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新しいプロジェクト
2012/11/17 16:41 | Comments(0) | ポジティブ思考
来年は、仕事とプライベート、両方で大きな動きがありそうだ。

自分の気持ちは、昔と同じ、何があっても絶対肯定なので、それほどの驚きはなかった。顔にでてたと言われるだろうか。しかし、緊張したときにでる嫌な汗はでなかったし、動悸もなかった。


今唯一肯定できないだろうことは存在するが、それは逆に、潜在意識としても起こらないことを確信している。


突発的なことが嫌いだ。アドリブに弱い。行動より先に思考が発生する。
僕の特性だから、突発的なことが起きたことを常に想定している。もちろん、些末な日常においての想定ができるわけではない。そんな予知ができれば、株や競馬で一儲けできる。

いつも言っているのは、明日死ぬとしたらどうするかだ。杞憂に過ぎない、だから、頭の何パーセントかだけ、常に配置する。




突然といえば、すべては突然。同じ朝がくることはない。何かが違う。ただ、自分の主観により、それをルーチンと見なすだけだ。

整理をしていて、ある新聞記事の切り抜きを見つけた。ある先輩からもらったものだ。今の自分に足りないことが書いてあった。


自分が周囲からどうみられているか、思春期の子どもでなくても気になることだ。
しかし、僕は自分が欠点だらけだと思う。傲慢さや見栄はあれ、底からくる自信などはなかった。だから常に周囲の目をおそれ、「自分らしさ」を如何に抑圧するかに気を使った。
それは、人間関係構築維持に一定の効果があった。それどころか、その維持を続けることで、少しずつ、自分らしさも表出できることが分かった。

例えばこのブログに書かれるようなことは、パスワードをつけた日記帳にひっそりと書かれるだけだった。

学生時代は、アニメを見たことがあるといっただけで、オタク、変人、気持ち悪いと言われた。
僕は、アニメオタクではない。そんなこといったら逆に失礼である。ただ、作品が好きだった。映画、音楽、小説……、何でも好きだった。ただ、勉強やお金や女やテレビ以外に興味をもつことは、変人とされた時代であった。

そういう空気を察知する能力はあったので、なんとか生き延びた。ただ、周囲の人間は、なんとつまらない人間ばかりなのかと、他人への興味は薄れた。


大学で、攻殻をみたことのある友人がいて、そのことを恥ずかしげもなく語る姿に、本当に驚いたものだ。






しかし、新しい環境においては、より深く、昔の自分を、死にたいと夜眠れなかった自分を、よく思い出すべきである。

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