思考は無意味であるが、反転して重要性を帯びてくる、と、先日の記事で書いた。これが、パソコンからなら、リンクとか貼ったり、他のブログサービスならトラックバックしたりするのに。
宮台さんの本を読んで、成熟社会とか、終わりなき日常とか、現在の社会状況を知るのはいい。
しかし、今必要なのは、実存の問題だ。
宮台さんが、新しい社会に向けての改革や思想誘導をしたとしても、それは一朝一夕でなるものではなくて、すでに生じている社会から疎外された人たちにたいしては、なんら救いにならない。
成熟社会に適合できないオヤジたちは、歴史教科書問題とかにすがろうとする、と、宮台さんは切り捨てる。万人を救おうとなんてしない。あたりまえだ、神ではないのだ。大阪の知事になったある政治かも、敵をはっきりさせながら、改革をすすめていた。同じ感じがある。
リーダーってそういうもんだ。それはいい、ただ、それとこれと、僕の問題、個人の問題、実存とは全く関係ない。
なるほど僕は社会に疎外されていたのか、でもそれは、僕だけじゃなくて、脱社会的になっていった、さかきばらせいととか、その後の教師殺傷事件を起こした中学生とか、多くの人に共通する問題だったのかぁ、なるほどー
とか、そんな悠長に分析している場合ではない。いま、この瞬間に生じている問題だ。自殺志願者が、病院の屋上の手すりに手をかけている状況だ。
まず、終わりなき日常とか成熟社会とはなにか、それは、何かにコミットできない状況のことだ。
がんばったところで、それに見あった成果が訪れない社会。であれば、努力よりも、終わりなき戯れで楽しみ続ける方策が有効になる。
ところが、僕のように、感覚至上主義にもなれず、理想主義にもなれず、かといって普通、にもなれず、さ迷ってしまう人は、どうしたらいいのか。
ひとつは、精神分析的に、実存の形成をひもとく方法。例えば、初恋の不成立が与えた自己への問題や、小学校のころのクラブ活動での他者から得た不快感の分析など。
これらから、いわゆる、トラウマ的な事象にたいして言語表現することにより、次なる行動方策を模索すること。
最近やってるこのブログとかログとかである。
しかし最近、これ、いつまで続くんだ? という感覚になってきた。
それに、初恋とか苛めとか、結局よくある出来事に過ぎないとしか思えなくなっている。
今まで、いや今も、あまりこの辺りの話は口にしない。そりゃあそうだ、30代の大人の男がこんなこと言ってたら恥ずかしいを通り越して、きもい、かっこわらい。
いや別に、気持ち悪いと思わない優しい人もいるわけだが、そうか、つらかったね、と言ってもらっても、何も解決はしない。
これらのことについて、僕は今時点哀しんだり、後悔しているわけではない。ただ、事実そういうことがあったなぁ、と思い返しているだけだ。
それが、何になるのか、よくわかっていない。
次に考えられるのは、何かにコミットすることだ。無我夢中に努力したり、遊び尽くしたり。
しかしこれも、上手くはいかないだろう。
というか、もう、これ、自分でできると思えない。
2008年、2009年ごろはよかった。確かに、思考の渦でもがいていたのは同じだが、まだまだ、知らないことが多かった。例えばポジティブ思考とか、引き寄せの法則とか、いわゆる自己啓発系の仕組みなどほとんど知らなかった。それに近いことは、自分の頭だけでつくっていたのだ。それはそれですごいことかもしれないが、他者も、そうした考え方をして、自分よりもっと論理的に、経験的に、実践的に表現されたものがあるとは知らなかった。
今は……、いろいろ実践してみた。経験した。考えた、読んだ、聞いた、感じた。
いろいろやってみて、うーん、結局、だから、なに? と。
だから、感覚主義へのコミットというのも、却下しかないだろう。
さぁ、ここで、颯爽と登場するのが三つ目の方法だ。大抵、自己啓発系はこういう論理展開になる。アンチテーゼからのジンテーゼみたいな。
ところが、残念、このお話は、ここで終わりなのだ。作者は、この先を知らないのである。
Aもだめ、Bもだめ、あ、じゃあ、つみですねこれ。
みたいな。
いやいや、だから、これはもう待ったなしの問題なんだから、ふざけてる場合じゃないんですって。
でもさ、思い付かないんだからしょうがないじゃん。
なら、寝るんですか? で、会社いって、時おりいいことあって、ときおり不愉快になって。どっちであっても、一人、電車に乗っていると、なんだか無性に頭がカオスになっていって、こうやって文字をひたすらうったり。
もしくは、どっかの飲食店によって、お酒をのんだりラーメン食べたり。
そんな繰り返しを、ずっと続けるんですか?
まぁ、そうだろうね、なにか、理想的な、目指すものがあれば、それに向けて努力できるだけの力はあるものの、その目的を見失っちゃったからね。
ずっと不満言って、愚痴愚痴しながら、死ぬまでそうしてるんじゃない?
