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30分で書く
2019/06/08 21:34 | Comments(0) | 思考及び書くこと
今日の一言「30分で書くルーチン更新」「コメント返信は後程!」

前書き

 いやー一週間が終わった。
 早いような、長いような。よく分からない。きっと早いんだろう。
 24時間×7日=168時間。
 168時間といわれても、そんなに長いのか。

 とある友人のブログにおいて、残り時間がどれぐらいか、というサイトが紹介されていたが、すでに削除済みだったので、どういったものだか分らなかった。

 意外に少ない。

 という結論だと思う。
 そうだと思うが、それと、一日をちゃんとしっかり過ごせるかは別だ。

仕事の話:体調が悪かった

 平日帰りが遅いのが問題だ。
 問題だが、職場全体がそもそも遅いので、それに比べたら割と早い方だったりする。
 新しく職場に入ったという状況もあるし、全体をよくみなければ、非常に苦しくなるのは目に見えている。
 だから、直近、ここ数か月は、状況把握のためにも、できるだけ多くを残し、感じる必要があるだろう。

 とにかく、雰囲気よく働くことが大事である。

 うーん、これは、いったい、ちゃんと表現できているのだろうか、否、できていない。

 びしっと、仕事を終わらせて、他者のことも見てやりつつ、必要ない仕事はカットしながら進めていく。

 まぁ、「理想論」的なのは当たり前である。
 まったく役に立たない。

 商品企画とかって仕事って、本当に俺は向いていないだろうと思う(いや、そういう仕事ではないのだが)。
 別にそれ、本当に必要なのか、って思ってしまうし、そもそも、一般大衆が欲しているニーズなんてものに興味がない。

 そういう意味では、今の仕事のほうがあっている。
 あっているが、それでも、本当にやりたいことかというと良くわからない。「よくわからない」とか表現している時点で、「違う」と思っているのだろう。

 俺としては、「文字数カウントツール」とか、何かものを作っているのが本当に楽しい。

 しかしそれは、一般大衆が欲しているというものではなく、「その人」自身が欲しているか、という点である。
 誰かが困っていて、「こういう解決方法がありますよ」ということの提示できるのは楽しい。

 だが、いろんな利害関係者が絡んだうえで、「じゃあ、こういうものを作りますか」というのはつまらない。

 あと、「自分で」作っているのが楽しい。
 厳密にいえば、自分で理解できている範囲で作れると楽しい。完全に理解できている部分をアウトソーシングするのは、「楽しさ」を損なわないと思う。厳密に言っていったら、プログラム言語なんてのも、そもそも、誰かが作ってくれたものだし、このPCという箱だって、中身を完全に分かっているわけではない。なので、この微妙なグレーゾーンも、別に厳密に定義する必要があると思っているわけではない。

体調の話ではなかったのか

 金曜日遅くて、夜更かしすると土曜日がまた昼過ぎに起きてしまい、一日中だるくて何もできなくなるだろうことは分かっていたから、可能な限り早めに寝て、土曜日朝早めに起きたけれども、結局、昼過ぎにどうしようもなく眠い――というかだるくて、頭が痛くて寝てしまって気づくと夕方だった。おうふ。

 一週間が、5時間~6時間ぐらいの睡眠で、半分以上が仕事であると、余裕がない。

 何故そんなに仕事が多いのか。

 やることが厳密ではないからだ。(たぶん、ここまでやっておけば問題ないだろうが、こういうことを考えるとここまでやっておいたほうがいいだろう)

 蓋然性が面倒くさい。
 前任者の通りにやっていたら、先日少し触れたが、まずいことに巻き込まれたりした。結局責任は最終的には取らなければならない。

 まぁそれも、お金的な損害を与えるようなレベルではないから、「あーすいません」ですませられるといえば、られる。

 と、考えたときに、労働時間換算で賃金を考えて、その「あーすいません」で5分で済んだとして、その「あーすいません」が発生しないようなダブルチェックというか、確認はおそらく、1時間以上は要するものである。

 どっちが価値があるか。

 これは、現代思考的には後者、と断定されるだろうが、必ずしもそうではない。
 いや、多くの人は、「いや後者だろう」というだろう。

 だが、「人間関係」という要素と、「評価」という要素を考えたときに、正解とは言えない。

 要するに、信頼感である。

 要するに、評価者の価値観である。


 俺が評価者なら、物事の度合いにもよるが、「あーすいません」でOKにするか、ほかの確認方法を検討するだろう。
 しかし、そうしたチェックが重要と考える人が評価者のときは、前者を選択すべきだ。

からくりサーカス

 面白い話を書きたいなぁぁぁ!!

