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ゲーミングチェア購入
2020/09/12 22:04 | Comments(0) | 思考及び書くこと
今日の一言「ゲーミングチェアもっと早く買えばよかった」

まえがき

 23時帰宅が続く。
 まぁしかし、時差出勤で朝は8時出発ぐらい。遅め。これで前のように8時始業だったらきつすぎる。体壊すのまったなしだろう。
 ただし、シャワー浴びて寝るだけは人生味気なさすぎる。とか思っていたら、昨日は、帰宅が24時過ぎて、特にクリエイティブなことは何もできなかったが、3時ぐらいまで起きていてしまった。
 結果、土曜日の起床は昼過ぎとなった。必然である。

ゲーミングチェア

 前からずっと欲しかったのではあるが、踏ん切りがついていなかった。
 しかし、日々のストレスから、何か購入しないと気が済まなくなった。
 使っていた椅子の合成皮革がポロポロとはがれ始めていたというのも大きな理由。

 アマゾンプライムで探すと、ピンキリである。

 安いものだと1万円台だったりする。
 だが、良いものを買ってみないと、その1万円のものの良しあしも分からないと思ったので、予算5万円以内で探してみた。
 AKRACINGというメーカーのものが、ゲーミングチェアの老舗でよいらしかったので、それにした。色も複数から選べるのもよいと思った。

 んで、届いて使ってみる(2週間ぐらい)と、結論、「よかった」。

 座り心地、という点は、劇的に大きく変わったという感じはない。
 ただ、ランバーサポートという、腰のあたりに当たるクッションが良い感じ。また、首のあたりのクッションもちょうどよく首肩を支えてくれる。
 たとえるなら、新幹線のリクライニングシートである。

 ――表現が微妙だろうか。だが、外れていない気がする。
 リクライニングもよい。疲れたら180度に倒してみる。1時間ぐらい寝落ちた。――だが、これは、腰がものすごく痛くなった。リクライニングによる寝かたは姿勢を検討する必要がありそうだ。

 もう一つ特筆すれば、高さ可変式のひじ掛けも悪くないと思った。
 もう一つ書けば、車輪も、ポリウレタン(?)で静かでよいと思った。

グラフィックボードとディスプレイ

 なんかこう、勢いで、ディスプレイも新しくしようかなと思った。
 今使っているのが、確か27型である。これより大きくすると、逆に目が疲れそうなので、大きさは同じでよいが、今はフルHDなので、4Kというやつを試してみようかとも思った。

 ただ、思うのだが、4Kというのは、解像度が高いということで、WINDOWSとかゲームとかする際のアイコンとか、ユーザーインタフェースはちゃんと調整できるんだろうか。
 画面の大きさは同じで、解像度が高いというのは、つまり細かいということである。過剰スペックな気もする。

 ゲームも、4Kに対応していないテクスチャだったら意味ない気がする。そこんとこどうなんだろう。そう思って、例えばarkは4K対応なのか調べてみても、特にスペック上でそういった記載はない。どういった基準で調べればいいのか分からないものは、調べて方も分からないので答えにたどり着くのが超むずい。
 こういうとき、気軽に聞ける知己とか友人とか知り合いとかいればよいのだが。ヤフー知恵袋で聞くにしても、どういった風に聞けばよいかもよく分からない。

 ただ、一つ明らかなのは、グラフィックボードの性能が恐らく足りないであろうということである。
 4Kということは、要するに、表示する情報(ドット)が多いということだ。たくさんの情報を、素早く表示して動かす(FPS)には、当然高い性能のグラフィックボードが必要になる。

 そうすると、ディスプレイだけ買っても意味がない。
 ので、グラフィックボードもGeforce2080tiとか最高のやつを買おうかなと思っていた。

 そんな折、最近になって、Geforce30XXシリーズというのが発表されたみたいだ。
 9月17日から30xxシリーズ順次発売のようである。現行シリーズの倍の性能アップみたいだ。新技術のレイトレーシングにも対応。

 欲しい。
 しかし、最初に発売されるのは、NVIDIA社が発表するリファレンスモデルである。
 その後に、ASUSとか、MSIとか、各種メーカーがオリジナルモデル(オリファンモデル)を発表するようだ。基本的に、性能は同じ(やや高いこともある)で、冷却性能はオリファンモデルのほうが高いようである。

