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500字ぐらいで集中力が切れる(習慣化方策)
2018/01/08 23:38 | Comments(2) | 創作について
今日の一言「トップダウンとボトムアップは同時並行が必要」

実践せねばなるまい

 先日の記事、
創作を進めるための方針(その1)
創作を進める方針(その2)
 は、合計1万字を超える長文となった。

 ヤフーニュースで、「それ、正月病では?」といった記事が、おそらく6000字ぐらいだが、「何言ってるかわからない」「結局どうすればいいの?」「長い」といったコメントが多かったことを考えると、まぁ、相当面白い(起承転結がしっかりしていて波乱万丈)記事でなければ、まともに読まれることはないのであるのが良く分かる。

 ただ、別に長くても、ポイントというか、段落というか、文章構成が理解できる範囲であれば、読み飛ばしていい部分がすぐ分かるので、それほど苦痛ではない。
 全部の文章がつながっていて、段落も改行も何もなされていないにも関わらず、話がポンポン切り替わったり、話の前提が何もないまま進んでいく文章はつらい。
 というか、そう、この「前提」というのが非常に大事。「新型うつ」といったところで、そもそも、普通のうつ病に関する前提知識がなければ、それを比較して考えることすらできない。もっと突き詰めて言えば、「うつ病」という概念について「知っている」というのは、人それぞれレベルが異なるわけだ。一般的に言われていることを知っているレベルから、自身がうつ病を経験したことがある人から、専門医まで様々。そうした場合、とりあえず文章としては、その、「この記事において」必要となる範囲での概念について、振り返っておく必要がある。その「前提」の記述というのが、記事を面白くできるかどうかを左右する。

 これは、小説といったエンターテイメントであっても同じ。これは、「世界観」と言われたりする。この世界観を共有できないと、小説は面白くならない。同じようなシーンを描いても、感動できるかどうかは異なる。

 僕は、このブログにおいて、以前書いたけれども、中学生レベルで分かることを目標として、いつも書いている。その中学生レベルってのが何かってのは、厳密に定義などできないのだけれども、とりあえず「自分」基準だ。中学生ぐらいから、こういった日記的な、思考の記録というか、ログというか、ブログというかを書き始めたわけだけれども、その当時の自分に語って聞かせて、ある程度理解させられるレベルを目指している。

 という、ここら辺が「前提」であって、すなわちさっさとこの小見出しにおける目的を書けば、先日の記事を振り返ろうということである。
 で、振り返ると、以下のサイクルが重要であるという確認だ。

「目的の概念を描くこと」→「気持ちを固めること」→「目標を定めること」→「生活に組み入れること」

生活に取り入れる必要性

 何か新しいことを始めるときに必要なのは、その目的を明確化することである。

 ――というのは当たり前なのであるが、じゃあ、具体的にどうしたら、明確化できるのか、ということを記述する。

ステップ1:概念化・言語化

 まず、言語化である。
 先日の記事にならって書けば、「目的の概念を描くこと」となる。

「創作をしよう」

 というのは、標語である。それだけでは目的ではない。
 定義が必要。創作とは「ブログ」「小説」「作曲」である。そのうち、「小説」に絞って。ではその「小説」をするのは何故必要なのか? ……と考えていくのが概念化(言語化)である。

 先日の記事から引用すれば、
 人生は困難である
   ↓
 だから物語が必要だ
   ↓
 感銘を受ける物語に出会うのは運による
   ↓
 だから自分でも創り出したい
 といった流れによって、「小説」をすることを今年の目標にした、と。ここまでで、ステップ1の、「目的の概念を描くこと(概念化(言語化))」が完了となる。

ステップ2:気持ちの固定化(価値のインプット)

 軽視されがちなのが、このステップ2である。
 たいてい、「目的を立てる」ということをイメージするとき、ステップ1の概念化だけで終わってしまう人が多い。そういう人は、計画倒れする。
 ステップ1だけでは、目的とは言わない。目的を立てるというのは、ステップ2までが必要。

 会社の販売目標とか、学校でいい成績をとるとか、そういった目標がどうにも嫌になったりするのは、このステップ2が十分にできていないからだ。たいてい、他者から与えられた目標の場合、面倒くさかったりする。

