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30代男が生きる意味を徹底して考えるブログ。

   
ミニマリストや断捨離は思想である
今日の一言「本を読んだ」「図書館はよい」

ミニマリストとは

 最小限のモノで暮らす人をミニマリストと呼ぶ。
 よく、机も何もない殺風景な部屋の写真を見たことがあるだろう。

 単純に、少ない……というよりも、自分が把握できる、自分が必要とするモノだけを所有して生活するという考え方なわけであるが、これが結構難しい。

 そういった心理をよく分かった上で、実践的な方法まで述べられた本を(図書館で)読んだ。

ぼくたちにもうモノは必要ない

 もう、読んでからしばらくたったため、全部の内容を覚えているわけではないが、実践的な55のリストもそうだが、序盤に書かれていた、ミニマリストという考え方がよかったと思った。


 所有するということが、幸せの条件ではない――と、僕の言葉で要約・表現すればそうなる。
 そういう点で、投資家というありかたもよいと思う。投資家とは、消費財を買うのではなく、資産(価値を増やすモノ)を買うのだ。

 ただこの本は、それだけでなく、モノを所有するということに、どうして人は執着してしまうのか、という点にまで触れられていたことが良かったと思う。
 要は(これも僕の言葉での要約・表現であり、正確にこの本の意図を解釈しているわけではないと思う、が大きく外れてもいないと思う)人は、飽きる生き物だからだ。

おもちゃの指輪

 今思い出せる例として、女の子へのプレゼントであるおもちゃの指輪というエピソードがある。幼い女の子に、キラキラしたおもちゃの指輪でもあげると、とても喜んでくれる。それが、中高生ぐらいになると、1万円ぐらいのが欲しくなる。大人になると十数万のが欲しくなる。お金もちになっていけば数百万のも欲しくなる。

 けれども、「感動した」量は、お金には比例していない。むしろ少なくなっている。(というのは、確か、経済学の「限界効用・逓減」だっけか)

 人は、飽きるから、差異が欲しくなるのだ。

自分のこと

 僕は、金銭欲も、物欲もあまりない方だと思う。
 周りの人を見ていてそう思うだけだから、あまり根拠はない。ただ、欲しいものはあまりない。

 むしろ、持ち物を捨てた時の方が感動が大きいかもしれない、と思った。

 30リットル分ぐらいの不燃物(重複した道具や収納・生活用品)を整理したけれど、なんだか気分が少し軽くなった気がした。

 もっと積極的に……と思ったけれども、実は本も相当少なくなっているし、モノ自体も、それほど多くはなくなっていることに気づく。
 問題は、書類……例えば大学で勉強したときの資料(例えば、論文を友人に添削してもらったものなど)とか、音楽機材用のコード(単に延長コードだが、さすがにこんなに不要だろうというぐらい増えている)や、ペン、付箋などの文房具、家電などの取扱説明書……など、その辺が次の着手ポイントか。
 あとは、古いノートPCとか、HDDとか、ちょっと簡単には捨てづらいもの。

 あとは洋服や下着……も、だいぶ少なくしたが、まだ着手できる余地はありそうだ。

 といった具合に、だいぶ小物が中心になってきている。小物ってのは、まぁ、ちょっとした収納をつくってまとめて入れてしまえば、きれいに片づけられるものだけれども、ただ、そのまとめたモノに何があるかとか、全部覚えきれないのであれば、それらは不要なものだ。

 1年経っても使っていないものは、これからも不要だ、ということだ。

気分の落ち込みと生活

 最近、元気がでないし、睡眠もなんだかおかしい状態。平日は明け方や夜中に目が覚めてしまったりする一方、休日は昼になってもまだ眠かったりする。

 以前、部屋のきれいさ(清掃・整理整頓)と、気分とは関連すると書いた。
 そして、それは、逆もしかりではないかと書いた。つまり、気分が落ち込むから部屋もきたなくなっているのではないかと。

 これについては、ミニマリストという対策によって防げるのではないかと思う。
 つまり、気分が落ち込む(単純に忙しくなる)結果、部屋が汚くなるというのであれば、そもそも、汚くなる要素となる「もの全般」がなければ、それは防げるのではないか、ということだ。

