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残酷な世界で生きる方法
2016/09/14 22:00 | Comments(0) | 思考及び書くこと
タイトルは、先日買ってみようと記事に書いた本のタイトルの引用。

結論は、ロングテールのなかのさらにニッチな分野でトップを目ざしそれでだめならさらにニッチの分野に着目していく。

そして、ローカルコミュニティ戦略について。人は承認をもらうことが幸せだ。リナックスは無料OSだが、バグを改修するプログラマーたちには称賛という褒美が与えられ、生き甲斐となる。

私とは、心とは何かという問いには、他者の気持ちをシュミレートする機能だと答える。

明解で分かりやすい作品だと思った。


いまいちな点



心とは何か、に対し、他者のことを思いやり、社会性を営むための機能だ、としたとき、そもそも私とは何かとは、何者でもない、ということになる。

これは、梵我一如や、禅による世界との一体化という、方策である。
それは正しいと思う。自我に執着すると、せかいが小さくなってしまうというのは、ひ肉的だが正しいだろう。

ところが、その一方で、ニッチな部分を探して、その言わば小さなコミュニティで承認をえながら幸せを感じていく戦略。


これ、違和感があるのは自分だけだろうか。


なんか、違うよな、というのは、結局、お金持ちが必ずしも幸せじゃない、とかいうなら、他者の承認とかも果たして、それほど重要なものなのか、と。

貨幣のルールのなかで、実は、お金じゃなくて承認を得たい、と、これがひとつ矛盾に思える。

私とは何者でもない、としたときに、他者の存在に心を使うというのが、次に不明だ。



おちつこう



整理できていない。言葉が、頭がカオスである。

とにかく、ひとつ言えるのは、500円ぐらいの価値はあったと思うが、まぁ、次の本だな整理の際には残らないだろうな、ということだ。なぜか。

救済になる、福音になるほどの感動はなかったことによる。 
なぜか。

自分の現実的な行動に、影響を与えられなそうだ、ということだ。


先日の、へとへとになりながら準備したプレゼンは、結果的に、よかったと褒められた。もちろん、反対意見や批判なんかもあった。ただ、今回としては成功だったといえる。

まぁそれはよかった。また今度、もう少し頑張ろうかと思った。


お金は、散財しているから、減ってきている。が、生活するには困っていない。

はたからみれば、いな、僕自身でさえ、幸せ絶頂最高ハッピーマグナムグレート究極人生生活ではないか、と、思う。


うそか?

いや、無駄な、修飾語は省いたとしても、よい方向に向かっている、とはいっていいだろう。

が、何でこう、精神力が減退するのか。




未来への信仰心



先が、ないのだ。


というのは、トラウマ的なものとか、難しいことはおいておいて、100年後を考えたとき、まっくらだ。当たり前だ、100年たつと、死んでいる。

何をくだらないことを、と、誰も理解してくれないから、もう言うことはないのだが、重要なことなのだ。

分かりやすく、10年後だとして、そのとき、僕は、どうなっていたら楽しく幸せに生きているのか。

まったく、イメージがつかない。
それは、夢があればいい。ミュージシャンになるとか、政治家になるとか、実現性がとぼしくても、こうなったら幸せだろうというイメージがあれば、例え直接的成功が厳しくても、代替欲求充足が可能だ。野球選手になれなければ、スポーツトレーナになるとか、子供を育てて夢をたくすとか。



まあ、10年後、というから、こんな例えだが、その次元で困ってるわけでもない。

50年後。死ぬとき。どうあれば、我が人生に悔い無し、といえるのか。


そういう意味だと、明日死んでも、特に、悔いはない。

なんだかんだ、平凡であり、悲劇的であり、ドラマチックであり、よい人生だったと思う、それは今でもだ。


満足しているのだ。


ただ、未来を問うたとき、僕は、なんだか不思議な、不快な気分に陥るのだ。




いますぐ死ねばいい



そんな感じでいっていくと、まぁかけられる言葉は、じゃあ死ねば、となる。もしくは、黙って友人たちが離れていくか。

貧しいひとたちには、呪いをかけられそうだ。

しかし、貧しいひとは幸いである。

それは、裕福になるという夢がもてるからだ。


いやいや、くだらないことを書いておけば、別に自分はそれほど裕福ではない。もっとお金持ちはたくさんいる、どころなさわぎじゃなくてたくさんだ。ただ、地球規模でいけば、僕はとても恵まれている。



