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30代男が生きる意味を徹底して考えるブログ。

   
面白い記事について考える
今日の一言「信じるものは救われる?」「死ぬまで続けられたらね」

読者限定

 他者のブログを様々読んでいて分かったことは、一目で、何について書いてあるか分かる記事が面白いということだ。

 その人自身が何者か分からないうちから、その人独特の、ユニークな見解とか表現とか、そんなもの楽しむ余裕はない。
 頑張って読んだとして、結果的に面白くなかったときの時間の無駄さ加減が凄まじく悲しくなる。

 そこで僕は、書き手の位置付けを、そしてその記事の次元を、瞬間的に分析していることに気付いた。逆に言えば、それをすぐに気付かせてくれて、その傾向が僕が求める方向と合致する場合、面白い! と感じることが分かった。

 どういうことか?

 例えば、自分の知らない小説作品について、その人が感じたことを述べる記事だったとしよう。その作品のことを知らなければ分からない次元のこと、即ちその主人公がどうしたこうした、と、行動についてのみ書かれている記事は、残念ながら面白くない。
 これは、読書感想文の書くのが下手な人によくあるパターンだ。その作品の、抜粋とか引用とかに終始するのは、ダメな例である。
 大事なのは、その登場人物、またはそのシーンがあって、それについて、書き手自身が、どうしてどのように思ったか、感じたか、それが書かれていることである。

よい感想文の記事が面白い

 この、引用と、感想との配分が結構大切なのだが、これは読書感想文だけではなくて、ブログ全体について言えることだ。
 こんな経験をした、楽しかった、以上。
 というブログの何と多いことか。意識高い系のブログは、こんなすごい人と会った、こんなすごいことをした、と、その事実の列挙になりがちだ。それは、その人が有名人なら、そうした情報は読者に興味を与えるだろう、しかし、どこの誰かも分からない人が、どんだけ頑張っていようが、何ら面白くない。それだけではダメなのだ、その経験に対して、何を感じ、おもったのか、そこまでの言及がなければ、面白くなくなる。

決めつけをしていると面白くない

 神様がいます。皆さん信じましょう。そうすると幸せになります。
 と、スピリチュアル系の構造はみなこれである。何か、超越的なものについて、その存在を絶対視し、それを妄信的にお勧めするブログたちもまた、面白くない。

 重要なのは、なにも、超越的なものについて書くことがダメなのではない。そして、間違っているとか、あっているとか、それも問題ではない。
 ここでの問題点は、超越的なものなのに、それを絶対的に信じていることでる。

 こういう人は、何を言おうと、信じているものをまげはしない。その頑なさは、むしろ見習うべきだが、むしろ、自分に都合の悪いことをみないように、自分の信じたいことしか認めないようにしているのである。そして、そのことに自分では気付けない。こういう人の書く記事は面白くない。

悩みが含まれている記事が面白い

 科学的事実、を述べるにあたっては、悩み、などという要素は不要である。しかし、ブログという媒体で求めることとしては、その生きた人の実感であり、その人の生き様であり、その人の思考感情そのものの吐露に触れることである。

 ブログを、いわゆるFacebookのような、SNSと同様の媒体として考えてしまっては、何とも面白くない。逆に、リアルのコミュニティー及びコミュニケーションの延長(スマホでラインを用いてチャットするような感覚)でしかないのであれば、ブログは甚だ一方通行であり、適さないメディアということになる。

 だからこそ、5行だか、その程度の内容しか更新しないのに、もったいぶって1週間に一回だとか、低頻度更新のブログは、見るに値しない(巡回する面倒さと、いざ更新されて開いてみたときに、内容のあまりの軽さ!! 何とも徒労感となる)。

 長ければ面白いかと言えば、そうではない。「いやだいやだいやだ仕事嫌だいきたくないやってらんない」「頭が痛い方が痛い腰が痛い目が痛いつらい哀しい苦しい」「いとしの彼……今日も目が合っただけで嬉しかったけど、話しかけることはできなかった。よーし明日こそ頑張るぞハート」とか、同じ繰り返し表現ばかりで、思考とも感情とも言えない落書きレベルの文章というのも面白くない。

 ちょっとまったぁぁぁーーー!! お前、それ、ものすごいブーメランじゃね??(かっこ死んだ目をした笑い)

自己分析しましょう

 散々、面白い記事とは何かと、つまらない記事とは何かを書いてきた。
 そもそも、それについて「断定」している時点で、まさに自分で上に書いてきた、「決めつけ」しているに過ぎないではないか! というブーメラン。

 トートロジーで、同じことを思考ともいえない稚拙な表現を繰り返しているという……はいこれもブーメラン。

 やっぱり、お前自信も面白く無いじゃないか!


