のフォームの後ろにあるようなグラフが作成される。ちなみに文字数累計なので、基本減ることはないと思うので、右肩上がりの棒グラフになると思う。

 一応、当初目指してた機能は実装できたので、ヴァージョンを1.0として、メジャーデビューさせた。

データ移行ツール

 そして今回は、既に使用してくださっている方が1名いるため、データ移行ツールも開発した。
 そして、今回の機能実装よりも、格段に時間を要したのがこっちだった(笑)。しかし、ファイル操作について理解が深まってよかったと思う。「こっちの命令はファイル名指定だったり、こっちはフルパスじゃないといけなかったり」とか、複雑で直感ではお手上げだった。それでも、ググればいろんな情報があって、ほんと便利だなぁと思う。それでも、ある程度命令の構文を覚えておかないと、応用もできなきゃ、そもそも作るのに時間がかかりすぎて駄目だ。……とはいえ、マクロ・VBAは、どうにも構文とかオブジェクト・メソッド・プロパティとかそれ自体が長すぎて、とても覚えられる気がしない。VBA辞典とか手元に置いてやるもんなのかなぁ。まぁ優良なサイトが多いから、ネット環境が使える状態で開発するなら、それで十分かもしれないが。


↑こんなんあると便利だなぁと思いつつ、やっぱり辞典と名の付くものは高いなぁ。

セミナー的な

 ちなみに、VBAの講座とか調べてみると、やっぱり4~5万円ぐらいかかるらしい。
 そしたら、まぁ、個人で使う範囲の設計実装はできるようになったから、「お金が浮いた」的に考えてもよいかもしれない。マクロは適当に使っていたけれど、VBAを使い始めたのはここ半年ぐらいである。
 やっぱり、変数、配列、条件分岐、ループ、オブジェクトといった、プログラムの基本的なことが分かってると、新しく他の言語を学ぶ時も入りやすいというのはあるのだなぁ。まぁ、英語がわかっているとドイツ語とかもできちゃう、というのは、やっぱりにわかに信じられんが(だって、外国語は文法がいくらわかってても、単語がわからなきゃどうしようもないことって多いと思うんだ)。

 で、まぁ、パソコンだけど。昔は、ワープロで文字を打てるだけで「すごい」と言われていた時代があって、エクセルで表計算ができると「ものすごい業務改善だ!」と言われていた時代があって、パワポ使えると「よし、今度のプレゼンは君に任せた!」と言われていた時代があって――あったのか?
 ただ、格段に、一般人ができることが増えてきていると思う。

 その代わりに、失ったものというのはあるんだろうか?
 この疑問は、牧歌的な、就業中に休憩したりとか、仕事が午前で終わったら午後はみんなでバレーしたりとか、そんなバブル時代を思い浮かべるというものではない
 個人的なスキル的な意味である。つまり、パソコンを使える人が増えたことによって、昔の人ができたことが、できなくなっているようなことってあるのだろうか?

 もし、「ない」としたら、昔の人よりも、今の人の方が優れているということになる。(もちろんこれは、個々多様性を無視して、一般的な人全般というものを考えている。化学で出てきた、理想気体みたいな奴)

 その考えで行けば、古代、中世、近代、現代と、人は、脳神経細胞の容量は増やさずに、能力を高めていったのだ、ということになる。それってすごいことじゃあなかろうか。
 まぁ確かに、平均寿命的なやつを考えてみると、人生における可用時間自体が増えているともいえるだろう。そりゃあ、電気がなかった時代は、夜に読書なんてできやしなかったわけだし、あ、いや、そもそも本がなかったか。

 そう考えれば、僕らはとても恵まれているってことになるわけだが、果たして、両手離して喜んでいていいのかな、とも思う。

 VBA使えても、「じゃあ今度はアクセスも使ってRDBMS作って!」とか、果てしなく要求されていくんだろうか。そしたらある程度、自分の能力に蓋をするというか、あんまり何でもできるとか、やったりとかしない方がいい気もしてくる。でもそれって、本当は矛盾なんだと思うんだよなぁ。思うんだけど、でも、実力の120%で頑張るよりも、70%ぐらいで、ながーくゆるーくやっていくというのが、本当は最も効率がよいんじゃないかとも思うわけだ。