この比較性の無意味さ。
政治ゲームという、他者の承認、評判を高めていく幸せゲームの無意味さ。

無意味というか、意味はあるのかもしれないが、僕は、どうも、価値が、見いだせない。

どっかの、15歳ぐらいのギャング集団が、仲間をリンチして殺した。
そんなくそったれな集団でも、集団内の承認を求めて政治ゲームが行われているのである。



めんどくさいやつ



うるさいな。わかってるよ。ちょっと高級な寿司を食べたり(一皿250円とかだ!)、お酒飲んだり、お風呂入ったり、ぐっすり寝たり。

それは、生理的に気持ちよいものだ。

でも、それを際限なく続けていくのが人生ってことでいいの?


もしくは、誰かから、すごいね、頑張ってるね、助かるよ、ありがとう! と、言われ続けるのが人生?


それはとてもとても幸せなことだ、楽しいことだ。


でも、だから、どうしたっていうのだ。




むむ、ここで時間切れか。

ここで終わってしまうと、本当にダメ人間になってしまうから、なにか、


なにか、前向きなこと書かなきゃ。


うぉー! なにも思い付かない。


うーむ、もしかして、あれか、何もしたくないことをしたい、ってことなんだろうか。


でも、今後の休日はつまっているし、再び仕事も帰りが遅い。

思いきって、先日のように、友人と会うのもやめさせてもらって、何もしない時間をつくったほうがいいなかもしれないな。

しかし、予定を解除すると、結局うだうだ、頭のいたさに耐えながら、昼過ぎまで惰眠をしつつ、夜は夜でなにするわけでもなく無駄な時間を過ごして……みたいになりそうで、怖い。それよりなら、誰彼と一緒に過ごした方がいいきがする。

まったく、失礼なこときわまりないやつだ。


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気付くと見慣れた天井であった
2016/09/12 00:24 | Comments(0) | イライラ対処
長距離を旅し、知らない土地で泊まって過ごすと、日常の喧騒を忘れられる。

本当にそうか、いや、時間を過ごすことだけに力を注ぐ。スマートホンでニュースを見たり、本を読んだり、勉強をしたりとかそんなことは無く、仲間との会話や寝床の確保など生きるための行動が主になる。

とても、よい時間の使い方だと思う。

そして、帰宅。
荷ほどきをし、気付くと、意識を失っていた。

夢の中

ある居酒屋で飲んでいると、自分のオーディオ(イヤホンの音漏れ、が現実的だが、流石夢だ、普通に自宅においてある据え置きスピーカーが自分の席の近くに置いてある)から、音がうるさいと、店員から伝えられた。聞くと、ある客から、苦情があったという。

僕は、隣の客を捕まえていった。「この程度の音で、そんな、苦情をいってくるなんて、心が狭いですよね。むしろ、クソおやじどもの甲高い笑い声とかの方がうるさいですよね。――あ、もしかしてあなた方もそう思ってました?」
隣の客は、「いや、そんなことないですよ」と応じてくれた。

そして、一言二言会話し、お互い楽しくなった僕らは、二軒目に一緒に行くことにした。その間での僕の言葉。

「で、さ。僕はいろいろ不満を言ってきたけど、でも、明るく生きるには必要なんですよ。いやだって、生きる、ということを前提にしたら、それは、幸せで楽しくあるべきじゃないですか」
酒のせいか、呂律がまわっていない。でも、相手も頷きながら聞いてくれている。
「でもね、僕は、その【生きる】ってことすら、前提に考えてはいないんです」
僕の言葉に、少しの間が生じる。
「でも僕は、生きるとしたら、こんな生活は、大きく変えてやろうと、思うんだ」

