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30代男が生きる意味を徹底して考えるブログ。

   
人の多様性について(07対立には排除なのか)
今日の一言「未定」

対立には排除なのか

 昔の人たちがそれに気づいていなかったわけではなかったろう。
 古代ギリシアでは、都市国家が乱立していたが、同じギリシア人はヘレネス、周辺の蛮族はバルバロイといって区別していたという。
 自分たちと異質な、しかし姿かたちは似ている存在は認識できていたはずだ。
 しかし、戦争といった、排除するという行動しか取れなかったのは、「理解可能性」まで思慮する時間も認識もなかったからだ。
 とはいえ、時代が進むにつれて、殺し殺し合いを続けていることは、非効率であることには気づき始めた。自国内でも問題が発生したとき、上手く統治する必要があった。
 だから、「ルール」を開発した。
 ものではないが、発明といってもいいだろう。
 火や文字の使用や、農耕の開始、印刷機の開発、インターネットなどが文化的な刷新といわれるが、そもそも、「ルール」というのも偉大な発明だ。
 しかし、ルールに関しては、「慣習」といったものもあるので、あえて発明とはあまり思われない。自然に、人が生じたときからあったような気がする。
 そうはいっても、意識的・無意識的にかかわらず、人は「ルール」の中に生きている。
 ルールといえば、「学校の廊下は走っちゃいけません!」的なのや、道徳的な、車内マナーみたいなものも想像されるが、ありとあらゆるところにルールがある。
 ルールはもはや、「共通価値」と似たような意味をもつときもある。
 ルールがあるから、人はそれに従うべきだと、妄信的に考える人も、少なくない。厳格に、きまりを守ることが大事だと考える人は多い。コンプライアンス、それは当たり前なことだろうか。
(かっこ書きである。未定)

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うーむ
割とマジで疑問に思っているんだけ、奴隷とか差別の撤廃とか、戦争反対の思想とかってなんで生まれたんだろうね。

白人からしたら黒人を差別して、奴隷にするメリットは大きかったと思われるし、黒人差別がないほうが経済面で合理的だなんていう判断をしたとは考えにくい。発端が何にせよ、そういうことが一般的になるにはどんな条件が必要なんだろうね。

奴隷・差別・戦争の否定は経済面での合理性だけで説明できるんかな?

こういうのが当たり前になっていく過程は、教育などによってそれが多数派になるからということで説明できそうだけど、教育などによって当たり前にしようという流れが生まれる原因がよくわからない。

奴隷とか差別をしている間はそれからメリットを受けているはずで、それがなくなった際の合理性やメリットが目の前にない状態で、それを目指す力が生まれる意味が分からない。

実はメリットを受ける人数が圧倒的に少なくて、デメリットを受ける人間のほうが多かったなら説明できそうなんだがね。



>しかし、戦争といった、排除するという行動しか取れなかったのは、「理解可能性」まで思慮する時間も認識もなかったからだ。

というのはどういう意味なのか。つまり、損得以外の観点があるっていうこと?
  • イミフ さん |
  • 2018/11/07 (00:19) |
  • Edit |
  • 返信
ミラーニューロン的な
イミフさん

コメントありがとうございます。
>奴隷とか差別の撤廃とか、戦争反対の思想とかってなんで生まれたんだろうね。

非常に興味深いコメントだと思います。

>>しかし、戦争といった、排除するという行動しか取れなかったのは、「理解可能性」まで思慮する時間も認識もなかったから

これについては、以下の1年ぐらい前の記事に書いてあることが自分の感覚として近いのではと考えました。
---------------------------
2017/11/25 (Sat)「一呼吸つけた」
『暴力の人類史』を読んで面白かったのは、その、強いものが支配するという構造に、人間集団は必ずしもならなかった、という点である。その理由について、「それがまた一方で合理的であった」からだという説明は、納得しそうで、ちょっと腑に落ちない部分もあるけれども、でも面白いと思った。
---------------------------

---------------------------
2017/09/11 (Mon)暗黒モードは続く
・穏やかな通商→正当な取引ができる方が儲かるなら、戦争は割に合わなくなる。(これ、『ドリフターズ』のシャイロック?協会の人たちの考え方を思い浮かべるとよいと思う。「軍船作ってた分を商船にしてたらもっと儲かっていたはず……」と)
---------------------------

支配するのと殺すのとは違うかもしれませんが、人の顔には、「汝殺すなかれ」という本能的インプットがあるという話も聞いたことがある気がします。好き好んで他者を虐げようとする人は、人としては多数ではないのではないかと。合理性や自己保存というのも人間の本能ながら、共感性や「同情心」的なのも持ち合わせているのではないかと。もちろん、そんな曖昧なものだけに頼っては危険なわけですが、人類が、他者を支配するということだけに止まらなかった理由の一つにそれもあるのではないかと思います。
もちろん、奴隷支配において、いつ反乱が起きるか分からないというのは、支配者層にとっても危険なので、以前イミフさんが仰っていた気がしますが、自由とか平等って概念も、エリート(支配者層)が被支配者層を管理するのに便利だからという陰謀史観的なのも割かしあるんじゃないのかなぁとも思います。
関連して、古代ギリシアのスパルタは、スパルタ式のばりばり軍事国家だったということですが、それは自分らよりも多くの奴隷(農業とか従事し生産を担っていた)が反乱したとき、1人で10人程度も相手する必要があったからだとか、そんなのも最近どこかで読んだような気がします。でもそれって非効率だよな……ってなって、奴隷制は非効率だな……ってなっていったんじゃあないかなぁ。
  • 遠藤 さん |
  • 2018/11/07 (01:32) |
  • Edit |
  • 返信
なるほど

つまり、「理解可能性」については

「それがまた一方で合理的であった」から「強いものが支配するという構造に、人間集団は必ずしもならなかった」という記載(厳密に同じでなくてもいい)が暴力の人類史にあり、それをもとに考えた結果ということですか?


「理解可能性」まで思慮する時間も認識もなかったからだ。については、何か参考になる文献などがあるんでしょうか?それとも上記のように考えた結果ということですか?


あれから少し考えたんですが

戦争の反対とか奴隷・差別の撤廃へのモチベーションの発生は、それが不効率であるという認識なのか、状況なのか、あるいは社会的な損失を実感するような出来事が発生するなどの条件が必要ですね。

それがあって初めて、ルールの制定などの方法を使って社会に浸透させていくという動きになる、というのが僕の考えです。

つまり、ルールの制定は人間の世の中よくなれ的な善良な心からではなく、あくまでも合理的な判断によって発生するので、「理性的、合理的」ではあっても「道徳的、良心的」なものではないです。

そういうことなので「理性的・合理的」理由があるならルールは変えるべきだし、いつまでも従う必要はないと思うんですよね。

何が言いたいかというと、ルールは良心や道徳的考えに基づいて出来ているという考え方は嫌いだなぁということです。

あと、そもそもルールを守ることが当たり前な人は思考停止していることが多いような・・・

>ルールはもはや、「共通価値」と似たような意味をもつときもある。

なんかこういうのは嫌いですね。
  • イミフ さん |
  • 2018/11/08 (00:20) |
  • Edit |
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