 それには、普段使う、洋服だとか、そのあたりの整理も要求されるだろうし、ハードルはまだまだいくつも乗り越えなければいけないだろう。しかし、うだうだ言っているぐらいなら、一度、全部PC以外捨てるぐらいの勢いでもよいと思う。

もう一冊

何のために生きるか

「何のために生きるか」という本も(図書館で)読んだ。
 これは、とある外科医が、人の生き方について語る本だ。

 新しい発見というのや、価値観の顛倒といったのが起こったわけではないが、気づいたら通読していた。
 たぶん、こんな優秀な人に対してこんなこと言ったら怒られるが、「似ているな」と思った。

 僕はこの人みたいに頭はよくないけれども(東大出てエンジニアとして働いてから東大医学部はいりなおして更に歴史学学ぶためにさらに東大に入学して……)、価値観的には、上にあげたミニマリストにも近いものがあると思う。

 別にこの方が、モノを最小限しかもっていない、とかではないだろうが、物欲があまりないとかも書いていた気がするし、ベンツという高級車を買った後輩に対する辛辣な言がちょっと面白かった。
 お前は高い車を買ってよかったかもしれないが、お前はその車の何を知ってるんだ? エンジニアとしても働いたこともないくせに、何をそう嬉々として語るんだ? 俺は別に車がどうこう言うのではない、この車を作った人のこだわりや熱意といったものは、身を乗り出して聞くだろう。けれども、お前はただこれを買っただけだろう? それで偉くなったわけでもなければ、自分ができるようになったこともないだろ?

 と、まぁ、そんな感じだったと思う。
 僕はまぁ、車は好きなので、耳が痛い話ではあるが、ブランドとしての車に興味があるわけではない。単純に走っているのが楽しいのである。パーツ買ってカスタムがどうこうとか、あまりそういうのも興味がない。まぁもちろん、速く安全に快適に走れるカスタムならしたいと思うが。

 あと、外科医でもある著者が、ある手術の現場で、患者を開腹すると、場合によっては糞便の臭いが手術室に立ち込めるのだ――しかし、プロ意識のある医者たちは、顔をしかめることもなく、むしろその臭いに発奮しつつ集中して手術を行うのだという。
 自分の役割に徹底するということの大事さのようなことが書かれていて、真剣なだけでなく、崇高な使命感もある人たちが多いのだなと感じた。


結論があるわけではないが

 まぁ、結局、「こうしたらこうなる!」的な結論があるわけでもない。
 ただ、結局、「答え」は自分で見つけなければいけないということだ。
 いや、まだ(表現が)足りない。答えは見つけるものじゃない、自分で決めるものだ。

 手元に置きたいほどではないけれども、上の二冊は、少し元気をくれた気がする。


日にちをおいて

 と、上記本の感想を書いて、なんとなく投稿する気持ちになれずに放置していたこの記事。

 部屋の片づけ……物の整理をさらに進めた。主に小物……たとえば、同じようなペンとかコードとか、書類とかトリセツとか、小さいものだけれども、意外に、この小さいものたちに使われている「頭のリソース」というのは多いことに気づいた。

 そして、実践してみて分かった、というか更に感じたことであるが、捨てるのは、整理するのは、とても気持ちのよいものだということだ。

 整頓・清掃するというのは、確かに、やった結果として満足感は得られる。
 しかし、整理(=捨てる)ということは、その効用(満足感)を上回っている気がする。

 上の本(ミニマリストの本)に書いてあった気がするが、モノは、所有するときは喜ばしいが、それによって頭や心を占有するのだという。そして、それに関連するモノが増えたりする。
 上の本の著者は、自転車が趣味であったそうだが、それによって、自転車の工具やらパーツやら装備やらで、どんどんモノが増えていったという。それだけでなく、「ああ、あれも欲しいな、あれも買わなきゃ」という感覚も増えていったのだという。



