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ログと禁欲と充実感
2005/11/30 02:06 | Comments(0) | イライラ対処
2:06
 こんにち、いや、こんばんは。メモリが届いたのはよかったものの、規格が違って結局無駄に終わってしまったアホまるだしな僕です。
 ホンとショックだった。鍵をなくしたのと同じくらいショックだった。しかもその後、ガムのびんをぶちまけるし、ほんと最近ついてないな、と思う。
 バイトも決まった。てか、新しいPC買おうかなとも思うけど、やっぱりクリスマス作戦を実行しようとも思う。
 てかね。やっぱりちゃんと寝るべきなんですよ、何があっても。どんなに勉強していても。だったら、朝起きてやればいいんですよ。睡眠時間の調整はそこでやればいいんですよ。なんで、こんな夜遅くまで……というか、実習的授業やれば生活潰れるんだろうし、あんまり意味ないんじゃない?
 規則正しい生活というよりは、どんな状況にも対応できる生活、のほうが、社会人としてはマシなんじゃないのかな。と勝手に思ったり思わなかったり。てか俺も寂しい人間だよ。
 いや、ほんと、こんな時間まで起きているといろいろいやなことばっか考えちゃう。
 そうそう、昨日、結局書けなかった夢の話でもしようか? といってもほとんど忘れてしまってるんだよね。やっぱりすぐメモらないとだめだ。あれ、でもどうしてメモろうと思ったんだろう。結構いい夢だったのかな。まぁいいや。
 もう、ほんと死にたい。マジで。だってもう、ホンと繰り返しなんだもん。というか、俺の心が弱すぎるんだよね。ホンと。少し何かいやなことがあるだけでも、それを引きずってしまって、しかもそれを蓄積してしまう。ゲームやってるときはそれらを忘れていられるんだけど、それも終わったらすぐにぶりかえしてくるし、しかも、「またゲームやっちゃった」という罪悪感まで+αで引きずってしまう。
 こんなことが繰り返されるなら、もうホンと死んでしまった方が楽なんじゃないかと思う。
 せっかく、大学というところに、しかもそれなりのところに進学できて、お金にも不自由なく、時間的にも余裕をもって……もうホンといやだ。
 何がいやなのかも分からない。
 いや、分かる。最近、上手く生活しようとするけれども、どうしても上手く生活できないんだ。
 勉強しなきゃと思うけれど、できなくて、それで苦しんでいるんだ。
 
 死ねばいいのに。
 てかね。俺が気に障ることなんて、全然たいしたことないんだよ。てか、自分の考えの押し付けであってね、ほんと、教育的にもよくない。やっぱり、人格的にも優れていないとだめなんだけど、はぁ……俺ってだめな奴だよね~。
 死ねば……楽なのかも分からないんだけどね。
 でも俺って、死にたくないって、あんまり思わないジャン。別にいつ死んでもいいかな~ってさ、そう思ってさ。俺って、ホンと馬鹿だよな。
 どうして、笑顔でいきられないんだろう……
 てか、お前が一人でいることを好むしぐさをみせるからではないのか?
 もっと他人と積極的にかかわって、一緒に遊んだりするのを、お前はほんとうは望んでいるのではないのか?
 ――いや、それはないだろう。やっぱり、現実世界の人間どもは、俺の考えと違う部分が多くて、しかも社会というのは、建前なしには成り立たないものであって、成り立たないということは、自分を押し殺さなければいけないということであって、結局、はぁ……。ってことなんです。
 忙しいとかさ、お前、死ねよ。あーほんと、し……でもね、あんた、死ぬってことが、どういうことか分からないでしょ? 実際、本当にじごくがあるのかもしれないしさ、今よりもっと苦しいかもしれないんだよ?
 お前が本当にしたいのは、死にたいことじゃなくて、楽したい、でしょう。
 でも、いろいろ、授業とかあったりして、簡単には楽できないから、それで悩んでいるんでしょう。でもさ、実際死ぬことよりも先に、楽することはできるじゃないか。
 確かに、自殺(てか死ぬこと)は、現在直面していることから逃避することができる一つの手段だろう。けれどもしかし(二重の使用)、何も死ぬことを選ばなくても、問題から逃避することは可能なはずだ。可能な、はずだ。
 いや、でも自殺する人たちって言うのは、その可能がないんだろう。
 てか、マジで死ぬのは問題ないけれど、死ぬより大変な問題に直面することが多くある。それをどうやって乗り越えるかがキーとなる、と思う。
 なんかさ、大変なことがあると、すぐ死にたいって思うけど、それって間違っていると思うよ。うーん、てか、なんだろう、心が弱くなってきているのかもしれない。これはゲームのやりすぎ、う~ん、ゲームというよりは、好きなことをし過ぎなのかもしれない。
 もっと自分を制御することが必要なのではないか。自分を制御……難しいけど、てか、もっと厳しい状況に身を投じた方がいいんじゃないだろうか。
 高校時代、特に受験期を思い出してごらんよ。
 どうだった? つらかったでしょ。てか、まてよ、本当に死にたいって思ってたけどな。そだな。せっかくだからノート見てみようか。
 うん。やっぱりログって、すごいと思う。自分の字で書いていることにも、やっぱり意義があるのかなぁ……。
 とりあえず、明日も、7:00起きは、確実に! 絶対!!!! やるからなあ!!!!!!!!!!!!!!
 とか、そんなノリである。