 で、今度は、その「ながーく」という終わりを、どこに置くか? ということである。最近、再雇用とか生涯現役とか言われたり、確かに、70代でも働いている人が増えてきているだろう(たぶん。増えてはないのかもしれない。でも、結構役員とか、長老的な人はみかける)。

 でもまぁ、昨日とか書いているのは、「何でもかんでも社畜乙とかいうのはおかしい」ということであって、プラスして、「何でもかんでも老害退け」というのもどうなのか、と思うわけである。
 頭も冴えて能力もある人が、ある年齢になったら近所のマンションの清掃集会に参加したり、町内会の出し物の準備に精を出すしかなくなるってのも、それまたもったいないのではなかろうか。
 世の中、働きたくない人だってたくさんいるんだから、働きたい人がその分働いてくれるのは悪いことではなかろう。まぁ、働かない人には賃金は支払われないから、結局だれもかれもが働かないといけないわけだが。

勤労の義務

 二大義務とは、勤労と納税であり、納税はまぁともかくとして、勤労という概念は、昨今実態とあっているのだろうか、とふと疑問。
 この、勤労ってのが、「汗水流して働く」というイメージであって、それがゆえに、「仕事は楽しい」というイメージが持ちにくくなっているのではあるまいか。僕は正直、社会人になるのが億劫でならなかった。とはいえ、学生という状態も、本来日本の大学生はとてもモラトリアムで楽しいと言われるが、別にそれほど執着するほどでもなかった。ので、現在も、未来も、ましてや過去も、どうでもよかった(というのが、過去記事なんか読んでいるとくみとれる)。

 もっとこう、大人たちが、「大人って楽しいんだぜ」とか、「働くことって気持ちいいんだぜ」とかって、若い人や子供たちに、――それは決して欺瞞ではなく――みせていくことが必要なんじゃなかろうか。

 ブラック企業とか、過労死とか、そんな低レベルなことは当然唾棄すべきだが、それ以上に、「あー学生のときが一番楽しかったよ~」「中高生はいいね~夏休みがあって」とか、そんなことも言ってんじゃねぇよと。

 体たらくな大人ども! もっと人生って、生きることって楽しくて喜ばしいことだって、もっとしっかり見せやがれってんだ!!


 ――ま、僕もすでに、大人と呼ばれる立場の人間になってしまったわけだけど。

創作について

 と、まずいまずい、また話がそれた。
 そんな、仕事とか勤労とかそんなんどうでもいいんだ。創作だ!

 ということで、ある方に影響され、僕も上記ツールを活用し、毎日グラフをアップしていくことにしよう。ということで始めた。(ちなみに新しい奴。その他のも順次グラフ作成する。公開するかは未定)
 目標は、毎日書く。そう、例え1文字でもだ! ……いや、それはさすがにあかんやろう。最低限、一文とする。それなら、たとえ、

 ――爆散。

 とかでもありだ。……いや、それぐらいならもう少しいけるんじゃないか?
 ……いやいやとか思っちゃうのはダメなパターンだ。毎日、ってのをなめてはいけない。これは特に、習慣づくまでは、完璧厳格に守り抜いていく必要があるのだ。

 




 免除規定は……そうだな、平日は、21時以内に帰宅し、23時までに特段の予定が無い場合以外とする。特段の予定とは例えば、自サイトで故障が発生し対応が必要になったとか、家に知人が来たとか。
 それと、基本作業はこのデスクトップPCからにしよう。そういえば、先日内蔵カードリーダを断線させたら、それ以降、かなり機嫌がよくなった。買った当初の、あの素早くて頼りがいのあるPCさんに戻ってくれた。よかった……あのときの僕の行動や気持ちは、無駄じゃあなかったんだね……。と、そうそう。作業はデスクトップに限るということで、泊りとか家に帰れないときも免除とする。
 休日も同様とする。

 これぐらいでよいだろう。あとは、この新たなルーチンを、自分の意識に刷り込んでいく必要がある。何度も何度も。それをしなければ、気持ち悪いと思うまで……。


(ほんと、気乗りしないときは全く書けなかったりする。それが、ブログとかだと、確かに最初は嫌だなと思いながらも書いていると、だんだんといろいろ書けるようになってくるのだ。創作についても是非そうなりたいものだ)




拍手[1回]


