今日の一言「前回は3月25日」
忙しかったから書けなかったというよりは、精神的リソース――なんか、中二病的な表現だが、気持ち的に余裕がなかった、というだけである。
しかし、気持ち的、というたら、このブログの優先度は、生活の中でも高い方だったのでは、という気もする。睡眠よりも高いぐらいに設定したのでは。しかし、睡眠には勝てないことは、もう何十年の経験で分かっている。
とにかく、毎日終電のときも書いていたときもあったから、ブログを書けないことの理由など、何もないのである。
――反省。
反省とは、何か。やるべきことを為せなかったときに、その原因を考えることなのか。責任とは、自由の中での制約である。どうやって行動するかは、選択肢があるが、その自分の選択がもたらしたこと、結果に対して引き受けることが責任である。
誰かのせいにばかりする人は、責任を果たしているとはいえない。
しかし、反省とは何か。どうしたら、反省になるのか。
時間とめられない。高速で移動するものとそれを観測するものとで、相対的な時間は変化するが(高速で移動するものの時間は相対的に遅い)、過ぎ去ったことは戻らない。
ブログを書けなかったことを反省するとは、どうすればいいのか。
ブログの機能で、過去の時間に投稿したことにして、その、一週間分ぐらいをまとめて書けばいいのか。
できない。
それは意味のあることではない。
時間の流れの中で、過ぎ去ったことは、もう戻らないのだ。
だからこそブログが大事なのだ。一週間前の記事は、もう、二度と、一生、どうやったって、書くことはできないのだ。
永遠に、失われてしまったもの――果たして、生み出されもしなかったものが、失われたものというのかは分からないが、とにかく、もう見ることはできないのである。
えっと、未来の自分等にメモしておけば、仕事環境が変わったり、年度変わりで業務がたて込んだりと、仕事面が強いと思う。
昨年度よりは大きくないとはいえ、結構変わった。たぶん、やることも変わるだろう。覚えることも新しくいろいろ出てくるだろう。
そういう結果、メンタル的に、ブログを書くことを後回しにしてしまった、ということなんだと思う。――「なんだと思う」なんて、責任を果たしていない書き方である。すんません、何の成果もあげられませんでしたああああ!!!(進撃の巨人前々団長風に)
と、このまま終わると、まえがきよりも本編が短い記事になってしまうので、何か書かねばならない。しかし、一週間以上もたってしまうと、何も書けなくなるものである。
うーむ、なんか、書こうと思ってたこと、あった気がするのであるが。
本読むとな、いろいろ書きたいこと浮かんでくるんだけど、最近全然読めてないなぁ。「火星の人」も、半分ぐらいで止まってしまっている気がする。あれ、面白い作品だったなぁ、ただ、また読み始めると、いろいろ忘れているんだろうなぁ。
ああ、一つ思い出した。
イド:インヴェイデッドを、アマプラで最後までみた。
面白かった。
けれども、後半、11話以降の進展が早すぎて、ついていけなかった。
なんか、黒幕さんがついに判明するのだが、黒幕氏も、「私は私の正義を追求しているのですよ」とか仰られていたが、全然ぴんとこなかった。あと、割と重要な登場人物の一人が、イドの世界で亡くなってしまうが、その人は現実でも死んでしまったらしい。何故か。そうしたら、その人以外の大勢も亡くなったということか。それが昏睡して目が覚めなかった人たち、ということか、それを公安は世間には秘匿しているということだが、イドの世界で死んだ人たちは大勢だったのに、秘匿なんて可能なのか。
まぁでも、面白かったと思う。
最近みた作品の中ではトップクラスかな。
じゃあお前、最近見た作品ってなんかあったのか、と言われると、――わからん。ゾンビランドサガは割と面白かったけど、それみたのって、もう1年前ぐらいじゃなかろうか。――え、まじか。早いな時間すぎるの。ちょっと気になって、自分のブログを検索する。2018年12月ぐらいからだそうだ。うひゃああ、まじ、1年前じゃないか。俺、割と最近な気もしていたぞ。
人生、長いようで短いな。
寝ている場合じゃない――が、しかし、睡眠に勝ることは、何もないのである。寝なきゃ死ぬ。寝すぎても(早く)死ぬみたいだが。(要出展)
あれだ、どういう作品みたか、映画でも、本でも、できるだけ書いておいたほうがいい気がする。なんか、それがどう役に立つかわからないけど。
まえがき
年度が変わってから、なんと、初めての記事だったのか。忙しかったから書けなかったというよりは、精神的リソース――なんか、中二病的な表現だが、気持ち的に余裕がなかった、というだけである。
しかし、気持ち的、というたら、このブログの優先度は、生活の中でも高い方だったのでは、という気もする。睡眠よりも高いぐらいに設定したのでは。しかし、睡眠には勝てないことは、もう何十年の経験で分かっている。
とにかく、毎日終電のときも書いていたときもあったから、ブログを書けないことの理由など、何もないのである。
――反省。
反省とは、何か。やるべきことを為せなかったときに、その原因を考えることなのか。責任とは、自由の中での制約である。どうやって行動するかは、選択肢があるが、その自分の選択がもたらしたこと、結果に対して引き受けることが責任である。
誰かのせいにばかりする人は、責任を果たしているとはいえない。
しかし、反省とは何か。どうしたら、反省になるのか。
時間とめられない。高速で移動するものとそれを観測するものとで、相対的な時間は変化するが(高速で移動するものの時間は相対的に遅い)、過ぎ去ったことは戻らない。
ブログを書けなかったことを反省するとは、どうすればいいのか。
ブログの機能で、過去の時間に投稿したことにして、その、一週間分ぐらいをまとめて書けばいいのか。
できない。
それは意味のあることではない。