今の生活に不満があるのか

と、夢の話である。最後の言葉が、非常に、重要だった気がするが、忘れてしまって、なんとか、主旨だけ夢の記憶を掘り返してみた。
言葉自体は忘れてしまったが、「今の生活を変える」というニュアンスのことを言っていた気がする。その言葉が、まさに、「意識下」にあるときには出てこないようなことだったので、夢、無意識の言葉というのを書き留めておこうとおもったのだ。


いやぁ、疲れからか、ブルーマンデー症候群なのか分からないが、――というのは、テレビを置いていないから、曜日感覚があまりなく、平日と休日の境目があまり感じられなくなっている。だから、ブルーマンデー症候群、サザエさん症候群って奴の気分なのかは不明だ。ブルーマンデー症候群の治療は、テレビを置かない、見ないことなのかもしれない――帰宅後、非常に、消耗した気分になって、気付いたら眠りについていた。変な体勢で寝たせいで身体が痛いが……。


なんだろうか、書くことは、ある。
ゲームオブスローンズの4章を見終わって、やっぱりこの作品は面白くて、そのうちいくつかの名言・名場面(単純に自分が良かったと思ったところ)をメモしておこうと思いながら、書く時間がなく、時間が経ったら忘れてしまった。うーん、最近、メモをさぼっている。その、「感動」した瞬間においては、絶対記憶したと、忘れまいと思うのだが、見事に、忘れる。

「メモしないとすべて忘れてしまう」
ということを、よく記銘した方がいいかもしれない。

そういえば、小林泰三という方の、「記憶破断者」というのが、そういうモチーフの作品だった気がする。あれ、ちがったか、「アリスゲーム(?)」だったか、そう、ほら、もう混濁している。

で、そういうの、本当は、よく正しく知識している人に、教えこうて、覚えていく、もしくは想起するのだけれども、いまや、インターネットを使えば、すぐに手に入る情報である。

そう、にもかかわらず、「ジンモーニ」というカクテルは、意外やに、検索にヒットしない。

スプモーニという、カンパリ+トニックウォーター+グレープフルーツジュースというレシピがあり、その「カンパリ」の部分を、ジンにしたから、ジンモーニというのだろう。

たまに、ネットに載っていないローカルな情報があって、そういう情報をもっている人が、楽しい人、なのかもしれない。いやなに、その「情報」とは、「知識」としての情報である必要はなくて、結局、「経験」という、唯一無二の情報があれば、それだけで魅力的である。

このことに気づいたのは、まぁもう十代というより、二十代になってからな気もするが、うーん、いやそれが故に、「自分は経験がない」という劣等感にさいなまれていた、気もする、というよりも、その点は、今も思う。
というのは、ナンパで100人ぐらい成功させたとか(いやそれも記憶混濁。100人にこえをかけて、10人くらい成功だったとか、そういう話だったかも)、昔の車は壊れやすくて旅行中に壊れたのを直しながら進んだとか、そういった武勇伝的なものであったりしつつ、とにかく、そういうのは、その人だけの「情報」で、決してネットに落っこちてたりしない。(まぁ、SNSとかブログ、という情報媒体があって、それはそれでインターネットとして興味深いものである)

なんの話だ? ネットの功罪? そうではない。
小見出しに戻ると、「今の生活に不満があるのか」と書いてある。なるほど、そうだった。

無意識下の言葉

不満があるか、と言われたとき、意識下では「ない」と答える。不満など、ありえないのだ。
むしろ、「何をしたいのか分からない」状況であったとき、「どうあるべきか」というものがもちえないときに、不満などありはしない。

しかし、いざ、無意識の中に入り込んでみると、僕は、「不満」があるのである。


しかし、その不満とは、なんだ、というのは分からない。けれども、無意識の僕が、不満がある、というのであれば、分かった、それを尊重してやろう。


……としていたら、もう、12時か。早いものだ。

仕方がない、キーワードだけメモして、今日は寝るとしようか。

キーワード。(……ん、なんだ、何もでてこないぞ)