 一週間生き残って、それで、たいして面白い話もかけないというのは、生きている価値があるのだろうか。

 なんだ、その、「からくりサーカス」のアニメがアマゾンプライムで見れるが、面白いのだが、アマゾンレビューの多くと同じ感想を抱く。
 要するに、原作の重厚さがない、という点だ。

 いや、クオリティは問題ないと思う。
 某けものフレンズ2のような作品も上梓されるこの世の中、よくできた作品だと思う。

 思うが、うーんやはり、尺的に無理があると思う。
 だからといって、数年かけて表現したところで、興行収入があるのかというのもわからんし、手軽に見れないし、そうしたら逆に「尺が長くて飽きる」人も続出するだろうから、難しいと思う。

 だから、僕は、「面白かった」と書くしかない。
 書くしかないが、やっぱり漫画を読むのをお勧めするなぁ、ということになるだろう。

アニメ:サイコパス

 最近話題にあがることもあるから思い出したが、そう考えると、最近みた作品で面白かった、というと、シュタインズ・ゲートは別格として、サイコパスが挙げられると思う。アンゴルモアも、ペルソナ4も面白かったし、Angel Beats! も面白かったが、心ゆさぶられ具合でいくと、サイコパスの方かなぁと思う。

 思うが、まだ足りないんだよなぁ。

 不感症レベルが上がっているのもあると思う。歳をとると、感動しにくくなるのだ。

 エヴァンゲリオンは、高校生ぐらいで見て面白かったが、たぶん今見ると、「面白いんだが……」レベルになるだろう。

------S------
シュタインズ・ゲート、攻殻機動隊

------A------
サイコパス

------B------
ペルソナ4、Angel Beats!、アンゴルモア


 こんな感じになりそうだ。なんか忘れている気もする。見てきた作品も、昔は「オタク」って言われるのが怖いというのもあって、アニメを見てるというのは言いづらかった時代もあったが、まぁほんと、アマプラのおかげで手軽に見れるようになったおかげで、作品数は結構いっていると思うわけだが――逆に、すぐわすれてしまうというのは哀しきかな。

 忘れてしまうというのは、その程度であったと言わざるをえない。

 ああ、ブギーポップだ、最近みたやつだと。まぁまぁ面白かった。しかし「B」かなぁと思う。レクリエイターズも「B」かな。正解するカドも「B」かな……っと、Bは結構いっぱいあると思う。鉄血のオルフェンズも面白かったし。

やっぱりS級が欲しい

 漫画ランキング的には、現時点の推しは、有名どころ過ぎるが、進撃の巨人が面白い。
 しかし、今読んでいるのはそれしかない。
 EDENを描いた遠藤浩輝先生の、元素を使ったバトルものも面白そうだが、巻を家に置くレベルではない。いずれ完結したら、漫画喫茶にいってよみたい。そうそう、狂四郎2030という漫画を、名前だけはずいぶん前から知っていたが、最近1~3巻読んだら面白かったので、続き読みたい。
 あと、シグルイ作者の他の作品も読みたいなと思うところ、だが機会がなかなかなない。
 あと、ラグナクリムゾンという作品も面白そうなので、忘れないようにしたいところ。

仕事の話のほうが面白いのか

 何を書いたら面白いのか。
 最近、音読と、過去記事のヒアリングができていないから、よくないな。

 一日の大半を過ごしている仕事についてをもっと書いた方がいいのかなぁ。

 日誌的なの(提出義務はなし。タスクリストともいう)みれば、まぁ、やったことは分かるけどな。そんなの何も面白くないだろう。

 あ、30分経ってしまった。


(かっこ書きである。10の推し作品があって、それぞれ10分語れるとする。1の惜し作品があって、100分語れるとする。どっちが、他者をひきこめるのか。前者だ。1の作品が、他者の興味にそぐわなければ、100分は地獄だ。10分ずつなら、もしかしたら興味をもてるものがあるかもしれない。しかし、上の考え方は、若い人向けである。年寄りは、1の専門性の方がいい気がする。ただし、生き方のリスクマネジメントとしては大失敗だ。その1が、通用しなくなる時代がくるかもしれない。とりまず、一つ、思い出すべきとは、「苦労」しようがしまいが、それは他者には何も関係ないということだ。苦しんで出した答えが80点でも、楽々思い付きで出した答えが90点なら、90点が採用される。これは比喩であって、膨大な業務の中で、そんな具体的な点数など付けられないわけだが、要は、悩みや苦労はしない方がいいということだ。「若いころの苦労は買ってでもしろ」が胡散臭いと僕がどうしても思うのは、その点である。「買わざるを得ない」とは思う(思ってしまう)。だが、「するべきではない」という理想も同時にあると思うのだ。「若いころの苦労は買ってでもしろ」的な思考は、思考停止であると俺は思う。次善の策レベルでしかない。苦労から逃げまくっている人は、いずれ大失敗するとか、村八分(ハブ)にされるとか、そういったストーリーが大前提にあるし、僕らもそういったインプットをされているわけだが、しなくてもいい苦労をすべきなのか。――というよりも、リソースは限られている。誰しも、「自分」というリソースを使うしかないのだ。その点において、「頑張る」ことは必要不可欠である。であれば、みじめな境遇の人たちは、その「努力」が少なかったから駄目だったのか。そういう問題じゃないと思う。その議論に未来はないと思う。頑張ったところで報われないかもしれないが、現状リソースを活用するにおいては、頑張る以外に方法はないのだ、こういう言い回しをする人は僕は好感をもてる。ふつう、たいはんは、「面倒くさいやつ」と思われがちな人だろう。でも、僕は、好感がもてる。だから、そういうことを考えてしまったり、いってしまう人は、応援するから、頑張ってほしい(と、結局頑張るしかないというトートロジーで取り敢えず時間超過なので終わる。書きたりねえなぁ))

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