 へー。

 でも、そうなってくると、今のCPUはi7ではあるものの、型も古いし、PC自体も買い替えたくなる。5年は使っている気がする。5年前にしてはかなり性能の高いやつを買ったので、容量は少ないがSSDだし、まだまだ通常用途でスペック不足を感じることはない。ない、が、最新技術に触れてみるには、底上げじたいもしたくなるものだ。


 ――ただ、し。PC自体を買い替えると、いろいろ、インストールしているものとか、設定とか移行作業が面倒なので、二の足を踏む。先の古い椅子も、粗大ごみで処分しなきゃいけないが、それも面倒で、まだそのまま荷物置き場と化している。

イラスト

 そんなこんなで、イラストである。



 影の塗り方、ハイライトのつけ方、レイヤーの使い方が分かってくると、また一段と楽しくなってくる。
 最初のころに比べると――最初は色ぬれてなかったが、造形も落ち着いてきた気がする。




 線画。うん、やっぱり、最初に比べると上達している気がする。
 とかいって、他の人の、PIXIVとかのイラスト見ると、雲泥であり、やる気失う原因になるのだが、そうじゃない、比較すべきは過去の自分だ。
 ということで、もう一枚描いてみる。



 うーむ。線が雑なのが気になるように、ようやくなってきた。前はそんなこと気にもしなかったが。
 でも、瞳を塗るのがなんかちょっと楽しかった。光が反射している感じとか、透明感がちょっと出せてるのではなかろうか。

あとがき

(かっこ書きである。たぶん、ペンタブってか、イラストソフト(クリップスタジオ)がなければ、色付きのイラストなんて描かなかっただろう。紙とか絵具とか色鉛筆とか用意するの面倒だし、机の上の作業スペースの問題とか。そういう意味で、パソコンって、ほんとなんでも見れてすごい。映画も音楽も。ニュースも見れる。マルチメディアだ。パソコン君、ありがとう)





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イラスト2時間要した
2020/09/05 23:08 | Comments(0) | 思考及び書くこと
今日の一言「仕事少し落ち着いた」「しかしまた新たな課題が」

まえがき

 気がかりな仕事が少し落ち着いた。
 準備の甲斐があって、割と良かったんじゃないかと思う。周りの評価は分からないが、取り敢えず、自分の中では及第点でよいと思った。

映画の話

 キャビンという映画と、東京難民という映画をみた。
 キャビンは、平日に見ることができる日があった。
 どちらの映画も、面白かった。

 最初、全部見る気など全くなかった。ところが、気づいたら全部見ていた。中々飽きさせないつくりになっている。

キャビン

 キャビンは、タイトルからだと何の話かさっぱり分からないし、実際あまりストーリーと関係ない。大学生たちが、キャンプ(コテージというかキャビン)に行ったところ、トラブルに巻き込まれるというお話。
 ――というお話の「メタ」なお話。実はそのキャンプはある組織に仕組まれたものであった、と。トゥルーマンショーみたいな。
 んで、そのあとの展開が、想像できないぐらいのどんでん返しか、といわれるとそうではないけれども、モンスター・オールスターズ状態になった映像は中々迫力があって面白かった。
 アマプラで見られた。アマゾンレビューを見終わってから見てみると、批判も多かった。組織、杜撰すぎ、とか。まぁそれはそんな気もしたけれども、でも僕は結構楽しめた。

東京難民

 東京難民は、大学生が、貧困(ネカフェ難民)に落ちて行って、ホストクラブで働くもさらに落ちていく話。リア充的なノリであまり共感はできないけれども、根はいい子みたいなので、頑張れ、って思った。
 ――あれ、感想があまりない。
 ホームレスのおっちゃんたちが、すごく良い人に描かれていた。ホームレスの人たちは、進んでそういう生活をしているのだろうか。平成25年ぐらいから、生活困窮者自立支援制度というのができて、生活保護に該当しなくても、住宅確保のための給付などが受けられたりするらしい。なおもホームレスにならざるえない制度の欠陥があるのか、それともなおもホームレスを希望する人がいるのか。どっちなんだ。
 とにかく、映画の中で主人公は、「自分はもう終わった人間だ」といったりする。「生きよう」という気持ちがなければ、周りの人がいくら手を差し伸べても、上手くはいかないのだろう。それに、上の制度のようなものも、知らなければ、利用しようとも思わないだろう。