それって、努力するのを怖がっているんじゃ?
努力して報われないとか、そういう低レベルなことはどうでもいい、問題は、その努力自体を楽しめるのかってこと。
そして、なんのための努力なのかってこと。
いきづまりだな。
え?
いきづまり、もう、お前の思考だけでは、これは解決しないよ。新しい風をいれなければ、くさるだけ。
それは、もっと他者との関係をとれ、と?
そういうこと、それは、ただ、表面的なものではなく、あの人がやってくれたような、深層レベルでの関係において。
うーん、しかし、それは、現実的に難しいのでは? とくに、対人コミュニケーションにおいては、で、君はどうしたいんかい? となる。または、必死になぐさめてくれるか。
まぁ、そうだろね。
でしょ? だったら、うまく、他者からのアドバイスなんてもらうことはできないのでは?
それに、君は、他者からのアドバイスを素直に受け入れられないし。
そりゃそうだよ、例えば、くよくよしたって仕方がないとか、生きる意味なんて考えたって仕方がないとか、そんなこと言われるんだよ?
それはきっと正しいことなんだ。でも、僕は現に、それにとらわれてしまったんだ。足の痛みを訴えて、いやそれよりも心臓の病気がありますからそっちを治療しなければ、みたいなことだよ。そりゃ、心臓は大事なんだけど、とにかく、今は僕は足がいたいんだよ。
そう、で、結局心臓が悪化して死んじゃうってね。アホみたいだね。
うん、まぁ、それはそうだろうよ、アホだろうよ。でもさ、何でも感でも、人は合理的にかんがえられないよね。アタラクシアだよね。悪いと思ってもやっちゃうってことあるよね。
で、そうやって合理化して、自己を守ろうって方策か。昔から変わってないね。
うぅ……そうかもしれないけどさ、君だって、そうやって、いかにも合理的に、正しくありますよ、みたいな態度で、僕を痛め付けるだけじゃないか。それに君は、なんやかんやで、真実をしらない。理想をしらない。
単に、今を乗りきろうとする、短絡的な思考しか持ちあわせていないじゃないか。
好きにいえばいい、そうやって、心が癒されるなら、何とでもすればいい。
ふん、そうやって、冷静ぶっちゃってさ。
なんら解決なんてしないのに。
……。
ねぇ、なんかいってよ?
……。
ねぇったら!
……。
あぁ、やっぱり、一人なんだ。
一人で、考えて、答えを出して、行動して、考えて、答えを出して、行動していくしかないんだ……。
宮台さんの本を読んで、成熟社会とか、終わりなき日常とか、現在の社会状況を知るのはいい。
しかし、今必要なのは、実存の問題だ。
宮台さんが、新しい社会に向けての改革や思想誘導をしたとしても、それは一朝一夕でなるものではなくて、すでに生じている社会から疎外された人たちにたいしては、なんら救いにならない。
成熟社会に適合できないオヤジたちは、歴史教科書問題とかにすがろうとする、と、宮台さんは切り捨てる。万人を救おうとなんてしない。あたりまえだ、神ではないのだ。大阪の知事になったある政治かも、敵をはっきりさせながら、改革をすすめていた。同じ感じがある。
リーダーってそういうもんだ。それはいい、ただ、それとこれと、僕の問題、個人の問題、実存とは全く関係ない。
実存問題にたいしての本は有効か
なるほど僕は社会に疎外されていたのか、でもそれは、僕だけじゃなくて、脱社会的になっていった、さかきばらせいととか、その後の教師殺傷事件を起こした中学生とか、多くの人に共通する問題だったのかぁ、なるほどー
とか、そんな悠長に分析している場合ではない。いま、この瞬間に生じている問題だ。自殺志願者が、病院の屋上の手すりに手をかけている状況だ。
まず、終わりなき日常とか成熟社会とはなにか、それは、何かにコミットできない状況のことだ。
がんばったところで、それに見あった成果が訪れない社会。であれば、努力よりも、終わりなき戯れで楽しみ続ける方策が有効になる。
ところが、僕のように、感覚至上主義にもなれず、理想主義にもなれず、かといって普通、にもなれず、さ迷ってしまう人は、どうしたらいいのか。
実存的手法
ひとつは、精神分析的に、実存の形成をひもとく方法。例えば、初恋の不成立が与えた自己への問題や、小学校のころのクラブ活動での他者から得た不快感の分析など。
これらから、いわゆる、トラウマ的な事象にたいして言語表現することにより、次なる行動方策を模索すること。
最近やってるこのブログとかログとかである。
しかし最近、これ、いつまで続くんだ? という感覚になってきた。
それに、初恋とか苛めとか、結局よくある出来事に過ぎないとしか思えなくなっている。
今まで、いや今も、あまりこの辺りの話は口にしない。そりゃあそうだ、30代の大人の男がこんなこと言ってたら恥ずかしいを通り越して、きもい、かっこわらい。
いや別に、気持ち悪いと思わない優しい人もいるわけだが、そうか、つらかったね、と言ってもらっても、何も解決はしない。