 それは、目標自体が悪いこともあるけれども、それだけとは限らない。
 気持ちの固定化ができていない場合があるからいけないのだ。

 気持ちの固定化というのは、先日の記事の引用であって、よい表現が浮かばないけれども、価値のインプットとか、良い表現ではないが、刷り込みとか、そういったもの。

 ステップ1で打ち立てた目的というのが、「ああ、これを、僕は達成したいんだ!」といった思いを、強くもてるかどうかってのが大事。


 逆に。
 このステップ2をできない場合、ステップ1がよくないか、もしくは、それこそ現状の心身体調の悪さ疑ったほうがいい。
 もちろん、ステップ2を飛ばして、次のステップ3を実践することも可能だけれども、その目的が困難であればあるほど、挫折や、計画倒れになる可能性が非常に高いことを意識しておくべきだ。



 では、具体的に、このステップ2を進めるためにはどうしたらいいか?
 これは、残念なことに、体系化できていないから、うまく説明できない。ただ、僕の場合は、ものすごい長い文章だったり、思考時間だったりが必要である。要はとにかく「なぜ?」「どうして?」と突き詰めていくのである。
「創作しよう」
 が目的であるのに、数時間と1万字が必要だったのだ。いやむしろ、まだ全然足りない。けれども、いつまでもこれをやっていても、進みがよくないのは確かなので、次にうつる。

ステップ3:目標設定

1.目的を立てる
2.気持ちを固める
3.目標設定する

 ここまでのまとめは上のとおり。
 さて、目標とは何か。数値化できて、検証できるものが、目標である。
 検証というのは、実績を測れるものである。「レビューを15つ書く」というのが、先日立てた目標である。本当は、そのレビューの文字数とか、「いついつまでに」といった期限を決めたりとか、事細かに設定が必要なのであるが、とりあえず、「15」という数字を挙げれば、数値化・検証が可能になるので、これは目標といえる。

 補足。繰り返し書いていることだけれども、「目的」と「目標」は違う。「目的」は、「創作しよう」というものなので、これだと、なんだか、具体性がないわけだ。数字じゃないし、検証できない。だから、目標ではない。

 さて、インプット側はそれとして、アウトプット側としては、「連載作品の完結」であった。

 ので、さっそく、一つの、このブログでも連載している作品の続きを検討した。
 久しぶりであったので(というのは単に言い訳)、600字ぐらいで集中力が切れた。

 実際は、未投稿分を含め、読み返してみて、いくつか表現やシーンの追加などを行ったので、もう少し書いている気はする。とはいえ、このペースだと終わる気がしない。

 ただ、しばらく時間をおいて、よいところもあった。一部面白いかな、と思った場面もあったりした。
 自分の作品であっても、しばらく経つと、他人の作品である。
 あと、プロットレベルで、表現とか一切きにせず書いた内容も、まぁそれはそれで使えるんじゃないか、といった部分もあったりしてよかった。ので、思いついたら、取り敢えず書いておくのがいいんじゃなかろうか。

 ただ、このブログみたいに、ほんとうにゼロ秒思考で書いていると、後からまとめて使うなんてことができないぐらい量が多くなってしまうので、絶対的に良い方法かというとそれも悩ましいけれども。

ステップ4:生活に組み入れること(習慣化)

 あー、それで、一番かもしれない重要なのが、このステップ4である。

 僕は「継続は力なり」という言葉が好きなのであるが、習慣化するというか、続けることがとても大事だと思っている。

 コツコツ真面目にやるだけが人生じゃない。

 とか、そんなこと言われたり、聞いたことあるかもしれないが、まぁ、まともに受け取ってはいけない。
 継続することと、真面目にやることは、イコールではない。

 人は元来飽きっぽいものであるし、「面倒くさい」ということを回避するために、様々な道具を生み出したり、知恵を絞ったりしてきたのである。「知恵を絞る」というのは、実はそっちの方が面倒なんじゃあ……? という場面もあるにせよ、そこはやっぱり、「同じことをコツコツやる」ことが脳のパフォーマンスを衰えさせることを、感覚的に知っていたのであろう。

