忍者ブログ
   
今こそルーティンを復活せよ
2020/03/17 01:26 | Comments(4) | 思考及び書くこと
今日の一言「23時ごろ帰宅」

まえがき

「イド:インヴェイデッド面白い」と記事を書いたところ、早速「見ました!」と反応をいただけた。嬉しいフォイ! あ、あと、「フォイ」もドラコ=マルフォイ氏と知った。

 そうそう、そういえば、「スカイリム」についての話題(アマプラで見れる)も見かけたので、「征服」(1部の方)を見てみた。奪還する前に征服されなきゃいけないだろうということで。

 うーん、そうだな、なんだか、ちょっと「だるい」かなぁ。テンポが微妙である。セレブリティあふれるパーティーのシーンとか、長すぎる気がする。あと、高層ホテルに立てこもるわけだが、立てこもりシーンも長すぎる気がする……というか、ほぼ立てこもって終わった!!

 敵のエイリアン(の、本体なのか、ロボットアーマーなのか)はかっこよかった。
 しかし、巨大宇宙船が、米軍戦闘機のミサイルでふつーに撃墜されて、「やった倒したぜ!」の後に「いや復活してる! やばい、やつらキレてるぜ!」というのは、ギャグなのか……。

 しかしまぁ、その、2部を見るための予習ということで我慢しよう。2部はきっと面白い!!

内容

 タイトルにも書いたけれども、こういうときだから、ちゃんと、ルーティンを復活しよう。
 なんというか、その、気力の低下がしている時期である。

 原因は仕事な気がする。

 モチベーションを高めるのは非常にハードなことだ。そういう、メンバーのモチベーションを維持するのが、マネージャーの役目なんだろうなぁ。ハードだなぁ。

 まぁそれはともかく、ブログ更新を、とにかくしようと思う。

 ただ、一、二行書いて、「はいはい、ルーティンこなしましたよー」というのはやめて、本気で取り組みたい。

 いやその、本気ってなんぞや、とは思うけれども、とにかく、本気(マジ)だ。
 今日も、帰りながら、ブログに何を書こうか考えていた。

 ――浮かばなかった!!

内容2

 そもそも、小見出しも、「内容」とかって、やる気なさすぎでしょ。なめてんの?
 そもそも、そもそもで言うたら、このブログで途中まで連載してた作品も、途中で止まってない? どうなっとんの?

(ワードファイルを探す)

 ――あー、一応、3万字ぐらいは書いていたんだな。
 読んでみる。

 んー。

 ――私では、だめですか?
 潤んだ目でそいつは見つめてきた。いや、実際は、費用がかかるから、涙腺機能はつけなかった。だから、実際に液体がこぼれそうなわけじゃない。
 だが、大きく見開かれて、波打つように揺れる上まぶたは、まさしく泣いているような、悔しそうな、そんな表情だった。
 やめろ。
 人のフリをするな。心があるように振る舞うな。お前は所詮、機械学習の結果、最適な解をえらんで、それを人工の表情筋にのせているだけだ。
 心のうちから激しく奔流する思いに僕はうつむき目を瞑る。
 すると――。
 柔らかな皮膚の感覚が僕の顔を包んだ。37.2℃。少し高めなその体温は、確かに温かかった。
 少し空いた窓から、夜と昼とが入り混じった空気がながれてきていた。
 こんなシーンあったのか。すっかり忘れている(かっこ笑い)。

想定外が起こるから人生なのか

 理想の人間関係とは何だろう。理想のパートナーとは何だろう。
 それを考える前に、自分の理想の人生とは何だろう――それが先だと思う。

 つまり、理想の相手……というのは、自分勝手的な表現になりがちだが、やはり、自分がどういう相手を求めているかという点が重要になると思うのである。

 果たして、現代社会において、「少子化は問題だ」と言われるわけであるが、「精神的充足」(が、得られるかもしれない)といった理由だけで、パートナーを本気で得ようとする動機になるのか、ということはある。


 介護分野で、愛玩ロボットが普及したりしなかったり、と聞いたことがある。
 認知症で頑固じじいで、些細なことでも職員に当たり散らすような入居者がいたとする。
 職員はほとほと手を焼いて、最近流行りの介護用の人型ロボット(アンドロイド)を世話にあてらせる。
 最初は、人対人のコミュニケーションをあきらめてしまったことを、職員は少し罪悪感を覚えていた。もっとよい接し方ができたら、もっとよい関係を気づけていたのではないかと。

