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105パーセントを目指す努力
2022/07/02 00:47 | Comments(0) | 思考及び書くこと
今日の一言「承認欲求は難しい」

まえがき

 眠れない夜は、書くことがよいというのは、このブログを続けてきて学んだことの一つだ。

人間関係が面倒なのか

 何か特別な問題が起きているわけではないけれども、オンラインゲームしていて、以前より楽しめてないな、と感じることが大きくなった。

 仕事中もゲームのことや、そこで出会った人たちのことを考えてしまうぐらいのめり込んでいた時期もあった。
 約1年が経って、心境や、置かれた環境なども変わったことが原因に思われる。

違うことなのに同じように思ってしまう

 まず、「初心者」ではなくなったことだろう。
 はじめたことろは、何が正しいのか、誤っているのかも分からず、そして、その世界で何ができるのかも分からなかった。
 出会った人や、眼前に広がる景色などに、単純に感動していたのだ。

 今は、それらがなくなったと……なくなった、というと語弊があるのだろうけれども、当初ほどの感動は得られることがなくなった。

 先日、新しいコンテンツをクリアした、ものの、同じダンジョンを何度も繰り返しやっていたころの方が感動があった気がする。
 ここで問題視というか不思議と考えるべきは、「繰り返し」自体が問題ではない、ということだ。

 同じことを何度もやってると、誰でも飽きる。

 ただ、今回は、新しいコンテンツだったのに、「同じこと」という感覚があったのだ。

 敵の攻撃パターンや、ストーリー、マップ、一緒に行った仲間……そのすべてが「別」であったのに、「同じこと」と感じてしまうこの感覚は何なのか。

自己啓発本的な原因だろうか

 例えば。
 自己啓発本の種類はたくさんある。一時期たくさん読んでいた。それが、そのうち、何を読んでも段々同じように感じるようになった。ジャンルは異なっても、「成長」という概念でひとくくりにできるように思ってしまったのだ。

 良質な睡眠のとり方。
 効率的な記憶術。
 コミュニケーション能力の向上。
 感情をコントロールする方法。
 図解思考になる方法。
 感動させる文章の書き方。


 ジャンルは色々あって、それらは全く傾向が異なるし、書いてる内容も当たり前に違う。

 それでも、「今の自分を変えて、成長させる」という目的では一致しているように思われる。

 そんな風に感じてしまうと、何を読んでも「同じようなこと」と感じるようになってしまう。

 今回取り上げているオンラインゲームも同じようなことが起きているのかもしれない。

熱量を取り戻す方法はあるのか

 欲しかったおうちが抽選ではずれたとか、人間関係でこじれてしまったとか、欲しい装備を間違って捨ててしまった(ロット間違えた)とか、直近で起きたいろいろ、大小できごとも無関係ではない気はする。

 ただ、根本的に、新しいことに対してのドキドキ感が、あんまり得られていない。


 思い切って、離れてみるのも手なのかもしれない。

 月額課金のゲームのため、やってもやらなくてもお金はかかるけれども。
 ただ、その程度のお金は、ちょっと高いお寿司を食べに行くのを我慢すれば余裕である。

 最近、回線の変更をしたけれども、失敗だった。この話もいつかしようと思うが、結局、解約した。解約金は2万円ぐらいかかったけれども、とても耐えられる品質じゃなかったので、後悔は特にない。解約したことについての後悔はない。契約したことについては……しかし、いろいろ吟味して決定したことだから、それも後悔はない。運が悪かった……といえばそれまでだが、見込み違いだったのは仕方がない。


 まぁそんなわけで、お金的な心配はともかくとして、休止するのはありかもなとは思った。

「惰性」でログインはしてしまうのであるけれども、何か「したい」ということが見当たらない。「したい」とか、誰かと話したいとかもあんまり、ない。

 いや……話したいという気持ちはあって、アプローチしても、その反応が期待どおりではない、といった方が正しいか。そんな、自分の望む反応をされなかったから機嫌が悪くなるほど子どもではないから、別に変な態度をとるつもりはないけれども、なんか「つまらないな」とは思ってしまう。

漸近的な努力

 話をタイトルに無理やりもっていくと、最新のコンテンツまで追い付いたことで、当初想定していた「燃え尽き症候群」的なのが発生しているのだろうと思う。
 もともと、想定していた。そうなるんじゃないかと思っていた。だから、それ(現在公開されている最新のストーリーまで進めたこと)が原因だとしたら、別に不思議はない。

 ただ、現状起こった事態を、「ああ、そうそう。やっぱりね」みたいに、どこか他人事のように、批評家気取りでいるのは、まったく愚行と思われる。

 1年前の……その、めちゃくちゃのめり込んで楽しんで感動していた、その気持ちを、得るための方法を考えたいと思うわけである。

 楽しいことばかりではなかったものの、ひとくくりに、「楽しかった」といえた日々。

 今にして思えば、めちゃくちゃつまらなかった学生時代などなど。
「めっちゃ楽しい」と思えた日々と比べたら、衝撃的である。

 まさかこんな日々が自分に訪れるなんて思ってもみなかった、といっても過言ではないだろう。

 そして、それを過去のこととして、もう、同じような感動は得られないと諦めてしまうのは、単純にもったいない気がする。

あとがき

(かっこ書きである。うーん。まとめられない……。まぁいつものことか。文章を書くというのは非常に難しいことであるなぁ。そもそも、どんなに完璧! と思って文章を書いたとしても、そこから零れ落ちる感情や信念や価値観などなど、たくさん落ちている。表現しきれることはないのだ。さらに、「伝える相手」のことも考えたら無謀だ。無茶。絶対伝わらない。人間対人間、なんて無理。でも、昔に比べて、「理解してほしい」という気持ちは減ったなぁ。それだけ、「理解してもらえた!」という経験を、たくさん、このブログなどで、させてもらったからだと思う。そういう意味で、承認欲求的なのは満たされているのだと思う。ただ一方で、何だろう、この、充足していないような感じは。良く分からない、という動機で今回の記事となった。そもそも、オンラインゲーム休止しようかな、と言いつつ、かといって、ここ1年ほぼ、余暇がオンラインゲームだったので、他に「しようっ!」ということがない。こういうのが危険だというのも良く分かっていた。こういうの、とは、「一つのことにのめりこんでいると、それがダメになった時に代替がきかなくなる」ということ。分かっているから、まだ、本格的に「ダメ」になる前にこうやって考え始めている。そういう点を評価しよう。うん自分すごい。……と、自分で自分を褒めるというのは、大事なことである一方で、あんまり効果はない。承認欲求の回復アイテムとしては、やはり他者の存在が大きいのである。そんなこと書いていると、承認欲求クレクレおじさん、みたいなおぞましい表現が浮かぶので勘弁して頂きたい。まぁその、今回のような内容の記事は、そもそももっと前から……そうさな、2~3週間前ぐらいからは思っていた。でも書く時間というか、気持ちが起こらなかった。今回、こうして書けたのは一つ、一歩にはなった気がする)

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