ネガティブを否定しない、しかしながら、生産性ない愚痴は苛立つ。
それは成長意欲があるかどうかによる。問題から逃げようとするだけで、解決のために思考しないのは浪費である。
自分が人の上に立つほど偉い人間とは、一切、心の底から思わない。しかし、職責を果たそうとは思う。
それは、自己満だろうが、重要なのは、過去の自分との比較である。
最近法律について考える。
法学は、決まりの従い方を学ぶものとの認識があり、面白さを感じなかった。しかし基礎法学については、その国々の考え方や価値観に基づいた正当性を論じるものである。
それにしても、何か「根源的なもの」を求める心性というのが、自分の性格の気がする。
これは家庭環境、専ら両親の価値観の刷り込みかもしれない。
しかし、その影響の多寡に関わらず、もはや自分は存在しているのだから、トラウマの解消ではないのだから重要ではない。
「目先のこと」
が嫌いである。取りあえずの対処が嫌いである。
の割にズボラなのは、理想と実行動が乖離しているからだ。
スーパーヒーローに憧れるのではないが、鋭い刃物、よく回る歯車にはなりたい。
兎に角、突き詰めた先に法があるのであれば、トップダウン式にインプットをするのが重要だろう。
それは成長意欲があるかどうかによる。問題から逃げようとするだけで、解決のために思考しないのは浪費である。
自分が人の上に立つほど偉い人間とは、一切、心の底から思わない。しかし、職責を果たそうとは思う。
それは、自己満だろうが、重要なのは、過去の自分との比較である。
最近法律について考える。
法学は、決まりの従い方を学ぶものとの認識があり、面白さを感じなかった。しかし基礎法学については、その国々の考え方や価値観に基づいた正当性を論じるものである。
それにしても、何か「根源的なもの」を求める心性というのが、自分の性格の気がする。
これは家庭環境、専ら両親の価値観の刷り込みかもしれない。
しかし、その影響の多寡に関わらず、もはや自分は存在しているのだから、トラウマの解消ではないのだから重要ではない。
「目先のこと」
が嫌いである。取りあえずの対処が嫌いである。
の割にズボラなのは、理想と実行動が乖離しているからだ。
スーパーヒーローに憧れるのではないが、鋭い刃物、よく回る歯車にはなりたい。
兎に角、突き詰めた先に法があるのであれば、トップダウン式にインプットをするのが重要だろう。
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