 アンドロイドとじじいの関係も、対職員と同じようなものだった。料理が口に合わない、体をふくのが下手糞だ、読んだらすぐこい(しかし特に用もない)といった我儘しほうだい。
 ただ、アンドロイドは、いつも、にこにこと、穏やかに、「あらあら、申し訳ございません。でも、少し我慢してくださいね」「佐藤さん、今日もいい天気ですよ。少し窓をあけてみますか」「佐藤さん、おやすみなさい。今日はゆっくり眠れるといいですね」と、毎日嫌な顔一つせず対応していった。

 ある日。職員は、アンドロイドとじじい(佐藤氏)のやりとりを偶然目にする。
「どうしました、佐藤さん。私に何か御用ですか?」
 じじい(佐藤氏)は、ねめつけるようにアンドロイドをみたあと、少し口元をゆがめて笑って言った。
「おめーは、いつも、にこにこしてんだな。まったく、最初は薄気味悪いやつだと思ったが、おめーを見てると、なんだかイライラするのもばからしくなっちまうよ」

 職員は思った。負けた、と。そして、勝てないなとも。しかし、これでよかったのだとも思った。自分たちが頑固じじいの相手をしていては、頑固じじいの心の変化も引き起こすことができなかったろう。
 アンドロイドには感情はないが、感情が宿るのは、接した相手にではなく、相手から受け取った自己自身であったのだ。アンドロイドにどう感じさせるかではない。アンドロイドをみた人間に、どう感じさせるかが重要であったのだ。

あとがき

(かっこ書きである。脈絡なくてすみまそん!!! いやしかし、なんか、新しい情報か、古い情報であっても、それがこれまでの情報とどのように関連しているのかを明らかにした記事が面白い、という定義のもとに、ふんだんに新しい情報をいれようと頑張った。結果がこれだよ!! まぁいい。ちょっとネタは思いついたようである。そう、「理想とは何か」。理想を抱いて溺死しろ、と言われるかもしれない。しかし、理想は何においても大事だと思う)

拍手[1回]

PR

15分で書くフォイ(効率性について)
2020/03/16 07:54 | Comments(2) | 思考及び書くこと
今日の一言「フォイがなんか気に入った」

まえがき

「ふぉい」とは何なのか。実は知らない。元ネタがあるのかも知らない。ハリーポッターのマルフォイ氏のことだろうか。分からない。だが、森羅万象すべてのことを知ることが、必ずしも重要ではないだろう。

 15分で書く。何を書くかは、まだ決めていない。

内容

 毎日書く、という目標が、今年の目標だった気がする。「今年の目標」という概念が、すっかり頭から消えている。取り急ぎ、ビジネススキルというか、自己啓発的な目標は新たに立てていて、4月から3か月以内に達成する予定である。その準備は少しずつ進めているので、「何もしていない」というわけではない。
 ただ、仕事以外有意義な何かをしているかというと、よく分からない。年齢的に、嫁探しをした方がよいのだろうかという気もしなくもない。まったくやる気が出ない。

 先日、VBAで、CreateObject関数を使った実行時バインディングと、遅延バインディングの違いについて、ようやく「理解」した。この、「知っている」状態と、「理解した」という状態の違いが、僕は結構大きいと思っている。なんとなく、「日本語の意味は分かるのだけれども、理解していないなぁ」という事象が世の中には多いと思う。僕はそういうのが気持ち悪いから、できるだけ理解したいと思う、ただ、すべてそれをするのは非常に難しい。
 相対性理論も、イベントホライズンも、「超なんとなく」知っているけれども、「理解した」気分にはなれない。ただ、光速度が不変なんだな、ということと、時空は歪む(時間すらも相対的である)ということと、エネルギーとは質量と速度で表せるものなのだな、ということは「知っている」。
 光速で動くと、時間の進みが遅くなるというのも、不思議なことだなぁと思う。長さも縮むようだ。これはもっとよく分かっていない。