・ゲームオブスローンズ、第四章のドーン人のプリンス・オベリンのなんとかっこよかったことか、という点。
・実は、王殺しの黒幕があの人だったこと

・資格の勉強1か月ぐらい全くしていないこと。これは、後悔というよりも、なんとあっという間に時間が過ぎるのだろうという驚き。
・………


おや、やはり、何も、出てこなくなった。
うーん、やっぱり、今度から、先にキーワードを書いてから書き始めようか。上の「経験」の話とか、しだすと、もっとほかに書きたいことが出てくるのだけれども、それって、最初に書こうと思った話からズレていっている。

そして、この場所は、「居場所」であって「癒し」だから、好き勝手に書くことは問題ない、とはいえ、それでも、いつもいつも毎日毎日毎回毎回同じことばかり書いていては、面白くない。
それは、読者へ、という気持ちもあるかもしれないが、それ以上に、自分が読んだときに、いらだつことになるだろう(? いや、ならない気もする。あーこの時期は、余裕がなくて思考がどうどう巡りしていて、時間を無駄にしていたんだなぁ、とかしみじみ……)。


あ、とか書いていたら、一つ思い出した。さっきの夢の話しだ、そう、「時間のなさ」、歳をとったことによる、焦燥感的なものだ。

「今の自分を変えてやる」とかかっこいいこと(夢で)言っておいて、でも、もう30代なんだぜ? そろそろ、自分の決めた道を突っ走ってかっこいい渋い大人になってやろうぜ、とか、そんなこと、思った……んだっけ、ここら辺がよく分からない。時間が経つと、「創造の言葉と実感の言葉」の記事で書いたけれども、自分の言葉が「どれ?」なのか分からなくなる。

そう、さっきの「経験」の話のところでかこうと思ったのは、その「語る言葉」についてである。
つまり、もうキーワードだけ書けば、「いくら経験をしても、それを【正しく】語る言葉がなければ、それは【経験】として積み上げられないのだ」ということ。
そして、そのことは、「記憶」が非常に重要なファクターとなってきて……

阿頼耶識とは、記憶の貯蔵庫である、が、記憶こそが人格を唯一統制しているものである、という僕の前に書いたことと一致していて、「おぉ、そういう表現の仕方もあるのか、唯識派の人たちにシンパシー覚えるぜ」とか、そんなこと思ったとか、プレゼン、最初はよかったけど後半が微妙になってしまったとか、もう、そうだ、結構、いろんなことが、ここ数日にあった。

それらを、結局、「経験」として書き留められていないから、よく覚えていないのだ。
でも、短い記事は、後から読んだときに「いらっと」するのが目に見えている(これは実証済みですらある)ので、投稿するのに躊躇したりもして……。

うむむ、本当に、もう少し、頭を整理して、【素早く】書く、ということを身に着けた方がいいかもしれない。いやはや、タイピングの速度は必要十分なので、このことは、「インプットすべきことの整理の高速化」という表現になるのだろうが……。





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腹痛と自殺の原因
2016/09/08 21:08 | Comments(0) | イライラ対処
ものすごい腹痛が続く。
毎日、何かしら、お腹が痛くなっていたから、さほど気にしてなかったが、一時間以上続いていて、立ってるのも辛い。