これらのことについて、僕は今時点哀しんだり、後悔しているわけではない。ただ、事実そういうことがあったなぁ、と思い返しているだけだ。
それが、何になるのか、よくわかっていない。
感覚主義になる方法
次に考えられるのは、何かにコミットすることだ。無我夢中に努力したり、遊び尽くしたり。
しかしこれも、上手くはいかないだろう。
というか、もう、これ、自分でできると思えない。
2008年、2009年ごろはよかった。確かに、思考の渦でもがいていたのは同じだが、まだまだ、知らないことが多かった。例えばポジティブ思考とか、引き寄せの法則とか、いわゆる自己啓発系の仕組みなどほとんど知らなかった。それに近いことは、自分の頭だけでつくっていたのだ。それはそれですごいことかもしれないが、他者も、そうした考え方をして、自分よりもっと論理的に、経験的に、実践的に表現されたものがあるとは知らなかった。
今は……、いろいろ実践してみた。経験した。考えた、読んだ、聞いた、感じた。
いろいろやってみて、うーん、結局、だから、なに? と。
だから、感覚主義へのコミットというのも、却下しかないだろう。
三つ目の方法
さぁ、ここで、颯爽と登場するのが三つ目の方法だ。大抵、自己啓発系はこういう論理展開になる。アンチテーゼからのジンテーゼみたいな。
ところが、残念、このお話は、ここで終わりなのだ。作者は、この先を知らないのである。
Aもだめ、Bもだめ、あ、じゃあ、つみですねこれ。
みたいな。
いやいや、だから、これはもう待ったなしの問題なんだから、ふざけてる場合じゃないんですって。
でもさ、思い付かないんだからしょうがないじゃん。
なら、寝るんですか? で、会社いって、時おりいいことあって、ときおり不愉快になって。どっちであっても、一人、電車に乗っていると、なんだか無性に頭がカオスになっていって、こうやって文字をひたすらうったり。
もしくは、どっかの飲食店によって、お酒をのんだりラーメン食べたり。
そんな繰り返しを、ずっと続けるんですか?
まぁ、そうだろうね、なにか、理想的な、目指すものがあれば、それに向けて努力できるだけの力はあるものの、その目的を見失っちゃったからね。
ずっと不満言って、愚痴愚痴しながら、死ぬまでそうしてるんじゃない?
それって、努力するのを怖がっているんじゃ?
努力して報われないとか、そういう低レベルなことはどうでもいい、問題は、その努力自体を楽しめるのかってこと。
そして、なんのための努力なのかってこと。
いきづまりだな。
え?
いきづまり、もう、お前の思考だけでは、これは解決しないよ。新しい風をいれなければ、くさるだけ。
それは、もっと他者との関係をとれ、と?
そういうこと、それは、ただ、表面的なものではなく、あの人がやってくれたような、深層レベルでの関係において。
うーん、しかし、それは、現実的に難しいのでは? とくに、対人コミュニケーションにおいては、で、君はどうしたいんかい? となる。または、必死になぐさめてくれるか。
まぁ、そうだろね。
でしょ? だったら、うまく、他者からのアドバイスなんてもらうことはできないのでは?
それに、君は、他者からのアドバイスを素直に受け入れられないし。
そりゃそうだよ、例えば、くよくよしたって仕方がないとか、生きる意味なんて考えたって仕方がないとか、そんなこと言われるんだよ?
それはきっと正しいことなんだ。でも、僕は現に、それにとらわれてしまったんだ。足の痛みを訴えて、いやそれよりも心臓の病気がありますからそっちを治療しなければ、みたいなことだよ。そりゃ、心臓は大事なんだけど、とにかく、今は僕は足がいたいんだよ。
そう、で、結局心臓が悪化して死んじゃうってね。アホみたいだね。
うん、まぁ、それはそうだろうよ、アホだろうよ。でもさ、何でも感でも、人は合理的にかんがえられないよね。アタラクシアだよね。悪いと思ってもやっちゃうってことあるよね。
で、そうやって合理化して、自己を守ろうって方策か。昔から変わってないね。
うぅ……そうかもしれないけどさ、君だって、そうやって、いかにも合理的に、正しくありますよ、みたいな態度で、僕を痛め付けるだけじゃないか。それに君は、なんやかんやで、真実をしらない。理想をしらない。
単に、今を乗りきろうとする、短絡的な思考しか持ちあわせていないじゃないか。
好きにいえばいい、そうやって、心が癒されるなら、何とでもすればいい。
ふん、そうやって、冷静ぶっちゃってさ。
なんら解決なんてしないのに。
……。
ねぇ、なんかいってよ?
……。
ねぇったら!
……。
あぁ、やっぱり、一人なんだ。
一人で、考えて、答えを出して、行動して、考えて、答えを出して、行動していくしかないんだ……。
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