季節が……あってない……(涙)。
以下連載。


【12月28日】

 今日は仕事納めであった。目まぐるしい一年だった。できるだけ、何も考えないように、仕事に打ち込んでいた。何かしているときは、変なことを考えなくてすむからよい。

「おかえりなさいませ、ジュン様」

 玄関のドアを開けると、ハルンがとたとたと出迎えてくれる。何も言わずカバンを差し出すと、受け取って、所定の位置に置いてくれる。

「ただいま」

 リビングに入る。コートを脱ぎ、スーツを脱ぎ、手渡すと、順番にハンガーにかけてくれる。部屋着のスウェットはリビングの目のつくところに置いてある。

 パソコン用の椅子に座り、ため息をつく。あっという間の一年だった。色々あった気がするが、取りあえず、今は何も浮かばない。

「何か、お飲み物を用意しましょうか?」
 クローゼットの整理を終えたハルンが、僕の座る横に立って声をかけてきた。
「ああ、そうしてくれ」
「では、ウイスキーの……ロックでよろしいでしょうか?」
「ああ」
 ウイスキー、と言ってからの若干の間は、恐らく、これまでの僕の傾向や、今の時間帯、僕の表情や体調の様子を確認し、現在家の中にあるより適切な飲み物から、より適切な飲み方を導き出したのだろう。
 正解率が、恐ろしく高い。
 あまりにも言い当てられるため、逆に、言われてから変えてみようかとも思ったが、そうしたデータも蓄積されてしまうことを考えると、素直によいと思ったものは、よいと言っておくべきだろう。ロボット相手にいじわるするというのもバカバカしいことだ。

【続く】

拍手[1回]


今日の一言「のせられてみるのも悪くない」「公開とか公言するってのは諸刃の剣」

例外とか但し書きとかばかりの世の中じゃ

 先日、「仕事も楽しむべきだ」的なことを書いた。もちろん、「誰しもそうではあるまい」という但し書きも書いたけれども、でも、それに対しては異議がある人が多いのではないか。
 例えば、奴隷制における仕事に楽しみを見出せというのは残酷な刑罰のようなものだ。古代ギリシアではない現代においても、薄給長時間労働パワハラセクハラに苦しむ人は少なくなかろう(少ないの?)。

 でも、ただ生きるために働くというのは、その生存がその人にとって根本命題でなければ、人生の大半をそれに費やすというのは、何とも苦しいものだろう。「仕事を苦にして自殺」というのが現実発生するということであれば、「生きる」ということそれ自体が、生存欲求の最後の砦とは成りえないことは疑いえないだろう。
 それゆえに、「仕事は楽しくなければならない」と、やや誇張して書いたのである。

 それともう一つ、仕事という形態を、「労働者」という観点で考える必要もないと思っている。
 例えば、アーリーリタイアを目指す人のブログなんか読んでいると、「早く会社辞めたい!」と思って、「いろいろ努力」しているのである。それは、投資の勉強だったり、ブログでアフィリエイト貼ってみたり、固定費がかからないよう田舎へ引っ越してみたり。

 僕は、それらもまた、「仕事」と思っている。
 ドイツ語で「職業」は、ベルーフ(Beruf)であるが、これは、「天職」という意味も含まれる……って、学校で習ったことはなかろうか。働くってのは、神から与えられた使命なのだと。……っていうのがプロテスタントたちが強く思って、頑張って働くうちに資本主義の基盤がつくられたって話。
 一生懸命、自分の使命と思ってやるのが、仕事なのだと。生活のため、お金のためと思ってやる活動は、本来の仕事ではないのではないか、と。

 僕は、理想的には、仕事とプライベートとの境界をなくしてしまってもいいのではないかと思っている。これはすぐさま、社畜乙とか、際限なき労働になってしまうとか批判は多々あるだろう。――あくまで、理想的な話。ホワイトカラーエグゼンプション? とかも、正直怪しい臭いがぷんぷんする。
 少し考えてみれば、「好きなこと」なんて、楽な方に偏って、きつくて、汚くて、危険な仕事なんて、誰も「楽しんで」やるはずがなかろう。でも例えば、そういった人が嫌がる仕事が、機械が、ロボットがやってくれるようになったら、本来人がやりたかった仕事ができるようになるのではなかろうか。