 そもそも、家賃(利用料)滞納の内容証明郵便を早く見ていれば、もっと早くに手を打てたのである(割とすぐにバイト始めたり、行動力はあるので)。教訓としては、郵便物はちゃんと見ましょうということか。大半はどうでもいいチラシ類なのであるが。


arkの話

 大切に育ててきたアルゲンタヴィスを、ふとした事故によって失ってしまった。とても……哀しい。何十時間もともに過ごしてきた仲間だったのに……。
 アルファ・ティラノサウルスを倒せて、喜んだ後の不注意によって……、一瞬の出来事だった。キルログ表示されても、しばらく信じられなかった。本当に、油断がすぐに命取りになるゲームである。
 そして、死んだらもう生き返らせることはできない。
 アイアムアヒーローの作者の、ルサンチマンという作品におけるバーチャル世界「アンリアル」のようなもんだな。

イラストの話

 成長を感じるため、そして塗り方を学ぶため、先週と同じ人物を書いてみることにした。




 むっずかしい。
 2時間かかった。
 影のつけ方については、「下のレイヤーでクリッピング」というのを使った。
 これは、下のレイヤーで塗ってある箇所だけを、その上のレイヤーで塗ることができるというシステム。そのため、はみ出さずに影の部分を塗ることができるのだ。
 そのために必要なのは、レイヤーを色ごとに分けることだ。元になる「下のレイヤー」で他の色も塗っていると、結局上書きされてしまうということだ。

 上の影つけも難しかったが、目がさらに難しかった。
 目の塗り方、で調べたところ、書いてあることがまず理解できなかった。何となくでやってみるが、まだまだ研究が必要である。

 ただ、下が、いままでのべた塗の状態のものであるが、それと比べると、まぁまぁ、よくなっているのではなかろうか。



あとがき

(かっこ書きである。アルゲンが殺されて哀しいのとイラストで疲れたが故あとがき無く終わる……)



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さぼるところだった(首肩が痛い)
2020/08/31 00:40 | Comments(0) | 思考及び書くこと
今日の一言「毎回言い訳から始まるな」

まえがき

 いつも書いているけれども、土日あっという間だな。
 気づいたら終わっている。
 あー、思うに、土日、両方記事を書くことにしてはどうだろうか。
 ブログ書いていないと、ホント何もしていない気になってしまう。

コメント返信

 コメント返信書いていて思ったのだけれども、心配してくださる人がいるってのは、非常に嬉しいことなんだな。
 自分の心配だけじゃなくて、誰か他の人の心配をするってのは、とてもすごいことだと思う。

 そう考えると、俺、共感力低いよなぁと思う。
 なんでなんだろう。むかしっから、そうな気がする。こういったときは、こうやって思ったほうが良いってのは何となく思うのだけれども、その気持ちってのが追い付いていないというか。「本心」ってものを、どっかに忘れてきてしまったような。

 とにかく、人にされて嬉しかったことは、自分も積極的にやっていきたいと思う。
 そうだな。頭の中だけで考えているのではなくて、行動することで、それが習慣化するということもあるし。
 ……なんて、いい年した大人が何を言っているのか。
 もう30代なんだぜ。もうすぐ、四捨五入したら40歳なんだぜ。平均寿命的に半分到達するってんだぜ。

老齢基礎年金

 国民年金は、20歳から60歳まで保険料を払い続ける必要がある。話はいきなり変わっている。
 60歳までと書くと、誤りである。60歳未満まで払う必要がある。
 ただし、支給されるのは65歳の誕生日からだ。
 65歳の誕生日からと書くと誤りである。年金は、偶数月に支払われる。そして、支給対象になるのは、誕生日の属する月の翌月からだ。

 例えば、8月15日に誕生日の人は、9月が支給開始月となる。
 実際に支給されるのは、偶数月の15日である。

 故に、10月15日に、9月分の1か月分のみが支払われる。
 次は、12月15日に、10月分+11月分が支払われる、といった具合に、偶数月分に2か月分支払われていく。