 まぁなんと言われようが、一朝一夕で完成したり身に着けたりできることなんて、大したことではないのである。――いやもちろん、素晴らしい能力を持った人は、一日で素晴らしいものを作れるだろう。涼宮ハルヒ氏は、いろんな部活動に所属して能力を発揮したけれど、やっぱりつまらねぇって思ってしまった、とか。先日、ゲーム廃人のインタビュー的なのを見たが、定職に就かずYOUTUBEで収入を得ているというその方は、中学生ぐらいまで、勉強もスポーツも万能で、モテにモテていたらしい。自分に相手になる人がいなくて、気づいたら、世界中と競えるオンラインゲームの世界にのめりこんでいったのだという。羨ましいような羨ましくないようなエピソードであるが、そんな例外的な話は、「ふんふん、へー」的に聞いておけばよい。ゲームや漫画のヒーロー・ヒロインに憧れている場合じゃない。お前は、どうなんだ、と。凡人としての自分を認められているのか? と。

 凡人であれば、だ。やっぱり一朝一夕で完成したり身に着けたりできることは少ないのだから、やり続ける必要がある。――でこの「やりつづける」というのを、徹夜で根詰めて、とかいうのは、またしても愚かしいことである。人間の集中力は、5分だか15分だか30分だかが限界とか、聞いたことがあるだろう。もう一つ、コツコツ続けていても、効率は上がらないのである。

 だから、様々、間に挟みながらやっていくのがいい。

 あー、最初に取りあげたヤフーニュースでもあったけれど、「元気ってのは、行動しているとわきあがるものである。エネルギー切れで休めばいいってのは浅慮だ」みたいなのは、僕もそういう面があると思う。「頑張ったね。休みな」というのは、励ましとしてはいいかもしれないが、必ずしもまともなアドバイスなどではない。このバランス感覚は、なかなか表現が難しい。このあたりの理解がない人は、上のヤフーニュース読んでも、「で、結局なんなの?」と思うことだと思う。
 逆に、そのあたりを分かってくると、「他者のアドバイス」の意味がよく分からなくなってきてしまうのが、困ったところであるが、この辺りも、まだまだ表現が足りなくてモヤモヤするところである、がこれは別の話なので今回はカット。

 要は、続けることは大事なのだけど、「ぶっ続け」ではない、ということだ。
 だから、習慣化するのがとても大事、ということ。

 だから、ステップ4の、生活に取り入れる(習慣化)が大事、ということ。

習慣化をするには

 さて。本記事の主題がここからなのだけれど、ここまでで5000字に届こうとしている。
 うーむ、この小説との落差よ……。
 まぁいいや、取り敢えずメモを中心に書いていく。

その1:環境整備

 ある方が、ネット用と執筆用のPCを分けていると書かれていて、非常に有用な方法だと思っている。あー、ノートPCだかタブレットだか欲しいな。
 ぶっちゃけ、タブレットに、マウスとキーボードつなげりゃいいわけだよな。
 ただ、ここは、この「創作」よりも大目標たる、住環境整備というか、モノを少なくしようという方針と抵触するので難しいところ。

 ただ、その、別の場所で書くというのも大事なんだよな。
 例えば、会社帰りに、どっか喫茶店によって書く、とか。近くに図書館があればいいけど。そういう手段をとるなら、やっぱりタブレット欲しいな。会社の鞄に入れても重くないぐらいだとベスト。

 なんか面白そうだなぁと思いながら、少しこのあたりは冷静に考えなければいけない。
 仕事が21時に終わったとして、30分だか1時間だかの時間捻出のために喫茶店などによるというのはちょっと無駄が大きい。
 んじゃー、朝は? とか、代替案はいろいろ浮かぶけれども、要は、そんなことしてたらもっと大きな目標というか目的である、「体調」面がダメだろう。
 なんといっても、「身体」「仕事」「友人」「家族・恋人」「趣味・遊び」「学び」「富」「環境」といった、8つの項目のうち、「身体」「環境」の保持は大前提である。

その2:取り敢えず書く

 生活に取り入れるには、とにかく、その行為に費やす時間を強制的に確保することである。

 そのとき、あんまり大きく生活を変えないほうがいい。無理は禁物。
 例えば、朝の時間の活用がよいと、いろんな本とか記事で言われている。一理ある。けれども、これまで朝にちゃんと起きてなかった人が、さぁ、朝に自己啓発するぞ! と思ったところで、無理である。いや、無理ではないけれども、エネルギーが非常に大きくかかる。そのエネルギーの大きさは、ステップ1:目的の概念化とステップ2:気持ちの固定化が、どこまでしっかりできているかによって変わってくる。それがしっかりしてたら、たいていのことではブレない。