 うん。
 頑張ろうか。ということで。とりあえずお休みだ。
8:25
 あーもう、こんな時間か。
 今日の数時間前に引っ張り出してきたlogノート。やたら頑張れ頑張れって書いてるね。
 うん、てか、今の俺が書いていることと、内容はほとんど同じように思える。ただ、あの頃は、テストとか、大学とか、いろいろ目標、みたいなのがあって、それに強制されるように俺は生きていた。
 うん、あの頃に比べたら、今の生活はかなり楽だと思う。てか、優等生も楽じゃないんですね、それを維持しなければいけないのできついんですね、ということが分かった。www
 そうだよw 俺はあの頃、もっと成績が良かったら好循環の波に乗れると信じて疑わなかったが、結局その人しだいなんだな。俺は結局、その俺にあった程度しか何もできないというわけだ。w
 頑張れ、頑張れって言葉に意味はないんだな。
 てか、俺の財産ってアレだろ?w
 いろんな知識とかよりも、よほど貴重な財産だ。うん、logはつけてきて、本当によかった。最初のうちは日記って名前だったんだけど、英語にしたらちょっとかっこいい系に思えるのは、やっぱり俺が馬鹿だからだよねw
 てかね。
 自分を貶せるようになったのは、ホンと最近のことだと思っていたけど、一年ちょっと前、つまり、高校二年生の最後あたりには、もう僕はそれを得はじめていたんだね。相当怒ってたもんw ばか、ばかってw 「俺はがっかりだよ」ともいっていた。
 自分に貶されるって、随分だよね。まぁ、人に貶されるよりもまし、かな。
 実際どうよ。高校のときに“俺”が家庭教師にきたりしたら。
 てか、今の俺なら、あの頃の俺にどうやってアドヴァイズしてやるよ?
「あんまり、自分を追い込むな」
 かな。
 ムリなことはする必要はない。難しいことはやる必要はない。まず、基礎の確立を徹底するんだ。
 もし、あの頃の俺が、「え~そんなことしてたら間に合わないよ」なんていったら、「じゃあ、君は基礎と応用の、どっちが大切だと思うの?」ときく。あの頃の俺でも、基礎が大切なのは分かっているはずだ。「だったら、君は、その基礎が完璧だと、絶対自信をもっていえるのかい?」多分いえないよね。
 だったら。英語だったら、文法や、単語。数学は、今までの復習。応用問題もそうだけど、主に計算を主に。
 あと、勉強はまとめてやってもしょうがない。それに、いくら高校生といっても、5~9時間もやる必要はない。今の段階では、特に必要はない。
 2時間、3時間でいい。集中して頑張れ。そのうち、半分以上は、基礎を固めるのに使うんだ。
 とでもアドヴァイズしてあげますね。学校の授業に乗り遅れてしまっても、それはしょうがない。自分のペースで頑張れ、そういってあげますね。理解できないのに、理解したつもりになってそのままにするよりは、全くやっていないから、徐々に抑えていこうという意識の方がましですから。
 ふぅ。ま、そういうこと。でもホンと、ログは、どんな教科書類にも劣らないすばらしい僕の規範となってくれる。何か迷ったら、そこに立ち戻ると、いろんなことが分かる。他の人にも、もっとログ(日記)のよさをしってもらいたいな。
 でも、楽をしていいとはいうけれど、どこまでを際限とすればいいか微妙なんだよね。てか、最初が肝心なんだ。
11:36
 そしてこの頃やっぱり思うのは、「自制心に欠けてきている」ということだろう。高校時代のノートを見直して、今よりももっと頑張っていたことは明白だ。とすれば、成長過程でレベルが下がっているなんて許されるはずもないだろう。
 ということで、今回からの目標。まず、夜眠ることは必須条件として、「その場でやりたいことを、少なくても1時間は我慢する」ということを始めたいと思う。つまり、今ぷよぷよがやりたい!と思ったとしよう。けれども僕は、それを1時間我慢してからではないとやってはいけないのだ。
 これに、どのような効果があるのだろうか、少し検証してみようと思う。
 まず、やりたいことが、より楽しくなるということがある。いつもおなかいっぱい食べている人は、食べることに幸せを見出せない。それが、ちょっとまずい食事が続いたり、ほとんど食べられない状態が続いていた後、おいしい料理をおなかいっぱい食べられると、ものすごく幸せに感じられるのだ。これと同じことが、1時間延長してから、ということで得られる。
 もう一つ、利点がある。それは、突発的行動を抑制できるということだ。突発性行動は、それ自体本当に必要であったのかの検証が十分になされていないまま、本能のままに行動してしまうことを指す。これの悪い点は、突発的であるがゆえ、終わりが見えないのだ。つまり俗に言う、だらだら、という状態が続いてしまう、ということになる。これではいけないわけだ。このウェイティングタイムを設けることで、その突発性が防止され、自制がより効くようになるのである。
 以上2つの利点から、これからwaiting timeを採用する。
 これをすることで、自分がしたい、やりたいこともはっきりするからね。
 まぁ、勉強するとか、そういうことは一時間まつ必要はないからw
 まぁ、そんなことを突発的にやろうとすることはないと思うんだけどね。
 とりあえず、飯食ったら出発しよう。あと、実習のレポートを書いて、明日に備えてからだ。明日の授業って出席とってたっけ? まぁいいや。てか、かなり出席率が悪いから、今回のプログラムの授業はかなり高得点とらないときついな。Cとかなるかもしれない。まぁ、俺が落とすことはありえないと思うけどね。
 PCはもっていかない。だってそれだけのためにもっていくのもなんだしね。よし、とりあえず準備に時間をまわす。これでログはひとまず終結。

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