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アリストテレスのアクラシアについて
2011/12/18 15:09 | Comments(0) | TrackBack() | 思考及び書くこと
目的を打ち立てるという目標、そのためのインプットと思考体系の整理をしている。
その中で使えるかもしれない概念として、アリストテレスの「アクラシア」がある。
「分かっちゃいるけど、やってしまう」という、人間ならだれでもやってしまいそうなことだ。
それについて、よく整理されているブログを発見したので、詳しくはそちらを見てほしい。
epsanのブログ「アクラシア Akrasia」

僕はこの概念について、先日からちょくちょく挙げている大澤真幸の『「正義」を考える』から知ったのだけど、当然アリストテレスなのだから、古代ギリシアからあった(知られていた)概念ということなのだ。

であるからにして、アクラシアについて、上記書籍の発刊前(2007)に書かれたブログも存在する。

 アリストテレスは行動を「実践三段論法」によって説明する。実践三段論法とは何かが邪魔したり強制したりしない限り、「大前提」と「小前提」の二つの前提から、必然的に一つの行為が導かれるというものだ。大前提とは「善いもの」への欲求であり、小前提とはそうした行為を「可能なもの」にする個別的状況についての認識であるという。例えば、こんな具合…

<「私は飲むべきである」と欲望が言い、「これが飲み物だ」と感覚なり表象なり理性なりが言うと、彼はただちに飲む。>

 この文で大前提は「私は飲むべきである」、小前提は「これが飲み物だ」、そして行為は「飲む」ということになる。

 しかし、人間は「そうしたほうがいよい」という欲求と、「そうすることができる」という認識があったとしても、必ずしもそうするとは限らない。著者も<帰結するのは「私はこれをすべきである」という判断にすぎないように思われる>と指摘する。例を挙げると、デヴが「甘いものを食べないほうがよい」と知っていて、冷蔵庫に甘物があると認識したとき、「私はこれを食べるべきではない」と判断するかもしれないが、帰結としての行為はきれいさっぱりたいらげる、ということになるからだ。

 どうしてこのようなアクラシアな事態が起こるのか。著者は<アクラシアは「無知な状態での行為」である>とする。つまり、意志の弱いデヴは甘物を見つけたとき、実践三段論法の大前提を一時的に忘れてしまい働かなくなるために、おのれのメタボリックな腹回りなどお構いなしにバクバク食ってしまう、というわけである。では、なぜ大前提を持っている人が、それを忘れ、働かせなくなってしまうようなことが起こるのか。その答えとして挙げられているのが、次のアリストテレスの言葉である。

<学習したばかりの人でもロゴスを繋ぎ合わせることはできる。だが、彼等には何も分かっていない。そのためにはロゴスが相互にしっかりと結び合わされ〔性向となら〕なければならないが、それには時間を要する。>
労働外論「アクラシアな事態」



ここではたと気付いたのだけれども、アリストテレス自身の説明、すなわち「実践三段論法」の説明で、僕としては納得してしまうのだ、ということなのだ。

大澤氏は、アリストテレスの説明は間違っている、だから私は、「快の階層構造」によって再説明を行う、と記述している。

快の階層構造によるアクラシアの説明:
アクラシアは、下位のレベルでは快であり、善であると評価されていることが、上位レベルでは悪であるとみなされているときに生じる。上位の包括的な視野のもとでは悪である行為が、下位のローカルな視野の中では快であり、善であるがゆえに選択される現象。
epsanのブログ「アクラシア Akrasia」




おそらく、したり顔で、「ねぇねぇ、アクラシアって知ってる?」と知人に話しをして、「じゃあ、快の階層構造と、実践三段論法の違いって何?」と聞かれたとき、僕は、はたと困ってしまうのである。


ということで、もう一度、大澤真幸に立ち戻ることになる。


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子どもの親への虐待
2011/12/07 07:58 | Comments(0) | TrackBack() | 思考及び書くこと
介護と仕事