 とにかく、来週一週間(1/9~1/15)は、毎日、必ず、「書くことに向かう」ことにする。たとえ、アウトプットできなくてもよしとする。

 それをやってみて、まず、できるか、できないか。
 できたのなら、それが続けられそうかを検証する。
 できなかったのなら、その原因を確認し、方針を再度練る。

 この「習慣化」は、地道な作業である。すぐにできるなんて思わない方がいい。失敗することもある。
 そう、その失敗のとき、再度立ち上がれるかどうかってのも、やっぱり、ステップ1・2が重要なのだけれども、とりあえず時間切れのためここまで。


(かっこ書きである。「時間切れ」って体よくいつも使っているが、出かける予定時間前だったり、普段であれば、24時を過ぎるとやめることにしている。寝る時間だ。あとは、飽きてしまってどうしても先を書けなくなった場合もある――がそれって、時間切れじゃあないな。「強制終了」ってのも使うけれども、ほぼ「時間切れ」と同じ意味である。飽きて書けなくなったときだけ「強制終了」にしようか。どうでもいいことのようで、結構重要である。ちなみに、創作を再開して思ったのは、こう、「いい表現」や「いいシーン」を描こうとすると、何度も同じところを読み返したりするわけだけれども、その行為が段々、その作品自体への「面白さ」ってのを失わせていくのである。ある人が言っていたというか書いていたというか、「実験的にとかって思って書いていると、大抵失敗する」というのがあった。少し違うかもしれないが、僕は、「自分で面白いと思っていないと、完結させようという気持ちがなくなる」のかなぁと思った。前回の記事で書いたけれど、やっぱり、「エタる」のを避けて完結させるってのは、とても大変なことだと思う。ま、「人生」は、「エタ」ろうがどうだろうが、やる気があろうがなかろうが、時間経過は止められないのであって、その点楽なものだと思う。ある意味において、生きるというのは楽なことである。もちろん、戦争や紛争がない命の値段が高い地域において。ただ、幸せに生きるとか、満足して生きるとか、何らか修飾語が付き始めると、これは難しい)





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コメント

 朝にやると能率が上がるというのはよく聞きますけど、これから仕事っていうクソダルテンションの中で創作とか勘弁しろよ……って思いが先に立って実践できたことないんですよねー……
 休日の朝に書いてみたこともあるのですが、正直夜書くのと比べて特に良かったという感じはしなかった(※個人の感想です)。
 勉強とか筋トレとかと違って創作は不確定要素が多すぎるため、毎日決まった分量を書く、というのは非常に難しい、というかほとんど不可能であるというのが、数か月ノルマをつづけた感想です。
 一文しか書けなかったとしても、そんな自分を許してやることが大事なのではないかと思います。(お、体のいいサボり口実を見つけちゃったゾ☆ みたいな顔)
posted by バールat 2018/01/09 22:19 [ コメントを修正する ]
 返信遅くなりました!

>朝にやると能率が上がるというのはよく聞きますけど、これから仕事っていうクソダルテンションの中で創作とか勘弁しろよ……

 非常に分かります。
 私の場合創作に限らず、朝は眠気との戦いでして、よほど用事があるか心沸き立つことじゃないと起きられないんですよね。なんかコツでもあるんかなぁ……。


>休日の朝に書いてみたこともあるのですが、正直夜書くのと比べて特に良かったという感じはしなかった

 徹夜が効率悪いというのは実感するところではありますが、休日の朝のほうが、「時間がまだたくさんある」感があって、集中できない場合もある気がします。夜のほうが「そろそろ寝るか……」的な感じにもなるし、逆に気分がノってしまったときは、そのままの勢いで時間を使えるし……まぁ翌日へのダメージは大きい。


>勉強とか筋トレとかと違って創作は不確定要素が多すぎるため、毎日決まった分量を書く、というのは非常に難しい、というかほとんど不可能であるというのが、数か月ノルマをつづけた感想です。

 直近の記事を読ませていただきましたが、「登場人物にテンションを同調させる」ということをするとなると、もうそれは不確定要素だらけだと思います。その勢いで書くのは、ものすごいエネルギーが必要でしょう……。

>一文しか書けなかったとしても、そんな自分を許してやることが大事なのではないかと思います。

 いやぁ、でも、ほんとまずはそれを目指そうと思っています。しかし、それすら現状なかなかできていないんですよね。自分の物語(つまり、まだこの世に現出していないもの)に没入するって、いったいどうすりゃいいんだ。うーん、悩ましい。
posted by endoat 2018/01/17 23:16 [ コメントを修正する ]

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