 今がそんな理想的な時代なんかじゃあないことは分かっているから、こんな主張はトイレの落書きレベルである。ただ、たとえ公言はできなくても、本来的には、もしくは極個人的な思いとして、「仕事は楽しくあるべきだ」ということを心にとどめていてもいいのではないかと思うわけである。

アンチクリスト

 奴隷の話が出たから、少し書けば、「キリスト教は奴隷道徳だ」といったのはニーチェさんだったか。
 卑近ないつもの例を出せば、「美人とブス、どっちがいい?」という問いが明確である。美人は心が冷たいとか、そんな比較はおかしいのだ。美人で性格がよいほうが良いに決まっている。だが、大多数のブスは(えっと、誇張して書いているんだからね? わかるよね?)、一握りの美人に対して、法界悋気(嫉妬)をもってして、美人は悪魔だと指をさし虐げようとするのである。
 例が悪かったな。まぁ、なんつーか、強いものに敗れて、支配されたら「弱者」なんだけど、「いや! 俺たちは弱者なんかじゃない。善人なのだ! 善い魂をもった者が虐げられるのが世界の――いや神の試練なのだ!」と、嫉妬心と復讐心を高めて自己を慰めるのである。

 弱きものが美しい? 魂の平等?

 ――くそくらえだ。敗北主義者の世迷い事など聞くに値せん!

 強くあれ!
 楽しくあれ!
 快楽へ身をゆだねよ!

 世界はかくも素晴らしいものにも関わらず、キリスト教の奴隷道徳(ルサンチマン)により、世界の真実は捻じ曲げられてしまったのだ!!

努力の否定

 ……別にキリスト教に恨みがあるわけでもないし、先日聖書の雑誌を配布に来た信者の方を無碍にもしないし、どっちかというと俺、弱者の方だし(笑)。

 でも、僕が最近、「成長や何か目標の達成のために努力し、を捨て去るなど間違っている」と書いたり言ったりしているのは、上のような考え方がもとになっている部分もある。

 このことを書くと、すぐさま書いておかなければいけないのは、退廃的だったり、堕落したりすることを推奨しているのではないということだ。

 目標を立て、ストイックに頑張ることを否定するわけではない。むしろ、それは素晴らしいし、大いに推奨すべきものだ。
 否定したかったり、駄目なのは、「今が苦しくても、きっと頑張ればいつか報われる」的な奴である。「今」が苦しい時点で、もうそりゃダメなのである。

 この話を書くとき、すぐさま書いておかなければならないのは、選択の余地なく這い上がらなければならない時や、状況下に置かれている人もいるだろうということだ。災害や人災に襲われたとき、「今が苦しいなんて思っちゃダメなんだ!」とか、そんなの馬鹿げている。非常事態は別だ。ただ無心に、目の前の脅威を排除することに全力になる必要がある場合だってあるだろう。


 この話になるとき、「日本は幸福な国だ」的な話。あれは、ある意味で間違いなかろう。「非常事態が少ない」といった点では、そうだろう。道端を歩いていてモンスターに襲われたり、飢餓で今日の食べ物がないなんてことは稀である。
 ただ、「他者との比較は無意味」と繰り返し述べているように、いつまでも「食糧不足」で困っている人たちと比べて、「日本に生まれただけで幸せだから〇〇すべきだ」とか言うのは、アホの所業であるということだ。今まさに苦しんでいて、自殺しようとしている若者に対して、「もっと苦しんでる人なんて、いっぱいいるんだよ。幸せなことだってあるんだし、まだ若いんだから死ぬなんてもったいないよ!」なんて、何ら解決になるまい。もちろん、そのまま死なせてやるのが正しいとか言ってるわけじゃない。だが、「他の苦しんでいる人」の存在が、今まさに苦しんでいる当人にとって、なんの福音になろうか。むしろ絶望への手助けにしか思えない。

 軽薄なポジティブを吐く連中は信用しないことだ。

おめーはいつも長いんじゃ

 ううむ。
 そんなに長いことかくつもりではないのに、書き始めると長くなってしまう。

 小見出しで書いたけど、言いたいことや書きたいことは、シンプルといえばシンプルだが、その読んだときや、条件、読んだ人の状況、相手などを想像すると、「ただし」「例外」とかがどんどん必要になっていく。

 世界も実はシンプルなのである。

 人は何故生きるのか? ――命あるから生きるのだ。
 お前の望みはなんだ? ――世界平和と幸福だ。

 以上だ!
 シンプルだッ!