 ここで。
 例えば、本を読むのが好きな人が、本当に本が好きならば、それは、整理すべきではないと思う。
 上の著者は、たくさん置いてあった(読みもしない)本をなかなか捨てられずにいた経験もあるということで、思い切って捨てて一切後悔しなかったという。

 それはそれでよいと思う。
 ただ、この「ミニマリスト」たる思想は、「最小限のモノ」というのは、「自分にとっての」という主観を、決して忘れてはいけないと思う。

 もちろん、その、「もったいない」という主観……「まだ何かに使えるかも」といった気持ちは、ミニマリストを目指すのであれば、捨て去らねばならない。
 そして、その「捨て去る」という行為は、容赦なく、徹底的にやるべきだと思う。

 一方で、その中で、その結果として、「ああ、やはり俺は、これが必要なんだ」というモノに、コトに気づいたらよいのだと思う。

創作に対する気持ち

 少し……心にゆとりを持つようにした結果。
 少し、モノを捨てるようにした結果。
 少し、体を休めた結果。

 僕は、やはり、二つのことを感じることが分かった。

 創作したいという気持ちと、生きる意味を徹底して考えたいという気持ちである。

 上の気持ちは、お金にもならないし、自分のスキルにもならないし(?)、人脈も広がらないし(?)、客観的に、一般的に有意義ではないと思う。

 それでも、強制的に時間を確保したとき、僕は、上のことを思ったのだ、感じたのだ。



(かっこ書きである。眠い、寝よう。あー。悔しかったり、解決が難しい問題に頭を抱えたり。困ったことが多いなぁ。でも、タスクリスト作って、挙げてしまえば、まぁそんなもんかと、数えられる程度のものである。そういう問題じゃないんだ。どういう問題かというと、数じゃなくて、質だ。もっといえば、「己の力による解決可能性」という問題だ。もっともっといえば、だ。困難なことを乗り越えたときに発生する「やりがい」的なサムシング……つまり、本当にその課題なり問題なりが、自分が解決したいと思えるかどうか、ということだ。それだ! 本当にそれが問題だと思う。例えば、生きる意味を考えることなど、苦痛である。そんな楽しいことばかりじゃあない――それでもだ。これは、やりたいことなのだ。乗り越えたいことなのだ。答えを得たいものなのだ。だから「頑張れる」。仕事は、細々したことという意味ではなくて、ただ、クリアしたところで、似たような問題が次にやってくるだけで、せいぜいモグラ叩きである。それを何個解決したからといって、給与や名誉に影響があるわけでもない。お客さまからの感謝の言葉? それは嬉しい。間違いない。ただ、お客さんも、別にその仕事がどうしてもやりたいわけじゃあない。やらなくちゃいけないから、やっているのだ。そのお手伝いをしているのだ。やりたくないお仕事のお手伝いをしているのだ。なんか、そう考えるとつまらないと思ってしまうのもいたしかたないだろう。でも、これは仕事の内容によるものではない。上にあげた外科医の仕事だって、「崇高な使命感」がなければ、ミスしたら医療過誤とかで患者の家族やマスコミから叩かれるし、せいぜい高い給料があるかどうかだ。ベンツ買って豪邸に住んで、美人の嫁をもらって、子供を優秀な私立学校にお受験させて。それがどうした? って思ってしまったらそれまでだ。――だから、仕事の内容が問題なんじゃない。いかに、自分が、その仕事に対して意義をもてるかどうか、だ。――否。その次元はそうだが、僕はもうその次元は、手段にしか思えていない。僕の問題意識は、そもそも、実存として、僕自身として、この命をどう取り扱うか、という点である。そういえば、素敵な外観の安楽死の装置が開発されたとニュースになっていた。自殺、安楽死、尊厳死、緩和ケア。僕の問題意識は、こういった問題にも、いずれ切り込まなければいけないだろう。大変である――でも、同時に、楽しそうでもある。まぁ、限られた命である。どう使おうがその人の勝手である。勝手なのだけれども、やはり僕は、「後悔」というものをしたくないと思う。永劫回帰(永遠回帰)の人生。生まれ変わりなどなくて、これから先にも、これまでにも、涼宮ハルヒのエンドレスサマーエイトのような、終わりなき夏休みが続く。苦しい気持ちの時は苦しいまま。楽しかったときは楽しいまま。何度も何度も繰り返す。それが人生であるならば、今・この瞬間にも、限りなく満足して生きていきたい。眠い。それでも、筋トレはする。なんかもう、これはこれで楽しいのである。苦しい気持ちになって、息が切れて、体に痛みが発生しても、それ自体が楽しいのである。一方で、仕事で疲れて、ボケーっと電車に乗っていると、それはもう苦しいのである。単純に苦しいのである。――ストイックを否定しない。しかし、それはあくまでも、主体的でなければならない。何せ人生は、自分のものでしかないのだから。さぁそして僕はまたしても問う、自分とは何か。自分とは、欲望と身体の総体である。しかしそれだけでは足りない、自分という概念には……寝ようと思ってからが長い。強制終了)