病院は、、明日いこうか。どのみち、膝にできたしこりのため、病院に行こうとは思っていた、が、こりゃ皮膚科じゃなく消化器科がさきか。

うぐぐ……で、あれだ、自殺未遂者は五十三万だという。自殺遂行者は、三万きったが、潜在的にはそれほどいるのだと驚いた。

原因は、家庭問題、経済問題、健康問題とあるが。


このうち、絶望に近いのは、健康問題だけだ。


この、腹痛、に、耐えていると、ほんと、身体的な痛みは、言語を絶する。

なんて、こう、、思考とは、無意味な、ものなのか、と、痛感する、痛いだけにね、あはは。


この、痛み、は、共感、しづらいものだ、


やば、いしきを、うしないそう


とか、いいつつ、やっぱり、思考の野郎は、救急車よぶとか、途中駅でおりるのは、どうかとか、この期に及んで、いろいろ、提案するわけだが、


結局、何も、えらばない


というのは、それ自体、耐える、という、選択とも知らずに





追記

その後、消化器科の病院に行ってきた。
痛みが発生する場所を、触診でみてもらったら、「ああ、やっぱり胃ですね」といわれた。超音波検査とかして頂いたが、特段、異常はみられなかった、ということだ。(超音波検査の前は、べたべたした液体をぬられて、何だか面白かった!)
まぁ、まだお若いので、大丈夫だと思います。ただ、正確なことについては、内視鏡とかやってみなければ分かりません。とりあえず、胃酸過多が疑われるので、ガスター系(ファモチジン)を処方頂いた。


追記その2
病院に行った安心感からか、壮絶な痛みが発生することはなくなった。
ストレス、もあったのだろうか。取りあえず、夜寝る直前にものを食べるのは、胃に負担をかけるから、やめた方がいいだろう。朝が結構いたいんだよな。

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当たり前の幸せ
2016/09/06 20:00 | Comments(0) | イライラ対処
些細なこいゃあ、も、失って、初めて大切さに気づくってのはある。

もう亡くして諦めて、でも、記名入りの定期は、1000円位で再発行できるのだという。
しかも、チャージも残ったまま。

結局、であれば、切符かって1000円程度払ったが、もう潔く最初から再発行でもよかったということか。



しかし、昨日24時以降帰宅で、家中探して見つからなかったが、今朝、出発するとき、一度探した場所からみつかった。
これは、妖精さんの仕業に違いない。




みえないものをみてる



洞窟のイデアではないが、何かものを見ている、といったときの、見ている主体は自分だが、その自分を見ることはできない。その自分とは、心であると表現したときに、心とは、心の元になる八つの識があり、それによって生じる心の作用、心所は、五十以上あるという。



当たり前の幸せ



というタイトルにして、帰宅時、ニュースをみると、あれだ、日本にすんでいて、人生つまらないなんて言うな、と、ある芸能人がいっていてニュースになったらしい。


言いたいことは全部わかる、俺もそう思うよ。

が、それでいて、この体調不良というか、体力の減退は、。


と、思っていて、木材粉砕機にかけられバラバラ事故死のニュース。

いやぁ、いやあ、安全ないい仕事してるわ。

取り合えず、命の危険ないからね。

まぁ、そのレベルの話すると、営業で車使う仕事も危険だよ。

そう、戦争なくて平和だから幸せ、というのは、比較思考の顕著なものだ。

で、これは否定しにくい。というか、正しい。
だって、カオス混沌な紛争戦争世紀末になったら、こんな考えてる場合じゃないし。


だから、


だから、それが逆に生きづらさを消しこまない。


平和だからみな、幸せなのだ、と、それなら、自殺者数はゼロのはず。

その死んだひとたち全員が、単に、日本が平和なくにだと、知らなかったというのか?
そんなはずはない。

日本は幸せで涅槃で、ニルバーナで天国で至上の幸福に溢れ楽園なのだ。


そこまではいってない?

そう、何の問題も抱えていない最高の国家だ、とまでいくと、欺瞞に思えてくる。

これが、比較思考と極論化である。


こうすると、まぁそれなりに問題はやっぱあるよねーってなる。

で、その問題とは、確かに、比較すれば大小あるだろう。
年金問題が不安なひともいれば、子育て、教育、経済、オリンピック、父親の威厳、異姓関係。


問題はたくさんある。

で、それは、何が問題かと言えば、その人にとってどうか、が問題になる。

問題は、比較できるものではない。

自らが考えること、が、一番の問題なのだ。




日本が平和だ、だから幸せを感じなきゃいけない。
これ、なんの宗教だ。

そうじゃないだろう。

そこじゃない。

むしろ、平和だろうがなんだろうが、ひとは、人として生きるべきだ。というと、戦争肯定にとらえられるのだろうが、そうじゃない。


世界がどうであろうと、主体的にはいきられるはずだ、ということだ。

むしろ、そうあるべきだ。


とか、あえて、断定的に書くと、ワケわからなくなるな。


ただ、僕の中で、なんとなく、いわゆる世間的なものとの、ズレ、というのが、なんとなく、このニュース的なのでわかった。

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試練は突然に明日何があるかは
2016/09/05 23:00 | Comments(0) | イライラ対処
書くべきか分からなかったが、やっぱり、普段と違うことをするときや、普段と違うもちものを使うとき、日常から、少しでも抜け出るなら、それなりに、気を使うべきなのだ。