 上の内容を調べていたら30分ぐらいかかった。何故か奇数月生まれの例はたくさん出てきたが、偶数月生まれの場合は例がなかった。ので、間違っているかもしれない。もしかしたら、1か月分支払われることはなくて、その次のタイミングに3か月分支払われるってことがあるのかもしれない。不明。気になるけれども、だからといって別に大した問題ではない……。

 なお、年額は、満額で、781,700円である。2か月分だと、13万ぐらい。
 都心に住んでいると家賃で吹き飛ぶ金額である。



イラスト

 先週の流れで、シュタゲの人物を描いてみる。




 似ませんなぁ……。
 何故だろう。輪郭はまぁ近い気がする。目か、目なのか。



 下書きも載せてみる。こっちのほうが、「オカベー!」と言ってそうな気もする。
 所要時間は、いっつも正確に測るのを忘れてしまうのだが、だいたい1時間ぐらいだったと思う。
 そろそろ、色の塗り方を学ばないとステップアップはしなさそうである。
 しかし、べた塗までにだいたい1時間かかっているとなると、ちゃんと塗り始めると1時間以上はかかる気がする。そうすると、僕の集中力が切れる(飽きる)気がする。
 二週に分けて塗る、というのが現実的な気がするが、きっと、最初から(線画から)かきたくなってしまうであろうので、やっぱり塗りまで到達しなさそうだ……なんてことを言ってると、上達しないのであろう。

あとがき

(かっこ書きである。やべぇ。なんやかんややってたら12時過ぎてしまった。もっと早くから着手するべきだったな……。しかし、首が痛かったのである。土曜日から。そして、昼間で寝ていた。あー、来週は来週で、気がかりなことが2つほどある。落ち着かないなぁ。まぁ、何とかなる、かな。終電ラッシュはならなくて済みそうである。さすがに……多分。うーむ……、いやその、なんというか、品質と時間の関係が難しい。もう1時間かければ、もう少しよくなる可能性があるものがあったとして、余裕があればその1時間を使うことも考える。余裕がなければ、諦める。じゃあその品質って、なくてもよかったのか、と、そういうことにもなる。しかし、その1時間をそこでかけておけば、後で見返したとき、後で使いまわそうと思ったときに断然便利だったりする。だから、無駄ではないと思われる。が、それを判断するのは、自分だけではない(上司や同僚だったりもする)。もっといえば、その仕事をやらなくても、「これはこういうもんです」って説明だけで済ませることもできたりする。めっちゃ難しい。肉を焼いて、決められたタレをかけて、ご飯の上に盛り付けして、器にワカメを入れてみそ汁を機械で抽出して提供する、という決まったパターンがあったほうが仕事がしやすい。そこにあまり裁量はない。肉の焼き加減と、ヘラで混ぜる技術はあるかもしれないが、凡そ収斂されるものだろう。答えが明確ではない仕事は難しいなぁ。――そういう意味では、創作活動はまさにソレなのであるが。しかし思うに、イラストを描き始めたのはよかったと思う。きっかけの言葉をかけてくれた方に改めて感謝である。UPUPって言われなかったらペンタブレット買ったままきっとやってなかった。まぁそういう意味では、ペンタブレット買ったことをブログに書いたのはよかったのだと思う。そういう意味では、ブログをやっていてよかったのだと思う。そういう意味では、世の中に無駄なことなんて何もないんだと思う。どうでもよいが、とにかく、みんな健康で幸せであればよいと思う。「みんな」というのがポイントだろう。誰かひとりだけの幸福というのは、どこかで破綻する。それを文書的には、公共の福祉という。しかし、公共の福祉は、下手をすると、制約の根拠になってしまう。努力って報われるべきだよな。でも、正しい努力じゃないとえてして報われない。正しい努力をしていても、運によって報われないこともある。しかし、人生――というか、世界は、そもそもカオスで理不尽なものだ。自然の理不尽さを社会というルールによって、少しは生きやすくしたのが人類の叡智である。しかし所詮は人が作ったものなので、その社会という枠組みから外れて不幸せな人、理不尽な目に遭う人も発生する。そうした人を限りなく救っていこうというのが人類の在り方である。なので、少数派は救われるべきだ――となるわけだが、それによって大多数の生活も脅かされる事態になってくると、揺り戻しが起り始める。ナショナリズムの復活、など。となると、人権、社会権の尊重というよりも、まずは経済を裕福にすべきだ、という考えも発生するだろう。みんな裕福なら、幸せさ、と。都心で、生活保護受給額は、単身で、13万ぐらいのようだ。割と暮らせる。確かに、健康で文化的に最小限度生活できそうな金額だ。――だからなんだってんだ……)