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 コメントこそ書いていませんが、週に2回ほどはブログを覗いていたりします。
 何かコメントしようと思うこともあるのですが、どうにもまとまらず考えているうちにタイミングを逃して次の記事が更新され、コメントしようという思いもまた更新されて考え始めて、を繰り返しつつあったりします。
 こう、何か建設的(?)なことを書かなければいけないような気持ちにさせられるような……?

 追伸というかむしろ本題。
 それはそれとして、サイトの方の掲示板、ログイン関係で書き込みありましたけれど、あちらを気にする余裕は今ありますか?
いつでも!
変な広告が出るようになったのでアクセスカウンターも取っ払ってしまったため、拍手でしか、どれぐらいの方が読んでくださっているのか分かりませんでした。
白銀さんにいつもご訪問いただいているとは、うれしい限りです。

ちなみに、まとまらないコメントでも大歓迎です! 大切な友人と思ってますので、厳しいお言葉でもしっかり受け止め考えたいと思っております。

>何か建設的(?)なことを書かなければ
というのは、もしかすると、そういう思いで私自身書いているような気もします。ネガティブなことの方が多い気がしつつ、ただし、他者に何か相談した場合のアドバイスとして「とりあえず〇〇やってみな」的なのがあったりして、「いやそもそも、僕はその【とりあえず】なるものを排して考えないとダメな気がしてるんですよ」といった感情があるような気がするのです。

若い人――と書くとこれまた批判(いや君もまだ若いんだ)があったりしますが――は、いろいろやってみて、いろんな人とかかわって、その中で自己・自我なるものを確立していくといった過程が大事だと思いますが、ちょっと、僕はもうそれらはいい加減にしたいなぁという気持ち。……いやそれは、またしても批判(単に年を取って守りに入った、「保守的」になったと)されそうですが、そうじゃなくて、「とりあえず」じゃなくて、「これを俺はやりたいんだぁッ!!」的な何かに思いっきりぶつかりたいというか。

……なんかいただいたコメントと全然関係ない話になってきましたが、ちょうど最近、そういう話をしたこともあって、――さらに、どうしても、やっぱり、うまく表現できないというか、伝えられないというのがあって、モヤモヤ悶々していたので、ついつい長々書いてしまいました。

何を言いたいかというとですね……コメントありがとうございます、ということなんですが……(笑)。


>追伸というかむしろ本題

ご連絡ありがとうございます。本日、原因の究明及び復旧について対応いたしました。

なんだか、こう、つくづく自分は、同時にいろんなことができないんだなぁと思いました。最近少し創作熱が戻ってきたので、対応を始めたら段々楽しくなってきて、他の未着手だった改善や整備など(こちらは使う人には直接関係ない部分)もやってしまったのですが、そこに着手するまでの気持ちをのせるのが中々難しい……。
でも、間違いなく、本日対応が完了できたのは、白銀さんのおかげです。コメントがなければ、まだしばらく対応できていなかった気がしています。
重ねてありがとうございました。
そして何より、作品の更新、お疲れさまでした! ぜひまた読ませていただきます!


いやぁしかし、サイトの方を続けられているのは、つくづく使ってくださっている方々のおかげだなぁ……。
  • endo さん |
  • 2017/12/17 (00:04) |
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