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OrdinaryDays
2012/09/13 15:20 | Comments(0) | 対人関係
槇原敬之氏のOrdinary Days良い曲だ。歌詞がいい。
槇原氏はデビュー当初は恋愛をテーマの曲を作っていたが、ある時期から、人生そのものをテーマにした曲を多くつくるようになった。

ただ文字にしただけでは、偽善や胡散臭さを感じさせるようなことも、槇原氏のメロディーにのると、不思議な説得力がある。


表現とは、そこまで高められて価値を発する。
小説のもつ表現とはなんだろうか。綿密さが一つの要素だ。出来るだけ詳細に書き込むことができる。ケータイ小説やライトノベルはまた特殊なジャンルというべきだ。

古池の蛙飛び込む水の音

芭蕉の句は、情景を想像する能力がなければ分からない。

満ち月の我が世とぞ思うこの世かな

道長の句は、道長の権勢を知らなければ分からない。

俳句とは短い言葉で心情情景を伝える優れた手段だ。しかし、そのルールを知らなければ伝わらない。


小説は、そうした事前知識を必要としない、表現手段といえる。



不思議なのは、現実の事象の複雑さに対する表現手段の少なさだ。

言葉をかえると人生が変わるという。

悲しいとかつらいという感情も、脳がラベリングした情報に過ぎない。そうした感情を、言葉で思考し、必要があれば発するのである。


めんどくさいとか嫌だとかむかつくとか、表現手段として必要とは思うが、中身の伴わないそうした言葉を発する必要があるとも思えない。

サラリーマンでも女子高生でも、上司や友達の悪口を言っているのを聞くと、未熟に思う。
同じ愚痴でも下記はためになる。

●●は、◎◎をした。(私は)こうするべきだ。おかしいと思う。

そうか、あなたは、◎◎をすることをおかしいと思う性質をもっているのですね。
ということが分かる。

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