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アイビーリーメソッド(忙しいとは)
2020/08/23 16:34 | Comments(4) | 思考及び書くこと
今日の一言「気がかりなことがあると十分に楽しめない」

まえがき

 何だろう、一応、毎週ブログを書くということは続けられているのか。なんか、指が痛いな。どこが痛いかよく分からないが、右手の指のどこかが、タイピングすると痛い気がする。キーボードを数か月前に買い替えてから――それがいつのことだったかもさっぱり思い出せないが、とりあえず、今年の、半年以内だったとは思う。確か、ブログにも書いたから調べたら分かるだろう。アマゾンの注文履歴を調べても分かるだろう。調べたら分かることを記憶する必要はない。ただ、そうすると、記憶するべきことなんて、一体何が残るのだろう。

 毎週一応続けられているのか。ブログを書くことと、イラストを描くこと。不思議な感覚だ。
 こうやって、ブログを書き始めると、不思議な気持ちになる。非常に、久しぶりな気がするのだ。一週間というのが、長いような短いような分からない感覚。
 先週書いたことが全く思い出せない感覚。

夜天を引き裂くがアマゾンで販売

参照

 お気に入りの作品が、アマゾンで販売開始された。
 NOTEで販売開始されたときも購入(投げ銭?)したが、今回はKINDLEに入れられるということと、イラストも追加されているということで(NOTEでもあったのかも)、即購入した。

 縦書きになるとまた印象が違うなと思った。最近、キンドルアプリだと、タブレットでも見れることが分かって、試してみた。背景を黒くして、文字を白くしたらいい感じに思った。ただ、タブレットだと、横向きの画面にしたとき、上下空白が調整できずにいまいちに思った。

 イラストだけ見ようかと姑息なことを思って流し読んでいたら、また最初から熟読し始めて、眠れなくなったのは内緒の話である。
 それはそうと、「惨殺死体を始めてみたが」については、数年前に感想書いたときに触れた気がしていたが、「千切って鼻毛」のように味がある気もした。
 とにかく、怠惰な自分に努力ということの大切さを分からせてくれる作品である。

「怠惰な無能だけが『葛藤』とやらを神聖視する」

 とか、どうやったらそんなかっこいい台詞思いつくんだぜ……。

イラスト

 某作品の主人公をかいてみる。――版権イラストって、かいちゃいけないんだっけ。まぁでも似ても似つかないから問題なかろう。




 所要時間、参考画像探す時間含めて45分くらいかな。似ないものであるな。しかし、なんか、割と下書き線の時のほうが割と雰囲気が出ている気がするのは気のせいか。


 色なかったり、ぼやけていたほうが、想像力で補完されるということだったりしたりして。もっと面長にしたほうが似ていた気がする。目を書いているうちに横に伸びがちになる傾向がある気がした。かといって、輪郭を先に書いてからだと、目のバランスをとりづらくなる。今後、下書き時の顔の円○を、自分のイメージよりもやや縦長に描くように試してみよう。

アイビーリーメソッド

 忙しい。
 気持ちが落ち着かない。
 毎日が追われている。
 不安だ。
 一生懸命やらなきゃいけない。
 疲れる。
 心配。

 だいたい、毎日こんな気持ちである。同時に、たぶん、上司も同僚も、そんな風には思っていない気がする。
 まぁ仕方がない、自分の能力が低いからなのである。みんな優秀だから僕が30分かかることを5分でやれるのである。だから、これぐらいは余裕なのだと思っているのである。