 美しいもの汚いもの。幸福と不幸。良いものと悪いもの。
 すべての相対概念において、それらは「プラス」の方向のものが全て良いものなのだ。

 善なる存在を否定する者など「いない」。

 しかし、だ。
 上の、かっこつきの「いない」とは、「一般的に」善とか正義とかされているものに対して、同様の価値観を抱けない人や社会や国はあるということだ。

 しかしそれらは、すべて「正義」である。
(いやいや、自己の利益を追求する政治資金を横領するやつとか、人を殺して金品奪う強盗も正義といえるのか? とかいう批判もあるだろう。しかし、そんな非常事態のことなど僕は考えなどしない。そんなの、同じ「人」カテゴリに入れて考えても仕方がなかろう。――いや、ただし、国が貧しいときに犯罪は増えるように、どんなときも「善なる人間」を想定して考えることにも無理はあるだろう。しかし、「ダメなもんはダメ!」と理屈抜きで規定することも必要なときは必要だ。――という観点を巧みに利用して、「気持ち悪い二次元作品は有害だ」とか表現の自由を規制しようとする奴らもいるから難しい。――とこのように、但し書きや例外はどんどん膨れていく。法律の文章がやけに読みにくいのは、このせいだ。確かに、古い法律はそもそも読みづらかったりするが、比較的新しい法律や、改正が繰り返されているやつとかは、割かし初見でも理解できたりするものである。しかし、いろんな人や状況があるせいで、「この場合はこう」「あの場合はあのように」みたいにどんどん膨れていくのである。だからだ、「気の合う友人」ってのは大事だったりする。何故かというと、言葉や、ボディランゲージとか非言語要素を用いようとも、決して100%理解しあうなんて不可能だからだ。気の合うってのは、ある根源または価値観部分の全部または一部が共有できていることを示す。これが一致していると、一見趣味嗜好が違うように思えても、意外とうまくやってけるものだ。逆にこれが一致していないと……って注釈なげーよ!)

 えー。長い注釈が入りましたが、つまり、世界はシンプルなのですが、いろんな「正義」があって、ぶつかり合うので、「このケースはこう」「ああしたらこうする」みたいな条件が積み重なっていって、複雑さが増していくわけですな。

 哲学が混迷しちゃった(流行らなくなった)のは、本当は、だれしもみんな興味があるテーマばっかりだったはずなのに、その回答があまりにも複雑になっちゃったからなんだと思う。


 で、俺のブログが流行らないのも、やたら長いからだろうな!! まぁ、この点直す気はあんまりない! ていうか、治らねーよ! 不治の病だよ! 助けてくれよ!

本題の創作について

 そもそも書こうとしたことに、ここから入るのだけど、ちょっと、またブラウザ(スレイプニール)が重くなって、まともに書けなくなってきたので、いったんここで切って再起動する。

(次の記事は明日の17時投稿としよう。そういや、連載作品もまだだなぁ。そっちは明日の12時投稿にしよう)

拍手[1回]


  
プロフィール
HN:
遠藤
性別:
男性
自己紹介:
カウントアップ
カウントダウンタイマー
創作カウントアップ
カウントダウンタイマー
カレンダー
07 2017/08 09
S M T W T F S
2 3 4
7 9 10 11 12
17 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
最新コメント
[08/05 遠藤]
[08/02 バール]
[07/26 遠藤]
[07/26 辻]
[07/25 バール]
[07/21 遠藤]
[07/20 バール]
[07/12 遠藤]
[07/10 バール]
[07/09 遠藤]
[07/09 QUWE]
[07/05 遠藤]
[07/04 うーたん]
[06/29 遠藤]
[06/29 遠藤]
[06/29 QUWE]
[06/28 バール]
[06/27 遠藤]
[06/27 遠藤]
[06/26 うーたん]
[06/26 うーたん]
[06/25 QUWE]
[06/25 遠藤]
[06/25 うーたん]
[06/24 QUWE]
Copyright ©  -- 生きる意味を徹底して考える --  All Rights Reserved

Design by CriCri / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]

アクセスランキング