知識の多寡

 つめこみ教育の弊害、ということが、叫ばれるようになって、ゆとり教育が叫ばれて、やっぱりゆとり教育の弊害と叫ばれて、今に至る、という状況だと思っている。何年何月からどうこう、という年号は全然覚えていない。

 ただ、政治の世界でも教育の世界でも、極端はよくない、という歴史だと思う。

 そういった界隈がどうこう、はあまり興味はないが、ただ、物事の理解について、「知識」は必要になるとは思う。
 いくら、「考える力」が大事だとはいえ、それを考えるための知識は必要だろう。

 そういう意味で、学びを放棄したときに、人の成長も止まるといってよいだろう。

 だがすぐさま書いておかなければいけないのは、「成長」が必要なのか、という点である。いや必要だろう。いくら肉体労働だけしていればよいとしても、その体は鍛えられて強くなっていったほうが「効率的」になるだろうし、例を挙げるのに暇はないだろう。

効率性について

 だが、「効率的」が必ず必要なのか。

 効率化、ということについては、どんな界隈でも、そう――例えば子育てといった、効率とは無縁なところでさえも、「不要だ」という論調にはなりにくい気がする。表立って効率的に子供を育てよう、という人はいないかもしれない。しかし、より効率的に優秀な子供が育てられるメソッド(方法)があれば、そっちに飛びつくことだろう。我が子のため、に。

 サピエンス全史をもう一度読み返すかな。
 農耕を発明した人類は、果たして幸せになったのか。
 コンピュータを発明した人類は、果たして幸せになったのか。

 いや、僕自身は、インターネットは、素晴らしい発明だと思うけれどもね。だってそうでもないと、こんな風に、「よくわからないうっくつしたぐちともなきごとともいえる」ことを徒然に書くことすらできなかったろうし。

あとがき

(かっこ書きである。15分制限のところを、20分ぐらい書いてしまった。そのためかっこ書きはなし)




拍手[1回]


イドというアニメが面白い
2020/03/14 23:35 | Comments(2) | 思考及び書くこと
今日の一言「東京では雪が降った」

まえがき

 エアコンを付けていても何となく寒いな、と思っていたら、外では雪が降っていた。
 雪国で暮らしていれば、冬に雪が降るというのは何の珍しいことでもないのだろうが、普段降らない、降ったとしても1年に数度といった場所で暮らしていると、珍しさにどこか心躍るものを感じる。

 さて、毎日更新するということが最近できなくなっている。拍手コメントもらって嬉しいフォイ!! ――しかし、面白くない記事を毎日書いても仕方がない。何が面白くて、何が面白くないかは、自分でも分からないのであるが、何か、「新しい情報」があるかどうかがポイントだと思う。もう一つは、新しい情報でなくても、それが、過去のどの情報と関連するか、ということが明白である場合は、面白いと思う。

 今日は、「イド:インヴェイデッド」というアマゾンプライムで見られる(現在10話)作品について書いていこうと思う。

タイトルの意味

 イド、とは、フロイトの理論である。イド・エゴ・スーパーエゴに、僕らは無意識下に規定されているのだという。
 エゴ、は自我であり、自分で意識的な部分であるが、イド(エス)は、無意識の領域である。リビドー(性的欲求)に突き動かされている部分である。深層心理。
 スーパーエゴは、理性であり、親や環境などの教育によって形作られる。イドと、スーパーエゴによって自我(エゴ)はバランスを取っているのである。

 インヴェイデッドとは、「侵入した」という英語だと思われる。つまり、イドに侵入する物語だ。

オープニング

 ちなみに僕は、何の前情報もなく、見始めた。アマプラに記載される「あらすじ」さえもみなかった。ただ見始めた。

 ある若めの男がベッドで目覚めると、身体がバラバラにされていた。

 死。終了。

 とはならず、バラバラながらも、意識を保っていられることにやがて気づく。
 そして、バラバラになった身体をかき集めて、自分がこの世界で何をすべきなのかを思い出す。

 そして、徐々に、そのバラバラの世界が何なのか、そもそも何故その世界に自分がいるのかといったことが明かされていく。

ネタバレを書かないとしたとき

 やばい、つい、がんがんネタバレを書きそうになっていた。とりあえず、今、10話まで見ることができるが、全部見た時点の感想として、「面白い」。

 最近で一番面白い気がする。――といっても、最近みた作品って何かあったっけ。あったけれども、途中でやめたものが結構多い気がする。久々に、これは最後まで見させて欲しいと強く思う作品だ。