 まぁしかし、そういった、他人がどう思っているか、という点はいったん除外する。そんなこと気にしてもきりがない。

 問題は、上のような感覚。一言でいえば、「忙しい」という状態の解決が必要だ。

 忙しい原因で調べてみると、「アイビーリーメソッド」というのが見つかった。

 忙しいというのは、やることがたくさんある、ということではない、という点が自分の中で新しい考え方だと感じた。

 忙しいというのは、何か作業を取り組んでいる際に、別のことが頭の中に浮かぶ状態だという。
 10個タスクがあっても、順番に一つずつ集中して取り組んでいられる場合は、忙しいという(感情)状態ではないのだ。という。

 なるほど。
 そうかもしれない。そういう意味で、僕は間違いなく忙しいということを実感した。作業している間に、「あれもやっとかないと……」といった感じで、気になることが多くでてくる。

忙しい状態

 アイビーリー・メソッド(以下IBM)は、夜に6つ、紙にやることをかいて、一個ずつやるということ。
 優先順位をつけて、翌日はそれに基づいて順番にやる。
 できなかったらすっかり忘れる。また夜に6つ挙げる。

 ということ。会議、とか、来客とか、そういったブックドされているスケジュールは書かないで、タスクとしてやることをかくということだ。


 やってみよう、と思うが、当面、6つじゃあ、終わらないし、6つだとしても、一日で終わる量ではない。
 その、「タスク」の区切り方を、もう少し学ぶ必要があるな。


 最近の状況としては、日中帯に、想定外の事態か、タスクが発生する。例えば、問い合わせとか、ミーティングとか。
 そこで僕は、二つの選択が可能だ。発生したタスクを別にスケジュールするか、当日に終わらせてしまうか。

 別の日に回すことをした場合、それが新たなタスクになるので、別の日が苦しくなる。
 当日に終わらせた場合は、その分、本来の予定タスクのための時間がなくなるので、その日が苦しくなる。

 まぁそれでも、終電まで時間を延ばしてやっていれば、その負債も片付けられていたが、最近は、終電までやっても終わらない状況になってきた。そうすると、「忙しい」という気持ちがますます加速して、疲れる。

 まぁもっとも、土日も仕事すれば、平日は余裕がとれるんだろうが。

休日と平日

 でも、思うのだけれども、仮に休日もサービス残業で仕事して、平日に気持ちは余裕が出たとして。
 まぁ、今週とか、今月はよいかもしれない。でも、結局、それが常態化したら、なんのために働いているんだという気になってくる。

 不安な状態は嫌だ。
 まぁ、その、失敗した結果は、怒られるだけなのかもしれないけれども、そもそもそういう状態になるということ自体が嫌である。

 忙しくて疲れるのも嫌である。しかし、失敗したり、できなかったりするのも同じように嫌である。

 これぐらいはできるだろうという、他人の見積もりもあることだろう。それは置いておいたとしても、自分の中でも、これぐらいはできるだろうというものがある。それが達成できないと、落ち込む。嫌である。難儀だ。