 いや、しかし、ところが、自分の記事は、たまーには、面白いのである。これは、やはり「自分の記事」だから、言外(文章に記載ない部分)の表現もくみとれているから、面白いというのだろうか? それは、数日間おいてから読み返した場合を考えると、影響は低いと思う。何せ、今、一週間前の記事で、何を書いたか、何を思ったか、残念なことに一切思い出せないのである。三日前でもそうだし、前日の記事も、ほとんど思い出せん。アホの露呈、なのかもしれないが、まぁ、自分の記事だから覚えていて面白い、という理由ではないと思う。

 となると、面白いと感じる場合の理由というのは、その「テーマ性」が、興味があるからなんだと思う。
 じゃあ、そのテーマとは何か。「意味」である。……なるほど、やはりそこにポイントがあるわけか。

タイトルは間違っていない

 小説とか、映像作品の感想を書いたりする記事があったりして、これ、タイトルと関係ないのではないか、と思ったりもしているが、そういうわけではないのだ。結局、大きなこのテーマというものに、僕は影響しているのであったのだ。なるほど。

 で、そのテーマ性に近い内容が書かれている記事を、僕は感覚的に「面白い」と感じているというわけか。
 例えば、同年代の、サラリーマンの、仕事が嫌で仕方がなくてアーリーリタイアを目論む人の資産運用ブログなんかは、結構面白いし、集団行動が苦手で、小学生のころ昼休みにみんなで遊ぶよりも一人図書室にこもっていたとか、そんな感覚よく分かる気がする(まぁ小学生の頃は、何も考えず皆と楽しく遊んでいた。高学年になってクラブだか部活動をやるようになってから段々おかしくなってった)けれども、ただ、最近、あんまり面白みがなくなってきたのは、なんでだろうと思っていた。

 それはきっと、その、「アーリーリタイア」が目的であって、何かその、生きることそのものに対しての見解があまりにも無さ過ぎて、飽きてきちゃった、というのがあるんだと思う。
 色々と、資産形成のための勉強というか、資料集めというか、人に聞いたり、相談したり、考えたりもしているけれども、いまいち、本気になれないというのは、今力を注ぐべき部分だとは思えていないからだ。

 そうはいっても、今現状としてやるべきことは、絶対にあるので、日々生活を送るために必要な行動、作業は、おろそかにするつもりは、あまりない。ただ、本気でやれてはいない。

書くことが面白いということ

 ポイントは、この、こうして、ブログを書いている時が、一番充実しているような気になることである。ここはいつも、ちょっとまったぁぁ! と自分で掛け声をかける。そんなわけないだろうよ。もっと他にすべきことあんだろうよ。

 ある。間違いなく、あるだろう。もっと生産的なこと、いや、アウトプットであれ、インプットであれ、両方の作業としても、もっと生産性があることがあるだろう。

 ただ、――ここでは敢えて、決めつけというか、断定的というか、感情的に書いてしまえば、価値や意味など、人の創り出した幻想に過ぎない。その幻想が、共同的な幻想なのか、個人的な幻想なのかは分類があるだろうが、どちらにせよ、自分自身を本気で「騙せる」ような何かがなければ、その自分自身が行うこと、すべては、等しく無価値であるにすぎないのである。


↑のいってること、理解できるだろうか? それは、他者もそうだが、明日、もしくは三日後ぐらいの自分自身もそうであるが、分かってくれるだろうか? 分かったとして、同意してくれるだろうか? 同意してくれたとして、自分も同じように考え、行動しようと思ってくれるだろうか?


 この、他者(自分も含む)へ、納得してもらい、行動してもらうような、そんな言葉をつむぐこと。

 それが重要なことなのである。

今月の目標

 さて。そいでもって、今日の、23時59分が、今月の目標を立てる期限となっている。アッというまだなぁ。早いなぁ。
 一応考えた。

 今月中に、今部屋に存在している書類を半分にする。

 ということだ。
 部屋を綺麗に保つためには、物が少ない必要がある。平積みにされた本や書類、チラシなどを片付ける。
 おおう……小学生の目標か(かっこわらい)。

 まぁこれ、結構が逆に大変なのである。帰りが遅くなると、まず家のことなど殆どできやしない。けれども、本を読んだり、くつろいだり、少し休憩はしたい。そうすると、だんだん物というかゴミが積み重なってくる。綺麗な状態を維持するというのは非常に難儀である。

 うん。
 そうだな、何やかんや、「片づけをする! 生活感の無いぐらいな家にする!」という目標は何年も前に立てて、それなりにやってきたけれども、一か月とか、半年とか、長期スパンで本格的にやるってのは、これまでなかったように思える(すなわち、土日とか三連休とか、短い期間で可能な限り実行し、それで満足してきたというわけだ)。

1.1月   部屋の片づけについて3月までの計画を立案する。(PLAN)
2.2月上旬 1.について、作業を実施する。(DO)
3.2月下旬 2.の作業について、評価を行う。(CHEACK)
4.3月上旬 3.の評価を元に、再度作業を実施する。(ACTION)
5.3月下旬 3.の作業を確認し、足りていないことを補完する。

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耳が痛い話
 前半のブログ更新云々はとても耳の痛い話でした。
 振り返ってみると去年の1月から私はブログ放置したままです。
 Twitterにしても、オンラインゲーム用に作ったアカウントはそれなりに呟いていますが、創作関連(自サイト用)アカウントの方では更新情報ぐらいしか呟いてない状況が続いています。
 面倒くさがりなところが前面に出た結果なんですが、今年はもうちょいどうにかした方がいい気がしてきました……(;´д`)
ブログの話
白銀さんコメントありがとうございます。
白銀さんのブログもたまに更新チェックにお伺いしておりますよ~。確かに中々更新されないのは寂しいですが、壊話が定期更新なので、安心しているところはあります(笑)。
というか逆に、定期更新を何年も続けられていることが私にしてみれば凄いことだと思っております。
  • 遠藤 さん |
  • 2017/01/21 (09:52) |
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