時間の流れの中で、過ぎ去ったことは、もう戻らないのだ。
だからこそブログが大事なのだ。一週間前の記事は、もう、二度と、一生、どうやったって、書くことはできないのだ。
永遠に、失われてしまったもの――果たして、生み出されもしなかったものが、失われたものというのかは分からないが、とにかく、もう見ることはできないのである。
イド:本編なるものも特にない
――という前書きだったとさ。えっと、未来の自分等にメモしておけば、仕事環境が変わったり、年度変わりで業務がたて込んだりと、仕事面が強いと思う。
昨年度よりは大きくないとはいえ、結構変わった。たぶん、やることも変わるだろう。覚えることも新しくいろいろ出てくるだろう。
そういう結果、メンタル的に、ブログを書くことを後回しにしてしまった、ということなんだと思う。――「なんだと思う」なんて、責任を果たしていない書き方である。すんません、何の成果もあげられませんでしたああああ!!!(進撃の巨人前々団長風に)
と、このまま終わると、まえがきよりも本編が短い記事になってしまうので、何か書かねばならない。しかし、一週間以上もたってしまうと、何も書けなくなるものである。
うーむ、なんか、書こうと思ってたこと、あった気がするのであるが。
本読むとな、いろいろ書きたいこと浮かんでくるんだけど、最近全然読めてないなぁ。「火星の人」も、半分ぐらいで止まってしまっている気がする。あれ、面白い作品だったなぁ、ただ、また読み始めると、いろいろ忘れているんだろうなぁ。
ああ、一つ思い出した。
イド:インヴェイデッドを、アマプラで最後までみた。
面白かった。
けれども、後半、11話以降の進展が早すぎて、ついていけなかった。
なんか、黒幕さんがついに判明するのだが、黒幕氏も、「私は私の正義を追求しているのですよ」とか仰られていたが、全然ぴんとこなかった。あと、割と重要な登場人物の一人が、イドの世界で亡くなってしまうが、その人は現実でも死んでしまったらしい。何故か。そうしたら、その人以外の大勢も亡くなったということか。それが昏睡して目が覚めなかった人たち、ということか、それを公安は世間には秘匿しているということだが、イドの世界で死んだ人たちは大勢だったのに、秘匿なんて可能なのか。
まぁでも、面白かったと思う。
最近みた作品の中ではトップクラスかな。
じゃあお前、最近見た作品ってなんかあったのか、と言われると、――わからん。ゾンビランドサガは割と面白かったけど、それみたのって、もう1年前ぐらいじゃなかろうか。――え、まじか。早いな時間すぎるの。ちょっと気になって、自分のブログを検索する。2018年12月ぐらいからだそうだ。うひゃああ、まじ、1年前じゃないか。俺、割と最近な気もしていたぞ。
人生、長いようで短いな。
寝ている場合じゃない――が、しかし、睡眠に勝ることは、何もないのである。寝なきゃ死ぬ。寝すぎても(早く)死ぬみたいだが。(要出展)
あれだ、どういう作品みたか、映画でも、本でも、できるだけ書いておいたほうがいい気がする。なんか、それがどう役に立つかわからないけど。
あとがき
(かっこ書きである。はぁ……。なんか、年々求められるものがハードになっている気もする。後輩の指導とかいったって、全然違う部署で全然違う仕事したときに、指導って、指導どころか教えて頂かないと分からないでしょう。まぁ経営は、どんな分野でも成り立つようだが、次元が違う話をしても仕方がないか。そうなると、簿記とか、法律読むとか、そこら辺のスキルがある程度普遍性があるといえばある。簿記受験してみようかなぁ。まぁ、試験が昨今のパンデミックで行われるか分からないが。まぁでも、簿記を受けるとして、――簿記試験次は6月らしい、それの勉強状況を書くとすれば、こんな、一週間も書けないとかふざけた状況は起こらない気がする。割と反省している。まぁ、前科としては、3年? 5年? ぐらい行方をくらましたことがあった気がするので、一週間ぐらいたいしたことな――いやいや、そういう問題じゃない。――いや、そうじゃない。スキルというよりも、コミュニケーション的なものを要求されているのだろう。俺が苦手なやつである。いや、できるよ。できる。やろうと思えば。ただ、ものすごいストレスだし、難しい調整を成し遂げて、それをなんか、「やり遂げた!」的に思えない。「ああ、よかった無事に終わった」ぐらいである。全然やりがいを覚えない。それより、何か作ったり生み出したら使ってもらったり説明したりする方がよっぽど楽しい。いやだから何度も書いている気もするけれども、リーダーが、その成果物のイメージをもって、それを作るために実際に作る作業はメンバーにお願いする、というのは、やりがいがあると思う。アニメの監督のような仕事。蟲師のDVDの特典映像で、メイキングのインタビューとか収録されていたのをみたことがあるが、撮影(動画にする人)とか作画とか音楽とか、様々な要素でアニメは成り立っている。いろんなプロフェッショナルたちの集大成が、25分そこらの作品として届けられるのだ。それを取り仕切って、方向性を見定めて、一つの作品にする仕事が監督なのだ。それはすごくやりがいがある仕事だと思う。いっぽうで、知らない部署にいって、何やってるかもわからない=要は、「完成品」が分からないで、そのリーダーをやるって、面白くないと思う。いやその、「完成品」を裁量をもって決められるならまだいいのだろうが、「完成品」自体は決まっていて、その完成品を完璧にしあげるだけ――そして、仕上げることが「当たり前」であって、特に新たに評価されるわけでもない――となれば、モチベーションになるのは、「金」(給料)ぐらいなもんだろうと思う。そういう仕事に、リーダーって必要なのか。……必要だと思う。「手順」「プロセス」を守る人がいなければならない。あーえーあー、面白くないことを書き始めた。強制終了する)PR