育児と仕事

介護と育児


両立は難しい


昨日は、ファラリスの雄牛と、自殺者抑止に取り組む赤松精神科医について見た。

1万6700件/年
殴る蹴る 60
言葉 30

地域のネットワークづくりにより家族を孤立させないべき

今後も増えていくだろう

市町村が業務指針を立てることが必要
もっと行政サービスを利用すべき


……という世論になれば、この問題を抱える人に有利な税金が使われる。




自殺者抑止も、うつ病の診断により治療が必要と認められる。認められない極めてグレーゾーンの人は、黙殺される


なので結局自分の身は自分で守るしかなく、それは声を大きくするしかないのである。



明確な論理ではなく、世論を知り、問題について説明ができ、自身の見解をもつ必要がある。


ニュースは、何も悲観的にみるのではなく、マスコミが作りだそうとする世論を観測するものである。


ダメなものはダメ


これは当然だが、同時に思考停止にも陥る、何も宮台氏のようなエリートばかりではない。

感情に訴えられても方策がなければ如何にしようもなく、無能のレッテルは感受するしかない

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結婚出産と愛情
2011/12/06 23:03 | Comments(0) | イライラ対処
結婚するときは幸せ

出産後は女性から男性への愛情が下がる傾向にある。


育児に協力的でないからだそうだ。



ふと思い出した。

独身者に仕事の負担がかかる、小さい子がいる女性に残業はさせられない。


なるほど論理的には理解する、何故ならば男女雇用機会は均等だが、育児休暇や生理休暇は権利として認められるからだ。


ふと思い出した、沖縄の米軍の婦女暴行について、知らない、が、論理としては知らざるをえない。

この立場というものに対して給料が支払われる。なるほどね。



疲れたとか苛立つとかいった、ちんけな愚痴などいいたくなどないな。

人間への憎しみなど、今に始まったことではない、僕は温室育ちだが、幸せに育ったわけではない、もちろん自己中心的思考である。


それゆえに、理論はときに苛立ちを与えるに十分である。


根本をみずに、ただ表層で満足する人々……。


思いやりや助け合いという言葉に欺瞞しか感じないながら、それを理論とせざるをえない、それをマネジメントという。



……そして、理論と説明ありきなために、理解できないことは既に表面上存在せず、分からないものは永遠に葬られる。

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何か創造するとは、何かに触れること
2011/12/03 16:04 | Comments(0) | TrackBack() | 思考及び書くこと
動画というより、曲だけれども。
ドラクエのフィールド曲集。↓




『嫌悪』
http://www5.atpages.jp/~lombardia/contribution.php?goto=detail&id=70

脈絡はないけれども、↑のリンクの小説は、最初に読んだ時のインパクトはもちろんなかったが、面白いと思った。


小説を書くにも
音楽を作るにも

何かを創るには、何か、よい作品、に触れることが大切に思える。


そして、何かを思考するにも、だ。

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情報の真偽
2011/12/01 07:53 | Comments(0) | TrackBack() | 思考及び書くこと
ツイッターのトレンド機能が面白い

ドコモがクロッシィ(LTE)という技術で高速通信速度が5倍となるiPhoneに参入する

という情報に対して、
ドコモ
高速通信
クロッシィ

といったキーワードがトレンドになっていた。

と同時に、

12月だ

というのもトレンドに。このリアルタイム性というか、同期性は面白いと思った。



単体の情報は記憶に残りにくいが、総体的だったり興味があれば覚えるものだ。


昨日あるネット小説を読んで、まだ連載中だから、全部読む気などなかったのだけど、読みふけった。


別の記事でふれたいが、気付くとネット小説のカテゴリーがない。読書メモあつかいでいいかは悩むところだけど、カテゴリーは可能な限り集約したい。


ブログももっと体系的にしたい。
目的と目標の設定を再構築したい。



僕は思うに、言葉を扱うのが好きというよりも、言葉の体系が好きな気がする。

それは論理性ともいうかもしれないが、感情的なものや数式的なものも言葉で置き換えたい。

それは効率が悪いことだと分かっているので、思考を図示できるようにしたい。

その為のツールがないか探したい。


感覚的に図がかけて、メモして公開できるツール……、iPadになるのかな。

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