 ああ、思い出した、フェイトグランドオーダーのアニメもあった。スマホゲーム派生の作品だ。スマホゲームはやったことがない。ただ、フェイトシリーズは、ステイナイトとゼロを見たことがある。ステイナイトはゲームもやったことがある、という状態の自分としては、「面白くなかった」(3話までしか見ていないが……)。

 いや、ゲームは面白いのかもしれない。それに、映像はピカイチにきれいで、よく動いていた。ヒロインの女の子もエロ……いやごほんごほん。
 
 だが、きれいなのと、面白いかは別問題である。めっちゃくちゃ綺麗で美しい文章が奏でられる小説があったとしても、物語として面白くなければ楽しめない。



 ああ、あと、マギアレコードも、途中まで見た。これは、まぁ、まぁ面白い、かもしれない。いずれ、最後まで見る気がする。ただ、優先度は低い。暇なとき、気持ちが向いたら見るか、的な。
 イド:インヴェイデッドは、もう、最新話配信されたらすぐみたい! といった感じだ。
 まぁ、さらに「見たい」「期待」「面白い」が高まった作品は、「もったいな過ぎてみれない」といった状態になることもある。シュタインズゲートがそんな感じだった気がする。

何が面白いか

 何が面白いか、というのを書くのは難しいことに思われる。
 ただ、オムニバス形式で、事件や問題を一つずつ解決していきながら、その裏で発生している大きな問題の核心に迫っていく、という王道といえば王道なストーリーが、明確に表現されていることだろうと思う。
 その裏で発生している問題、というのも、割と序盤のうちから分かりやすい伏線がはられる。物語自体は、フロイトの「イド」といった概念を持ち出したり、中々制約が多い機器・装置を使ったりするので、分かりやすいわけではない。オープニングの「バラバラ」のシーンなど、完全にチンプンカンプンだった。あれが続いたら、1話みずにして諦めていたかもしれない。
 それでも、物語の方向性は分かりやすく描かれているので、飽きずに続きを期待できるようになっているのだ。

 人物も、めちゃくちゃたくさん出てきて、名前を覚えるのが大変――いや、ほとんど覚えられていないぐらいだが、しかし、これは小説と違ってアニメの特権だろうが、名前を憶えられていなくても、なんか雰囲気で行けるようになっている。

あとがき

(かっこ書きである。面白さを、全然表現できなかった気がする。ただ、僕自身が面白いと思ったということは伝わる記事になった気はする。何故面白いかは全然分からない気がする(笑)。ただ、最新話だったかな、主人公が、過去の回想(厳密には回想とは違う――これ自体がネタバレになる)をするシーンで、泣きそうになった。いやーなんだろ、「くさい」シーンである。分かりきった、よく使われる構成だし、シーンだし、流れ出し、実際俺の予想した通りに事は進んだわけだけれども、それでも、泣きそう、いや泣いたのかもしれない。感動を作り出すには、「流れ」が必要なのだとあらためて思った。けもフレ2の記事をある方が書かれていたが、ラストのこれまで登場したみんなが集合して敵と戦うという、ある意味王道シーンも、それまでの蓄積がなさすぎて、感動に至れなかったとのことである。物語は、本当に、単発のシーンで成り立っているのではなく、大きな流れなのだということが良く分かる、感じられる。さてこの「イド」のアニメは、何クール(12話なのか、24話なのか)なのだろうか。分からないが、10話で、かなり最高潮の盛り上がりをみせたのではないかと思う。12話で終わりなのだとしたら、こっから一気にクライマックスにもっていくことになるが、果たして)



拍手[1回]


アーティフィシャル・インテリジェンス
2020/03/12 00:37 | Comments(0) | 思考及び書くこと
今日の一言「21:00頃帰宅」

まえがき

 完璧な監視社会――ディストピアは、人類にとって不幸なのか。
 日本国憲法は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3つの要素を、人類普遍の原理として考えている。

 中国で新型コロナ対応が早かったのは、早々にマスク購入などに実名登録が必要など、強力な管理があったからだと言われる。緊急事態においては、衆愚政治よりは専制政治の方がましというのもある。