あとがき

(かっこ書きである。うーむ、やはり、指が痛いな。中指と薬指あたりか。キーボードがやっぱり、前使っていたやつより、キータッチが重い気がする。そのせいなのかは分からないが。とりあえず、今週と、来週が終われば、気がかりな仕事のことは2つ終わる。問題は、終わっても、また新しい問題があるだろうということである。なんか、終わらなさが面倒である。休んだところで、その仕事が終わるわけではないので、解決しないし。やっぱり、高い山を見上げているよりかは、一歩でも進むしかないということか。いやまぁその、山を越えたら、また次の山が現れるという、そこが問題である。20代はがむしゃらに山を登ったのだろうが、そもそもそれじゃあもう駄目じゃないか。ってことも、たぶん、20代のときから思っていたのだろうが、思ってはいても、「まぁ20代だし」といった甘えがあったような気がする。小説を書いて、サイトで公開し、販売し、アマゾンでも販売しと、着実にステップアップしている人がいる一方で、僕はずっと停滞している。それも、誰のせいでもなく、自分のせいで。いやむしろ、身体も、思考も衰えていくなか、停滞どころか、崖から転げ落ちているのではないだろうか。どういった状態が、果たして、望ましいのだろう。分からない。いったい、僕のこの膨大なブログ記事の中で、こんな気持ちの際に参考になるのは、どれなのか。すぐに探し当てられないこのブログに何の価値があるのか。思いつくこととしては、楽しい、満足した、充実した、嬉しい、こうした感慨を得る状況というのを、忘れないようにしたほうが良い。最近、ごはん食べるときに、至高の料理だ最高に旨いと思うようにしている。そうしたほうがなんか幸せだろう。家で食べるときは孤独のグルメを流したりして雰囲気を作ったり。オリジナルカクテル作ったときも、BAR風の音楽を流したりして。って飲食だけかい! 行きつくところ、人間の幸せとは飲食なのだろうか。しかしそれは、消費行動に思われる。創造価値がなくてよいのか。なんだろう、やっぱり、自分の中だけで完結する幸せというのは、それだけでは、人間は満足できないのだろうか。生きたい、知りたい、仲間になりたいというのが人間の脳が求める本能であるので、人は一人では生きていけないのか。――でも、なんだろう。こう、多くの人の中で、――部活だったり、飲み会だったり、そういった集まりの中で、「面倒くさい」「つまんない」といった感覚があったことも、同時に僕は覚えていて、いわゆる「リア充」的な行動原理について、全肯定はできなかったりする。どこかしら、こう、無為に文章を書いている時間が、尊いものだと僕は感じている気がする。それはきっと、誰かを幸せにするような類なものではないにも関わらず。まぁいいや。この土日で、そしてこの記事で、少し思考と体調は回復したので、もう少し、頑張ってみるか。最悪は退職金もなしで仕事を辞めることだろうが、そうなったとしても、1年くらいは同程度の生活水準で生活はできる。いやむしろ、土日はほぼ寝ているケースがあるため、逆に消費も少ない気がする。都心のランチは高いのである。そう考えると、都心のコンビニって、郊外と同じ値段で弁当とか売ってる気がする。コーヒーとかは同じ値段だし。そうすると、なんかすごい気もする。売り上げ量、回転率の問題か。というか、退職金って、出るのだろうか。退職金の所得税の控除額は、確か、40万円×年数(月単位は繰り上げ)だったと思う。10年働いていれば、400万円は税金がかからないということだ。そもそも、どんぐらいなのか。ぐぐると、10年で会社都合だと300万ぐらい。自己都合だと200万ぐらいらしい。そうすると退職金にかかる所得税って、割とやさしめなのね。――と、自分、こうやって段々余計なことを気になって調べたり考えたりしているから、仕事が遅いんだろうなとも思う。しかし、完全に余計なことか、というと、たぶんそうでもなくて、逆にそこで調べていたことが別の会話で重要になったり、別の件の解決のポイントになったりしたりする。その確率は非常に低いのであるが)

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割と充実すると書くことがなくなる
2020/08/17 00:14 | Comments(0) | 思考及び書くこと
今日の一言「勉強を少ししていた」

まえがき

 あっという間に、土日が終わる。
 先週を振り返る。だいたい、23時ぐらいの帰宅。たまに24時過ぎ。
 まぁでも、朝は8時出発ぐらいになっている。

 まぁその、時間が遅いことというか、気がかりな仕事が多いのがストレスである。ゴールが見えている仕事ならいいけれども、ゴールがあいまいだったりゴール自体を決める仕事って、大変だと思う。とはいえ、単純作業がずっと続くのも大変なんだろうか。そもそも仕事って何だろう。

 まぁでも、会議は一つ終わったし、後輩とか同僚からはよく相談されるから、人間関係は悪くないんだと思う。自分では、超コミュ障と認識しているが、仕事の上での最低限は得られているのだろう。

 自己肯定感はバケツだという表現は割としっくりくる。自己肯定感が低い人は、穴の開いたバケツ状態だという。つまり、いくら褒められても、満足を得ることはない。なぜならば、底が抜けているから、注がれた水(肯定)はすぐに流れ出てしまうからだ。

 そんな毎日。

土日

 日曜日は、(一人ではなく)久しぶりに出かけた。ラーメン、まぁまぁ美味しかった。
 あとは、カフェで勉強した。人が少なくてよかった。
 あと、結構歩いた。1時間弱ぐらいは歩いたと思う。