定期入れを新調して、二週間目ぐらいだったと思うが、今日出掛けようとしたら、どこにもなかった。

かばんを代えて出掛けたから、その中か、私服のパンツのなかか、探したが見つからず、電車もぎりぎりのためそのまま出発。

切符をかうなんて久しぶり。
そして、5000円をチャージしたばかり。更新はいつしたか覚えていないが、まだ3ヶ月以上はゆうに残っていたはず。


まぁ、現物的な金銭的な損害だけ、これが社員証とか、クレジットカードとか、財布ごととかなら、事態はもっと深刻だ。

しかしまぁ、これで本当に紛失なら、これまでの人生で一番の被害額になるだろう。

深刻だ



そして帰りが遅い



休むことが大事だ、と書いた次の日に、2330過ぎに、ようやく仕事がおわり、これから帰ろうかという。

これは何か試練なのかと、逆に楽しくなってくるのと半比例の、左足のしこりの痛みと、目の辛さ痛み、食事もできていない。しかし、この時間で食べたらまた翌日にダメージになりそう。


そして、切符をかって、定期なくしたんだと、悲しい気分に、こんな気分のときは、英語かわからんが、ナイトウィッシュの曲が、いい。


原発の事故のときに、政府幹部のひとのblogよんだけど、下手な小説より面白いな。

小林泰三さんのエスエフは面白そうだが。


作品への感想



いやぁ、自分の作品に、感想をもらえるって、これやっぱり嬉しいし、楽しいことだ。

それが、ちょー面白かったッス、こんなすごいの初めてッス、ってものでなくても、とても嬉しい。これは、恐らく、解釈可能性と府可能性の一つの、可能性を示しているからだと思うけれども、今日は目が限界だからおいておく。

返信も、後日にさせてもらおう、しかし、今週も余裕がなさそうだ、というのは、なんだか、いつもの、精神的なやつじゃなくて、やっぱり、毎日23時すぎはきついと思う。

ブラック起業なんて、こんなもんじゃなくて、たぶん、業務時間ちゅうも、極度の緊張をしいられ、27時までやって、7時出勤みたいなんだろう。それに比べたら天国だ。


だ、が、まぁ、俺はそれは厳しいなーかっこわらい。

比べても仕方がないってのは、こういうことだ、仮に、あんまりいないと思うけれども、これを読んだ誰かが、ああ、こいつよりは楽な仕事なんだなぁ、と感じたところで、そんな必要はない。心配せずとも、あなた自身の生活が一番大変と思って差し支えがない。

逆に。


俺もまた、これを、大変とかいっていいんだ。

不幸自慢じゃないが、ブラック自慢とか、ストイック自慢とか、俺ねてねっす! とか。


……、それ、他人に言ってどうすんだよ。と、俺は思う、が、いやいや、お前一番こんなこと書いてるじゃないか、と。そのとおり。

書くのはいいんだ。
それはそれで記録だ、索引だ、メモだ、作品だ。




潔い忙しさ



というよりも、むしろ、自分さんの、もっと頑張れ、が、この辺り、22時過ぎあたりからは、聞こえなくなってくる。資格の勉強とかできなくても、まぁ、仕方がないか、っていってくれる。

そうじゃなきゃ、こいつ、厳しいんだよな。

もっとたのしみゃいいじゃん。
好きにいきりゃいいじゃん。


ダメだ。もっと頑張れ。
っていうやつがおるんだよな。



まぁ、そういうお前も、俺なんだよな、じゃあ、一緒に仲良く暮らそうぜ。



……と、自己の深いところにもぐっていくのが、あらやしき、だ、ということにしておこう。

そう、本も読めやしない。

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