 衆愚政治に陥らないためには何が必要なのか。

三権分立

 国会の運営自体が、果たして適切なのか、ということは、昨今のマスコミ報道などからして、国民としては疑問に思うことがあると思う。しかし、現状としても、割と頑張っているのだと思う。
 批判するのは簡単だが、じゃあ、どうすればよいか、というのは難しい問題であったりする。

 それはおいておいて、機械が、司法の分野を補助するというのはアリではないか。A.I.導入。
 もちろん、裁判は、明文化された法律――所詮は文書をもとに解釈することになり、森羅万象人間社会の様々な事象について記載されているわけではない。人間の判断がどうしても必要だ、という考えも必要だろう。

 ただし、その諸元――様々な事象の要件の入力は人の手でやるとして、その入力結果の判定を、AIに補助させるというのはありではないか。すべての法律、すべての判例、裁判例を入力することだって可能だろう。その莫大なインプットは、いくら東大卒エリートの記憶力をもっても、かなうものではないはずだ。
 AIの判定は、ブラックボックスになりがちだというが、その判定プロセスも明らかにするようなことも研究されているという。十分に可能であると思われる。

 行政は、どうか。これは、身近な引っ越しなどにかかる手続きなど。そもそも全部オンラインでできるようにできないのだろうか。本人確認が難しそうである。しかし、顔認証という技術もある。人間の目視と、顔認証リーダの認証が、どちらが信用に足るものか。

アーティフィシャル・インテリジェンスの浸透

 そうして、AIは至る所で浸透していくとする。
 シンギュラリティとは、技術特異点として、人間より機械の方が頭がよくなってしまうという点のことだけれども、そこまでいかなくても、「人間が、機械の判断のほうが正しいと思うようになる」という現象は先に起こりえると思う。

 例えば、電卓で計算したものよりも、エクセルに入力したものの方が確からしかろう。そろばん?? 言うに及ばずである。

 単純な計算ならそりゃそうだ。でも、人間と機械は「考える力」が全然違うだろう――という意見はもっともだ。しかし、リーディングスキルが実はAIより劣っている人がいたりするのである。なんかそんな数年前流行った本があったと思う。

 ということで、みんな、最終的な判断は、機械(AI)に求めるようになっていった――(仮定)。


 衆議院と参議院で、それぞれ数百名の議員がいるし、全国の地方議会でも大勢の議員がいるだろう。そして、あーだこーだ議論を白熱させるのだ。
 ただ、今はもう違う。
 それぞれの党派、議員たちは、法案をつくる勉強が絶対に必要になる。
 コネや根回しなんかよりも、その提出した法案の妥当性を判断するのは、AIなのだ。

 よい法案であれば、それが与党のものだろうが野党のものだろうが関係なく通過する。
 選挙活動自体のスリム化が図られたのだ。

 とはいえ、国民主権という人類普遍の原理が壊れたわけではない。何か問題に直面した時、その問題点を整理するのが議員の仕事だ。議員は、党派という集団ではなく、それぞれの問題――経済や、社会保障、外交、防衛――に特化した集団(専門委員会(仮称))に挙げる。専門委員会が、正規の手続きをもって、AI国会に諮るのである。

運用の問題

 しかしこれによって、しがらみや利権問題がすべて解決したわけではない。
 そもそも、AIの運用をする機関が必要だ。AIが「正しい」と判定するための情報を、適切に設定させなければいけない。何を正しいとして設定されているかは、広く公表されている(ただし、国家機密レベルの、外交防衛に影響のあるものは除く)。

 高度な専門知識を必要とする司法AI、立法AIの運用については、政府公認の民間事業団体が実施する。国家とは機関として異なるが、密接に関係する中央銀行と国との関係のようなものだ。

世界規模の普及

 このAI国家は、社会保障、経済その他あらゆる面で成果を数値として表し、世界規模で広まっていった。
 しかし、一部世界の地域では、AI普及を認めない「原理主義集団」が、局所的に紛争の火種となっていた。

 5G、6Gを経て爆速となった通信回線網によって、リモート技術の発展はめまぐるしく、人口減少による国力低下を補ってあまりあるほど、AI・ロボットを含めた生産(人工)人口は、漸増を続けている。