 それは日曜日の話。
 土曜日は、「ずっと寝ていた」。比喩ではない。布団から起きていた時間は、1~3時間ぐらいだったろうと思う。ずっと頭痛がしていた。
 日曜日も、少し痛かったが、回復した。熱中症だったのだろうか。そういう意味では、日曜日のほうがより多く歩いて汗もかいたわけであるが。

 まぁ、その、家から出ないと、具合が悪くなる傾向が強いことは、ほぼ間違いない気がしてきた。
 来週も、必ず、外には出ることにしよう。雨でも。頭痛がしても。
 そして何より、よりよい土日を迎えるために、金曜日は早く帰ろう。
 ――早く帰ろうというのは、ほぼ毎日思っているのであるが……。

イラスト

 イラストが、もう今週は諦めようと思った。いいじゃないか、一回くらい……。その悪魔の誘惑に打ち勝った。



 クオリティは問わない。続ける、それが大事。負けないこと、(投げ出さないこと)逃げ出さないこと、信じぬくこと、それが一番大事。かっこの部分は忘れていたので調べた。
 
 まぁ品質はともかく、色も含めて30分ぐらいで書き終わった。arkのラプトル見ながら描いたからか。先週の恐竜は、足の着き方が逆だということすら気づかなかった。参考画像を見ればすぐわかることである。
 最近思うのは、絵は立体的に考えることが大事だとということ。紙は平面なのだけれども、頭の中では、立体的にイメージするのである。参考画像を見て描く時も、ただ輪郭線をなぞるのではなくて、立体構造上どうなっているのかを意識して描くことが大事だということ。
 上のイラストでいけば、顔は立体を意識していて、尻尾は力尽きて適当であることが分かる。しかし、円形でわりとふにゃふにゃしたものを立体的にとらえるというのは逆に難しい。

あとがき

(かっこ書きである。もう寝よう――。だが、もう一枚ぐらい描きたい気持ちになる。そんな時間があったら、仕事を一つでも休日に終わらせたら、平日はもっと早く帰れるのではないか。いや、しかし、大学のレポートを想像せよ。あれらも、まじめに考えれば考えるほど、調べれば調べるほど終わらない。どこにゴールを設定するかは、自分次第だ。小説や、創作の世界もそうといえばそうだ。ゴールは、自分しか決められない。厳しい世界だなと思う。そして、時間をかければそれだけ良くなるわけでもない。そういう、世界。ああ、休みが欲しいな。いやしかし、休みがあっても、眠り続けていたり、具合が悪かったら意味がない。最高のコンディションを長く続けることが大事だ。そういえば、『くちびるに歌を』という邦画がアマプラで見れたためみた。青春映画なのであったのだが、感動した。「生きる意味」を考えるということを一つ表題にする人にとって、見ないでいることはできない作品だと思った。「いちご同盟」的な恋愛よりではなく、どちらかというと部活系。合唱部だが。なんかこう、ストーリーは、予告編見てから見たからともいえるけれども、ストーリーの流れは予測がついて、だいたいそれ通りだった。もちろん、個々人登場人物の来歴は意外なものもあったけれども、でも大体想像通りだった。ただ、そこはアニメとは違う、実写という点が上手くフィットしているなと思った。役者さんらの演技がよかったのだろう。あまり実写映画はみないから良い悪いはあまりわからないけれども、真に迫るものがあったと思う。邦画といえば、サバイバルファミリー、とんでさいたま、ぐらいしか最近見てないな。そのどちらも面白かったと思う。ああ、そうそう、キングダムの実写もあるんだっけ。進撃の巨人の映画は、映画館に見に行ったけどいまいちだったな。キングダムの方は割と評判がよいらしい。また覚えていたら見てみよう。あと、STEAMでゲームが安売りしているのがいくつかあるようだ。車のゲームとか買おうかなと思っている。これも、また覚えていたら買ってみよう。電子データなので、「積み」にはならないけれども、STEINS:GATEのゲームも買ったことは買ったのだが、ほとんどやってないのが多数ある。他にも、買ったけれどもやってないゲームが2、3ある。もうほら、歳をとると、ゲームですら、新しいのに触れるのが体力がいるのであるのだよ、もう……)

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