 防衛面でもリモート技術は優位に立った。遠隔機動部隊は、ドローンと人型装甲体によって、人的被害を格段に抑えたうえでゲリラを圧倒していった。戦争による被害は、人類史に類を見ないほど減少することができたのだ。

あとがき

(かっこ書きである。――という御話だったとさ、という記事になった。ただ、まんざらでもなく、割と、設定としては好きだ。こういうお話し書きたい、読みたい。ただ、物語は、ストーリーの構成と、人物がなければならない。コンセプトとしては、「もし、AIが立法司法行政あらゆる面で浸透して人の判断の価値が相対的に低下したら」というものになる。もちろん、ベーシックインカムも普及している。基本、働かなくても、安全安心に生活することは可能である。しかし、高度な技術を維持運用するために、エリートは必要だ。教育を受けさせる義務は国民にあって、その教育において有能さが見いだされたものは、半ば強制的にAI政府の仕事に携わることになる。それは、高度な社会に対する奴隷制の復活ではないか。ある日疑問を抱きそれが膨らんでいった主人公に、ヒューマン型支援インタフェース(ガイノイド)のサリンジャーは、現システムを変革可能とするとある秘密の存在を明かす……)

拍手[1回]


ため息が出てしまう
2020/03/10 23:28 | Comments(0) | 思考及び書くこと
今日の一言「22:55頃帰宅」

まえがき

 今日は、精神的に忙しくて疲れた。
 不利な立場での交渉は面倒くさい。
 それでいて、それが何かプラスになるというわけではない。プラスというのは、評価という意味において。かといって、評価されたからといって、モチベーションがあがるわけでもない。

愚痴を言っても始まらない

 暗澹たる気分である。
 モチベーション上がらないなぁ。なんかもっと楽しい仕事があるのだろうか。ある、かもしれない。しかし、もっと大変な仕事もあるだろう。
 とかく、人の世は面倒である。

 こんなときは、頭を空っぽにしてゲームして、風呂に入って、寝たい。

 が、更新はしよう。
 何か、ネタはないか。

 ええと、株価が大暴落している。含み損が大きくなっている。悲しい。まぁでも、そういうこともあるのが株である。逆に買い時かもしれない。

抵当権について

 特に、脈絡はないが、何も内容が無いのはつまらないので、一つ、ネタを書く。
 抵当権について。
 抵当権とは、担保のことである。担保というのは、借金の肩代わりになるものである。借金と引き換えにすぐさま引き渡されるものではないが、もしものときは、もっていかれるものである。

 正しく書けば、抵当権とは、担保(もしものときの借金の返済に使われるもの)を得る権利のことである。

 そして、民法では、土地と建物の関係において、「法定地上権」という考え方がある。
 土地に抵当権が設定されていたとしても、土地と建物が同一の所有者であるなどの要件が満たされていれば、認められる権利のことである。
 この法定地上権が認められると、土地が借金の担保として競売にかけられたとしても、建物を所有する人はすぐさま立ち退く必要はなくなる、ということだ。

 へー。
 ということは、借金の肩代わりに土地の抵当権をあげるよ! と言われても、軽々に喜ぶべきではない、ということだ。民法第388条のことだ。民法第388条には法定地上権のほか、その場合の地代は請求できる、とあるが……しかし、そもそも借金のある人に対して有効に請求できるのか、その辺りは不思議。

あとがき

(かっこ書きである。債権と債務という言葉もある。あまり理解していない。いい大人が恥ずかしい。債権は、僕も買っている(という言い方が正しいのかわからん)ので、お金を返してもらえる権利である。債務は、お金を返す義務のことだ。しかし、債務名義というと、債権者の権利を公的機関が証明した書類のことである。――と書くと違和感がない気がするが、なんだか最初は違和感があった。「債権名義」となぜ言わないのか、と思ったような気がする。「債務」の内容が書いてある名義(書類)なのだから、債務名義という、ことだということで、覚えようかと思う。ちなみに、なんだか仕事の愚痴からの流れで書いているから、仕事の内容とか、借金が発生したとか、そういうのは全く関係ない。ただ、借金という意味では、株の含み損は……)

拍手[1回]



<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]
アクセスランキング